キマイラ文庫

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デモンズナイトフィーバー

喜多山 浪漫

episode 00

 それは遥か昔にやって来た。

 この惑星(ほし)が地球と呼ばれるずっとずっと以前の、まだ人類の祖先が文字を発明していなかった時代のこと――


 最初にこの惑星にやってきた者は人類に干渉せず、ただ見守った。

 次にこの惑星にやってきた者は神と崇められ、人類に信仰と争いをもたらした。

 それから長い長い年月を経て……。


 * * *


 20XX年

 東京都内某所にて

 00:13 a.m.


「社畜は働くよ、どこまでも。今日も今日とてデスマーチ、っと」


 デスマーチ。死の行軍とは言ってみたものの、今このフロアにいるのは俺だけだ。

 我が名は邪龍院狂死狼(じゃりゅういんきょうしろう)。人間の年齢では29歳になる。仮初(かりそめ)の姿で人間界の黒社会ではないものの完全なる黒企業(ブラック企業)で絶賛炎上中のゲームプロジェクトのプログラムに勤しんでいる。

 同僚たちが体調不良だの身内の不幸だの妻の出産だの見え透いた口実で敵前逃亡したことを恨んでいるわけでも、定時にそそくさ逃げるように退勤して飲みに行った上司にハラワタ煮えくり返しているわけでもない。俺は孤独を愛する男、邪龍院狂死狼。決して、ぼっちなどではない。


 ふう。窓の外の夜景に目を向けて、一つため息を吐く。

 孤独な男には夜景が似合う。だから俺は好んでこの席に座っているのだ。決して、窓際に追いやられたからとか、社内で孤立しているせいで居場所がないとか、そんな悲しい理由ではない。

 駅近くの繁華街の夜景の中、ひと際輝いているのは、月明かりでも飲食店のネオンでもなく、向かいのビルの屋上にデカデカと掲げられた公開中の映画の看板だった。

 総製作費5億ドルの大人気スーパーヒーロー映画。ずらりと並ぶ名だたるハリウッドスターたち。その中央には俺の見知った顔が不敵な笑みを浮かべてこちらを見つめている。


 釈迦堂マリア(しゃかどうまりあ)――

 アメリカ留学中にモデルデビューし、そこから瞬く間に脚光を浴びて、今や押しも押されもせぬハリウッドスター。先月は新曲がビルボードで1位を飾ったとニュースにもなっていた。


「釈迦堂のやつ、ハリウッドスターか……。すげえよなぁ。それに比べて俺ときたら、三流ブラックゲーム会社の社畜プログラマー。この圧倒的格差は何なんだろうか……?」


 釈迦堂マリアは中学生のときの同級生だ。

『とある出来事』があって彼女は転校……というか海外へ行ってしまった。別に仲が良かったわけでも、家がご近所の幼馴染というわけでもなかったので、彼女の転校以降音信不通になったのは至極当然のこと。だけど、その『とある出来事』がいつまでも喉に引っかかった魚の小骨のように居座っているせいで、彼女のことを忘れられずにいる。


 くれぐれも間違えてほしくないのだが、これは決して俺の妄想ではない。釈迦堂と同級生だったというのは、純然たる事実である。

 同級生が地元の中学を離れ、海外に活躍の場を見出し、今ではスター街道まっしぐらなのは非常に喜ばしいことだ。とはいえ、己の現在地を鑑みるとその比類なき格差に愚痴の一つや二つ、いや十や二十はこぼしたくなる。

 別に高嶺の花に分不相応な恋心を抱いているとかそういうのではない。どうせ釈迦堂のほうは中学時代の同級生のことなんて、とっくに忘れているだろうし。


 * * *


 一方、その頃――

 神を弑せんと悪の限りを尽してきた悪を極めし存在、邪神ギガスゴイデスはかつてない窮地に立たされていた。


 20XX年

 地球に程近い宇宙空間にある邪神の神殿にて

 00:13 a.m.


「ばーぶー!?(何じゃ、こりゃあぁぁぁ!?)」


 我が名は邪神ギガスゴイデス。最強にして最凶にして最恐にして最狂の邪神である。我の絶大なる魔力の前には、戦隊ヒーローも、魔法少女も、救世主も、天使も、無力。無力。無力。無力。

 邪神LV9999になった今、憎き因縁の宿敵である神をキルし、ようやくこの長い長い長い戦いに終止符を打つときがやってきた。そう思っていた矢先――


 目覚めると、赤ちゃんになっていた。

 にゃにゃ、にゃんと!!?

 せっかく邪神LV9999にまでなったというのに……。

 悪の道を極めるために悪の限りを尽くすこと幾星霜。数多の試練を乗り越えて、やっとの思いで邪神へと進化し、最高レベルである9999の境地にたどり着いた。それなのに今更赤ちゃんからやり直しだとぉぉぉ!!!? ふざけるな!!


「おお、何ということでしょう。崇拝する我らの邪神様が赤ちゃんになってしまうとは」


 今にも「おお、神よ!」とでも叫ばんばかりに大げさなポーズで途方に暮れているのは忠実なる我が執事、セバスチャン。禿げ上がった頭の両サイドに残された髪、眉、髭はせめてもの抵抗のように逆立っている。一見して怪しげな風貌だが、右目に光る片眼鏡のおかげで何とか知性の片鱗を感じることができる。


「しかしご安心ください、邪神様。こんなこともあろうかと、ちゃんと準備は整っております」


 おお、さすがはセバスチャン。用意周到だな。我が信頼を置く忠実な執事だけのことはある。褒めてつかわしてやろう。何だったら大サービスで頭をなでなでやりたいところだが、赤ちゃんになってしまったので「ばぶー」としか言えんし、手も届かぬ。


「……こんなこともあろうかと、いつでも邪神様をキルする準備は整っております」


 な、なにぃぃぃぃぃぃ!?

 謀ったな、セバスチャン。これまで目をかけて何度も何度も死地に送り込み、実際に何度も何度も死に追いやり、365日24時間働かせてやったというのに、この恩知らずめが。

 言いたいことは山ほどあるが、いかんせん「ばぶー」としか言葉が出ない。

 ぬぬぬぅ、いかんともしがたい。


「お命頂戴! キルキルキルキルキル!!!!」


 邪神の忠実なる執事であったはずのセバスチャンの背後には、これまた邪神の忠実なるしもべであったはずの高次元の存在たちが獲物を狙う獣のようなまなざしで、いたいけな赤ちゃんと化した我を見つめている。


 フッ……。

 フハハハハハハ。

 そうか。皆して我を裏切ったのだな。

 よかろう。それでこそ邪神のしもべ、悪の道の探究者どもだ。

 だがしかし! そう簡単に我をキルできるなどとは、ゆめゆめ考えぬことだ。

 我は邪神ギガスゴイデス。最強にして最凶にして最恐にして最狂の邪神である。

 魔力の大半を失ったとてセバスチャンやその他諸々のしもべどもに後れを取る我ではない。


 問題は、こやつらの背後にいるであろう神だ。

 神は邪神の天敵。神をキルするのが我が宿願。

 だが、赤ちゃんのままではそれも叶わぬ。

 神をキルするには失った魔力を取り戻し、再び邪神LV9999へと復活する儀式が必要だ。


 もちろん、ぬかりはない。

 こんなこともあろうかと準備をしていたのは、何もセバスチャンだけではない。

 コツコツと夜なべして開発したゲームプログラムを、今こそ起動させるとき……


 邪神復活の儀式、デモンズナイトフィーバーのはじまりだ!!!!




【ご注意】

 この物語はフィクションです。

 実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。


 一部過激な表現が含まれていますが、よい子は絶対にマネしないでください。

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