デモンズナイトフィーバー
喜多山 浪漫
episode 01
20XX年
東京都内某所にて
00:32 a.m.
すでに深夜0時を回ったオフィスには誰もいない。仮に他の社員がいたとしても会話することはないから同じっちゃあ同じなんだが、雑音が少ない分だけ心が安らぐ。
俺は孤独を愛するロンリーウルフ、邪龍院狂死狼。あくまで自らの意志で孤独を貫いているのであって、決してぼっちなんかじゃない。
「ん? また釈迦堂のネガティブキャンペーンをしている連中がいるな……」
一向に終わりの見えないプログラム作業の気分転換にメッセージアプリ『パンピーズ』を眺めていたところ、釈迦堂マリアの噂話をまことしやかに語る連中の投稿に出くわした。これは偶然である。決して、#釈迦堂マリアで検索したわけではない。
アナル山大先生 @GossipKingA
アイドル界のスキャンダル情報!
釈迦堂マリアと俳優X、自宅マンションで深夜お忍び愛
#釈迦堂マリア #スキャンダル #アナル山砲
チュロス @Dai1wano_Zako
シャカマリまじかよ。
びすこってぃ @SuguShinuYatsu
俳優Xって誰?
ボンボローニ @Yarare_yaku
(ヒント)俳優X=この前ドラマでダブル主演
びすこってぃ @SuguShinuYatsu
俳優Xって既婚者だろ、終わったな
ボンボローニ @Yarare_yaku
映画監督にも枕営業してるらしい
ザバイヨーネ @KamaseInu42
ビッチやんけ
プリリン @Chikuba_no_tomo
シャカマリは
中二の夏から
クソビッチ
チュロス @Dai1wano_Zako
私、釈迦堂マリア!
好きなものはチンチン!
びすこってぃ @SuguShinuYatsu
たくさん食べて仕事をもらうの!
ザバイヨーネ @KamaseInu42
ま~んの力、見せてあげる!
ボンボローニ @Yarare_yaku
月に代わってお下劣よ!
「…………クソどもが!!」
机を叩きつけた拳がしびれる。
本当はモニターに拳をねじ込みたいところだが、そんなことをしたら倍返しで会社から請求書を突き付けられるに決まっている。
叶うことなら、こんなくだらない噂を垂れ流している輩どもに拳をぶち込んでやりたい。しかし、どこの誰とも知れぬネット民たちを特定することはできないし、できたところで自慢かないけど喧嘩はからきしな俺の拳が届くとも思えない。
「こいつら……。全員キルノートにノミネートだ。いつかキルしてやる」
説明しよう!
キルノートとは俺が中学二年生の頃から書きはじめた日記のようなものだ。参考までに、いくつか例を挙げてみよう。
20XX年9月27日
今朝学校に行ったら上履きの中に画びょうが山盛り入っていた。あいつらの仕業に違いない。いつかキルしてやる。
20XX年10月2日
今日の給食は大好きなカレーだったのに、俺のカレーには黒いアイツの亡骸が入っていた。配給したクラスメイトにクレームを入れたが、まるで俺が存在しないかのように無視された。カレーだけに華麗にスルー、虫だけに無視ということか。いつかキルしてやる。
20XX年10月13日
教室に入ったら俺の机が無くなっていた。机だけじゃない。椅子もだ。代わりに温州ミカンと書かれたダンボール箱が置かれていた。これで授業を受けろと? おい、担任。何事もないかのように普通に授業を始めてんじゃねえよ。くそぉ。いつか全員キルしてやる。
と、まあこんな感じだ。
キルノートのおかげで、俺は健全な精神を保つことができた。俺とキルノートは一心同体。切っても切り離せない相棒みたいなものだ。この関係は中学二年生から現在まで続いている。
「ん?」
クソみたいな投稿がウジ虫みたいに溢れている中、引っ掛かる投稿があった。
プリリン @Chikuba_no_tomo
シャカマリは
中二の夏から
クソビッチ
五七五。うん。一応、季語も入っている。
いやいや、問題はそんなことじゃない。
こいつ、もしかして中学時代の同級生か……?
釈迦堂が世界的なスターになったことは、同級生なら誰でも知っている。その成功に嫉妬して下らない嘘をまき散らす連中も少なくない。成功した同級生を貶めたところで、お前たちの地位が上がるわけじゃないぞと言ってやりたいが、やつらにしてみれば釈迦堂をスターの座から引きずり降ろせれば、それでスッキリ爽快なのかもしれない。
「あー、どいつもこいつもクソばっかりだ! こんなクソみたいな世界、とっとと爆発しちまえ!!」
ドッカーン!!!!
20XX年。地球は核の炎に包まれ、人類は滅亡した。
そして誰もいなくなった。 完
……なーんてな。
そうだったらいいのになー。人類滅亡してほしいなー。
だが現実は厳しい。いくら呪ってみたところで人間も世界もクソなままだ。
妄想はメンタルヘルスにとてもいいが、何ら生産性はない。このまま妄想にふけって夜を明かすのは、万年社畜の俺としては少々気が引ける。地球が核の炎に包まれて少しは気も晴れたところで社畜は社畜らしく三徹目に突入するとしよう。
ふと窓の外に目を移すと、主演映画のヒロインになり切った釈迦堂がこちらを見ている。ハリウッドスター様が、三流ブラックゲーム会社に勤める三徹目の社畜をまるでゴミを見下ろしているように感じるのは、俺の被害妄想だろうか。
「今頃、釈迦堂のやつは毎日いいもん食ってイケメンや金持ちとパーティーとかヤリまくっちゃってんだろうな……。それに引き替え俺は友達0人の彼女いない歴=年齢、もちろん童貞の魔法使いまであと一歩の29歳……。神は不公平だ。いつかキルしてやる」
そうだ。忘れないうちに、神もキルノートにノミネートしておこう。
ふっふっふっ。神をキルか。
神をも畏れぬ反逆者・邪龍院狂死狼。神殺し・邪龍院狂死狼。うん、悪くない。
「ん……?」
ひとり悦に入っていると、何やら夜空に光るものを発見した。
動いている。
UFO……ではないだろうな。
流れ星か?
「ん? んん??」
流れ星に見える何かはすごい勢いで大きくなっていく。
その巨大な何かが看板に描かれた釈迦堂の顔を突き破り、隕石だと認識したときには、すでに遅かった。
逃げる間もなく、恐怖する間もなく、そこで俺の意識は途絶えた――