キマイラ文庫

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デモンズナイトフィーバー

喜多山 浪漫

episode 03


「こ、ここは……?」


 宇宙空間のような、どこまでも続く深淵を思わせる青の世界。煌めく星々。

 次から次へと目まぐるしく変化する状況に頭がついていかない。今にも脳みそが沸騰して煙を噴き上げそうだ。


「ここはアストラル界。邪神復活の儀式デモンズナイトフィーバーのために我が生成した異次元世界だ」


「アストラル界……」


 我ながら間抜けだと思いながらも、ついオウム返ししてしまう。しかし、その言葉が放つ強烈な魅力にこの先の展開が気になって仕方がない。


「我が再び邪神の力を取り戻すためには、我が邪悪なる歴史を追体験しながら悪徳を積む必要がある。邪龍院狂死狼よ。貴様はそのために選ばれた邪神の使徒なのだ」


 なるほど。力を失って子猫(?)みたいになってしまった邪神様を元に戻すために、俺が邪神様の過去をもう一度体験すればいいってわけか。それが邪神復活の儀式デモンズナイトフィーバー。よし、理解した。


「それはいいんだけどよ……。なんで俺は中学生に戻ってんだ?」


 そうなのだ。問題はそこなのだ。

 さっきまで29歳のくたびれた社畜だったはずの俺が、なぜか中学生の身体になって、かつての肌艶を取り戻している。すぐに中学の頃だとわかったのは、見覚えのある忌々しい学ランのおかげだ。

 これは一体どういうことなんだ? 邪神様が子供になったから、その使徒である俺まで子供になったってことか……?


「アストラル界とは、すなわち精神世界――ゆえに貴様の魂の形が映し出される」


 は……?


「それって要するに俺の精神年齢が中学生で止まってるってこと? 驚愕の事実なんですけど……」


 今でも中学時代のことを引きずっているって自覚はあったけど、こんな形でその事実を突きつけられるとは思ってもみなかった。凹む。


「にゃははははは。驚愕するのは、まだまだこれからだぞ? ほれ」


 邪神様が器用に指パッチンならぬ肉球パッチンでパチンと音を鳴らす。

 何だ何だ、今度は何事だ?

 だが、もう驚かないぞ。

 俺は邪神の使徒。

 神をも畏れぬ反逆者・邪龍院狂死狼。

 神殺し・邪龍院狂死狼。

 そう何度も何度も驚いていては沽券に関わる。


「な、何じゃ、こりゃあああああ!!?」


 しまった。不覚にもまたしても驚いてしまった。

 しかし、これは俺が悪いわけじゃない。

 ピチピチの黒ずくめラバースーツ。腕と足には人骨の意匠。胸、肩、腰は鈍く光る銀色の装甲。ご丁寧に肩には鋭い羽根型のカッターのような装飾まで施されている。一見して正義の味方を名乗る資格がないことは明らかだ。そして、風にたなびく黒マント。これは気に入った。邪神の使徒・邪龍院狂死狼に相応しい装いだ。

 口と頭が何だか窮屈なので触ってみると、固い金属のような手応え。金属製のマスクにヘルメットまで装着しているのか。どうせデザインもいかにも悪役なのだろうし、それは別にいいんだけど、せめてカッコいいデザインであることを願う。


「それは我がまだ悪の道の第一歩を歩み始めた頃の姿――怪人時代の姿である」


 ご親切に邪神様がポンっと手鏡を取り出して渡してくれる。邪神様ったら、意外と優しい。

 どうかカッコいい見た目でありますように。

 願いを込めて自分の顔を確認してみる。

 口のマスクは唇のないむき出しの歯のようなデザイン。見る者を威嚇するには充分な効果が期待できる。カッコいいかどうかはともかくとして。

 鮮やかな赤に染められた丸い形のヘルメットは特徴的だ。何が特徴的かと言うと、てっぺんに見紛うことなきネコ耳がついているのだ。邪神様がネコ型邪神だから、その使徒にもネコの意匠を施すのは当然と言えば当然だ。それは理解できる。カッコいいかどうかはともかくとして。


「言いたいことはいろいろあるけど……なんで怪人?」


「巨悪は一日にして成らず。我とて生まれた瞬間から邪神だったわけではないのだ」


「へ? もしかして怪人からスタートして、何回かランクアップすると邪神になれるって仕組み?」


「いかにも」


 邪神様はなぜか楽しそうだ。


「へー。まるでゲームだな」


「さよう。これはゲームだ。こんなこともあろうかと我が徹夜で作っておいたのだ」


「え? このへんてこりんな状況って、ゲームなの? しかも邪神様のお手製?」


「えっへん。どうだ、すごいだろう」


 邪神様は腕組みしたまま、さらにふんぞり返る。


「すごいって言うか、徹夜でゲーム作る邪神て……。本当だとしたら他人事とは思えん。親近感が湧いてくるぜ」


「にゃ? なにゆえ親近感が湧くのだ?」


 俺の言葉に邪神様が首を傾げる。その姿がちょっと愛くるしいと思ったが、それは置いておくとして、


「これでもブラックゲーム会社の社畜プログラマーだからな。徹夜でゲームを作る苦労は身に染みて知っているさ」


「にゃんと! それは奇遇だな。いや、これも運命かもしれぬな……。ならば、狂死狼よ。お手並み拝見といこう。怪人ミッションを攻略してみせよ」


「怪人ミッションとは?」


「ずばり! 世界征服!!」


「おお~!! それっぽい」


「……と言いたいところだが、怪人にそこまでの実力はない。だから地元を征服してもらう」


 あらら。

 期待させるだけさせておいて、大幅にスケールダウンかよ。


「やることが急に地元のヤンキーレベルのショボさになったな」


「不服か?」


「本音を言えばドドーンと派手に世界征服したいところだけど、怪人になってクソみたいな地元をメチャクチャにするのも悪くない。いいぜ、やってやる!!」


「にゃははは! では、怪人・狂死狼よ! 思う存分、悪の限りを尽して地元征服を成し遂げるがいい!!」


「フッフッフッ。こういう日が来ることを待っていたぜ! 泣き叫べ、地元の愚民どもよ!! 全員キルしてやる、フハハハハハ!!」


 * * *


 ふむ。この邪龍院狂死狼を名乗る痛い男……

 ためらうことなく邪神の使徒になることを引き受けたか。

 こいつも他の悪党どもと同じく危険な人間だな。

 儀式が無事に完了したら……魂までキルして完全消滅してやるとしよう。

 にゃはははは。