キマイラ文庫

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デモンズナイトフィーバー

喜多山 浪漫

episode 04

 ここは秘密結社のアジト。

 宇宙空間のようなアストラル界から、怪人が悪事を企てるのに相応しい場所――すなわち、悪の秘密結社のアジトに拠点を移したのだ。

 巨大なモニター。よくわからない謎の装置。あからさまに怪しげなドクロマークのボタン。おそらくロクでもないことに使用するであろう実験器具の数々。いよいよ邪神復活の儀式の始まりかと思うと気が引き締まる。……嘘です。ワクワクが止まりません!!


 なにせこのデモンズナイトフィーバーとか言う邪神様お手製の儀式は、邪神の使徒として悪の力を駆使して、悪の限りを尽くすのが仕事らしい。毎日妄想で思い描いていたあんな悪いことをこんな悪いこと、あいつもこいつもどいつもそいつもキルキルキル。何でもかんでもやりたい放題だなんて、ここが天国じゃなかったとしても俺にとっちゃ楽園には違いない。

 こんなに楽しげな儀式だったら、いつでもウェルカム。魂を捧げるだけじゃなくって、社畜生活で溜まった貯金(もちろん残業代なんてもらったことはない)を全部はたいてでも参加したい。


「悪の道は、悪徳ポイントに始まり、悪徳ポイントに終わる。まずは悪徳ポイントついて説明しよう」


 一刻も早く悪事をやりたい放題したい俺の期待をよそに、邪神様は悪徳ポイントとやらの説明を始めた。


「悪徳ポイントとは、悪の道を突き進むための通貨単位のようなものだ。悪徳ポイントを稼いで、悪徳ポイントを消費して成長し、悪徳ポイントを使って戦う……。一事が万事、すべてが悪徳ポイント。悪徳ポイントを制す者が世界を制すのだ」


 つまり、悪事を働くと悪徳ポイントが溜まって、その悪徳ポイントを使って悪の能力を成長させたり戦ったりするってことか?

 邪神様が夜なべして考案したゲームシステムだと思うと親近感が湧いてくる。

 でもなぁ……。


「せっかく非現実的な世界を楽しめると思ったのに、何をするにも悪徳ポイントが必要ってんなら、なんでもかんでもカネカネカネの現実世界と変わんねえじゃねえか……」


「にゃはははは。わかりやすい仕様でよかろう? 悪の道はシンプル・イズ・ベスト。とにかく悪の限りを尽くして悪徳ポイントを稼ぐことだ」


「やっと社畜生活から解放されたってのに、また働かなきゃなんねえのか……。トホホ。勘弁してくれ」


 雇い主が三流ブラックゲーム会社から邪神様に変わって、肩書きが平社員から怪人になっただけで、どこまでいっても社畜は社畜ってことか。これが夢なのか妄想なのか死後の世界なのかはわからないけど、どうやら俺は社畜生活にずっぽりハマって抜け出せない運命にあるらしい。


「にゃはははは。今更泣き言を言っても引き返すことはできぬぞ。ほれ。まずはテキトーに悪行してみよ」


「いや、テキトーにって言われても……どうすりゃいいか、さっぱりなんだが?」


 邪神様の投げっぱなしジャーマンスープレックスに対して、ささやかな抵抗を試みる。

 俺の知る一般的な邪神様ならここで「役立たずめが」と爆散させられるところだが、どうものこの邪神様、なかなか辛抱強い。特に機嫌を損ねるわけでもなく、何だったらルンルン♪と鼻歌をまじえながら解説を始める。別に親切ではなく、自身の作ったゲームについてひたすら語りたいただのオタクなのかもしれないが、それでもありがたい。


「悪行コマンドには『非道』『冷徹』『狂暴』『狡猾』『妄執』の5つの傾向がある。どの傾向を選択するかによってHP(体力)物理攻撃・物理防御・特殊攻撃・特殊防御などのステータスが上昇する。悪行コマンドは、来たるべきバトルに備えて、悪事を働きながらパワーアップできる一石二悪で一挙両悪なシステムなのだ。初心者の怪人である貴様の場合、まずは物理攻撃・物理防御を集中的に鍛えるのがオススメだぞ」


 ふむふむ。

 悪行には5つの種類があって、それぞれ行うことによって得られる結果が違うのか。どんな悪に成長したいかによって使い分けろってことか。なるほど。

 最後にご親切にオススメのやり方を教えてくれるあたり、まさにゲームのチュートリアルみたいだ。この儀式がゲームだという邪神様の言葉もあながち嘘じゃないのかもしれない。ブラックゲーム会社で鍛え上げられた俺のゲーム脳が作り出した妄想という線も捨て切れないが。

 ま、それはともかくとしてだ。この状況、せっかくだから大いに楽しむとしよう。


「よーし! 最凶の悪に俺はなる! フハハハハハ!!」


 と、張り切って悪行コマンドを10回ほど選択して悪行してみる。

 アドバイスに従って物理攻撃・物理防御を鍛えつつも、素直に人の言うことを聞けない天邪鬼(あまのじゃく)な俺はHPと特殊攻撃も鍛えることにした。

 この世界はクソだ。みんな嘘つきばかりのクソどもだ。ましてや相手は邪神。本当のことを言っている確率のほうが低いと考えるのが妥当だ。

 けど、実際に試してみたところ、ちゃんと邪神様の言った通りにステータスが上昇した。なんだか、自分がとってもひねくれた人間のような気分になる。


 気を取り直して、悪行コマンドを思うがままに選択する。

 計10回を数えたとき、「てれってー♪」的なゲーム愛好者にはなじみ深いジングルが鳴り響いた。

 目の前にステータスボードが浮かぶ。

「怪人・狂死狼がレベルアップした!」


 レベルアップだ。

 これが本当にゲームならレベルアップの概念があるのは、なんら不思議ではない。

 レベルアップに応じてステータス値が上がる。これもゲームあるある。なんら不思議ではない。


「邪神様。俺、レベルアップしたみたいだぞ」


「うむ。悪行を積み重ねたことで貴様の悪としての『主人公レベル』が上がったのだ」


「主人公レベル……」


 そうか。このゲームの主人公は俺なのか。まあ、ゲームだからな。そうなるのか。

 しかし、モブキャラ人生を一貫してきた俺としては「主人公」なんて仰々しい肩書きを付けられるのは、なんだかむずがゆい。できることなら、「主人公(仮)」とか「主人公(笑)」ぐらいにしておいてもらいたいものだ。


「主人公レベルとは貴様自身の強さを表すものだ。レベルアップすればするほどステータス値が上昇して強くなる。その他にも悪行をおこなっていくうえでの様々なプラス効果が付与されるから、じゃんじゃんバリバリ主人公レベルを上げていくことをオススメするぞ」


 主人公という重すぎる肩書きに対する俺の心境など知る由もなく、邪神様はご機嫌さんに解説する。

 怪人から邪神にまで成長したんだから、邪神様の人生は闇に包まれていたとしても「主人公」街道をまっしぐらだったのだろう。そんなやつに日陰を歩んできた俺の気持ちがわかるわけがない。

 とはいえ、ゲームシステム上、俺が主人公を演じないことには始まらないのも事実。というか今更モブキャラには変更できまい。だったら、せいぜい仮初(かりそめ)の主人公を演じてやるとしよう。


「……わかった。RPGでスライムをキルしまくるのと同じように悪行しまくって経験値稼ぎをすればいいんだな?」


「にゃはははは。理解が早いな。その通りだ。小さな悪からコツコツと。地道に主人公レベルを上げることが邪神への近道なのだ」


 邪神様が愉快そうに高笑いする。

 こうして見ると擬人化された愛くるしい黒猫にしか見えない。本当に邪神なの?という気すらしてくる。


「狂死狼よ。基本は理解できたようだから、そろそろ次の段階へ進むぞ」