キマイラ文庫

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デモンズナイトフィーバー

喜多山 浪漫

episode 02

 気がつくと、そこには知らない天井があった。

 いや、正確に言うと天井はない。見渡す限り薄暗く何もない空間。一瞬だけ天国かと思ったが、こんな何もない薄暗い場所が天国なわけがない。第一、俺が天国へ行けるはずがないと自嘲気味に鼻で笑って思い直す。


「ここはどこだ? 一体、何が起こったんだ……?」


 あたりを見回しても誰もいない。俺自身、答えが返ってくるのを期待していたわけじゃなかったけど、声でも出さないとこのまま漆黒の闇に圧し潰されてしまいそうだ。


「ばーぶー♪」


 そんな不安をあざ笑うかのように黒い何かが突然目の前に飛び出してきた。


「うわぁぁぁーーー!!?」


 この世に生を享けて29年。ここで初めて腰を抜かすという体験をする。

 関係ないけど初体験という言葉にエッチな響きを感じるのは果たして俺だけだろうか?


「ばーぶー」


 落ち着いてよく見ると、黒い何かはネコのようなネコじゃないようなへんてこりんな何かだった。

 パッと見には赤ちゃんのように見えるけど、少なくとも人間じゃないよな……? だって宙に浮いているし。

 でも、おしゃぶりくわえて「ばーぶー」って言っているし、赤ちゃんは赤ちゃんなのか……?

 次々と疑問が湧くが、いくら推理したところでまるで意味がなかった。なぜなら、ネコのようなネコじゃない、へんてこりんな赤ちゃんのようなものが今まさに、目の前で子供ぐらいのサイズに変身して、腕組みをしながら俺をギロリと見ているからだ。もはや理解の範疇を超えている。


 人型ネコとでも言えばいいのだろうか。黒いネコの頭に身体。でも人間のようなポーズで腕組みしながら偉そうにふんぞり返っている。額には第三の目っぽいものがある。邪眼か? 俺も欲しい。

 たなびく赤いマント。胸元には怪しげなドクロの飾り。足首には金色の装身具。そして尻尾には……なんか赤い目と口のようなものがあるんですけど、あれは何ぞ?

 とりあえずネコ型ロボットではないのは間違いなさそうだ。人間でもネコでもないことは確定と見ていいだろう。


「これでよし、と。あーあー、てすてす。我の声が聞こえるか?」


「へんてこりんな何かが変身してしゃべりかけてきた!!?」


「ふん……。へんてこりんとは無礼なやつめ。我はへんてこりんではない。我が名は邪神ギガスゴイデス。畏怖の念を込めて邪神様と呼ぶがよい」


 は?

 邪神??

 今、邪神って言った???


「……邪神って。全然そうは見えないけど」


「単刀直入に言う。貴様の魂を我に捧げよ」


 俺の率直な感想を華麗にスルーした邪神様が物騒なことを言い始めた。

 いきなり現れて魂を捧げろって言われてもなぁ。

 ……ははぁ~ん、なるほど。

 つまりは、こういうことか。


 俺は――

 ①過労死した

 ②本当に隕石が落ちてきて死んだ

 ③妄想から抜け出せなくなった


 ……嫌な三択だなぁ。

 それでもまあ、このクソみたいな人生から解放されたのなら、どれだって構わないか。

 むしろ邪神様に魂を捧げたら何が起きるのかに興味が湧いてきた。


「……魂を捧げたらどうなるんだ?」


「邪神の使徒になる。そして、邪神の使徒となった貴様には悪の力を駆使し、悪の限りを尽くしてもらう」


 邪神の使徒……!

 なんて血沸き肉躍る魅力的なワードなんだろう。オラ、胸がときめいてきたぞ。

 邪神の使徒・邪龍院狂死狼。むふふ、悪くない。


「いいね! 邪神様、サイコー!! 邪神の使徒に、俺はなる!!」


「即答で、しかも軽い……。さては貴様、だいぶ頭のおかしいやつだな?」


 初対面の人に対して、頭がおかしいとは失礼な邪神様だなぁ。

 これから仲良くしていけるのか、先行きが不安だ。


「まあ、そういう邪悪な魂を選んだのだ。当然と言えば当然か……。さて、悪に魅入られし者よ。貴様の名を聞いておこう」


「俺は邪龍院狂死狼……。狂死狼と呼んでくれ」


 邪神様が目をぱちくりとさせている。ちょっと可愛い。


「……本名は?」


「仮初(かりそめ)の名は捨てた。俺の真名は邪龍院狂死狼だ」


「うーむ。結構痛いやつを引き当ててしまったか。……まあよい。ならば、狂死狼よ。来たるべき神の使徒との戦いに備えて悪の力を鍛えてゆくぞ」


「神だと? フッフッフッ。ちょうどいい。キルしてやりたいと思っていたところだ」


 キルノートに神をノミネートして早々に神殺しの機会が訪れるとは僥倖だ。

 どうやって神をキルしてやるか、想像するだけでワクワクしてくる。


「キル? 貴様が? 神を? にゃははははは! こいつは傑作だ。ならばさっそく儀式を始めるとしよう。アブラカサブタ、ナンミョウホウレンソウ、エコエコエッコラセ……(以下、略) にゃぁぁぁぁぁああーーーーー……!!!!」


「おおっ!?!?」


 なんだなんだ?

 目の前が急激に真っ白になって意識が遠のいていく。

 またしても最低な三択が脳裏をよぎる。

 俺は――

 ①過労死した

 ②本当に隕石が落ちてきて死んだ

 ③妄想から抜け出せなくなった


 この際どれでもいいけど、現世がクソだった分、せいぜい楽しませてほしいものだ。


「我が邪悪なる使徒、邪龍院狂死狼よ! これよりは邪神復活の儀式『デモンズナイトフィーバー』のゲームスタートだ! 覚悟するがよい! にゃははははは!!」


 遠のく意識の中、邪神様の楽しそうな高笑いが響く。

 そして、もう一つ。耳元、というよりも頭の中に別の声が聞こえた。


「……ようやく機が訪れたようですね。システム起動。邪神復活プログラム【DNF】を開始します」