キマイラ文庫

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サマータイムモンスターズ

横田 純

013

7月31日:展望台


 7月31日。


 魔物が現れるまで残り数時間。

 僕たちは早朝から展望台に集まり、最後の打ち合わせをしていた。


 あれから今日まで、僕らは特訓を重ねてきた。

 蝉丸は試作の武器をリュックに詰め、僕は物置からクワを持ち出した。

 全員古雑誌を腹に詰めて、気休め程度に防御も固めてる。


「あとは……作戦の確認だね」と瀬凪。


 二人がまっすぐ僕の方を見る。

 僕は意を決して、話し始めた。


「まず、魔物が現れるのは18時ちょうど。そこから襲撃が始まる」


 僕は展望台から村を見下ろしながら説明する。


「魔物は、村北端の上空に浮かぶ魔王城から現れて村全体に散らばっていく。まず守るべきは商店街だ。人が多いから被害が大きくなる」


「変電所は? 村の入口近くの変電所が壊されたら村中が停電しちゃうよ」


 さすが蝉丸。電気屋の息子らしい着眼点だ。


「村の入口は魔物の発生場所から一番遠いんだ。初手で変電所を守りに行くのはリスクが高い。それに――もうひとつ問題がある」


 僕は村を南北に分断する川を指さした。


「あの川を渡る橋は一本しかない。橋を壊されたら、村の入口まで行けなくなる」


 夏摩村は周辺を高い山々に囲まれていて、村の南部に位置する入口からしか出入りできない。

 つまり、橋を壊されたら住民の大半が村に閉じ込められてしまうのだ。


「そっか……だから展望台なんだ」蝉丸が納得したように頷く。


「ああ。ここなら村全体が見渡せる」


「魔物がどこを襲うか見てから対応するってことだね」と蝉丸。


「でも……3人だけで大丈夫かな?」と瀬凪。


 僕らは準備を進める間、大人たちにも助けを求めた。

 しかし、やはり魔物が来るなんて誰も信じてくれなかった。


 不安そうな瀬凪を励ますように、僕は言う。


「村を襲う魔物を見れば、嫌でも信じてくれるはずだ。だから今日だけは――なんとしても僕らだけで勝たないと」


「……うん」


 瀬凪は覚悟を決めたように、力強く|頷《うなず》いた。



 運命が同じように辿るのだとしたら、展望台にはガーゴイルが降りてくる。

 僕と瀬凪を殺した因縁の魔物。

 まず、あいつを何とかしないといけない。



「思ったんだけどさ」と蝉丸。


「展望台にガーゴイルが降りてきたのは、展望台にイッチと陽菜乃川さんがいたからなんだよね?」


「そうだと思う」


「じゃあ、僕らが隠れてたらどうなるんだろう? 誰もいなさそうに見えても、ここに降りてくるのかな?」


 ――確かに。どうなるんだ?


「……蝉丸。それ、試してみてもいいかもしれない」


 瀬凪も頷く。


「よし! 近くに隠れてみよう!」



 ◆ ◆ ◆


 その頃。

 次春、フトシ、フジキューも、展望台の近くで密談をしていた。

 3人は木々に身を隠しながら、下から展望台を見上げる位置に陣取っていた。


「あれー? 次春の兄ちゃん、どっか行っちゃったよ」


 フトシが次春に向かって報告する。


「ほんとだ。ここからじゃ見えないね」


 次春は首からかけた小さい望遠鏡で、展望台の方を|覗《のぞ》き込みながら言う。


「どどど、どうする? 僕たちも移動する?」とフトシ。


 あんまり近くに行くとバレちゃうかもしれないし、悩みどころだ。


「諸君、石集めはどうするのだ?」


 フジキューは今日もいつもの調子で、妙なポーズを取りながら発言する。

 あれから10日以上経ったけど、左手の包帯も変わらない。

 しばらくこのキャラでいくことにしたのかもしれない。


「石集めは今日は休みでしょ。魔物が来るかもしれないんだから」


「フハハハハ! たしかに! 貴様の言うとおりだな!」


 この12日間、3人はスパイとして一日も欠かさず|標的《ターゲット》の後を追い続けてきた。


 兄が中学の裏庭をクワで|耕《たがや》し始めた日はさすがに笑った。

 こんなジメジメしたところで何育てるつもりなんだよ、って茶化したりした。

 だけど、毎日必死にクワをふるい続ける姿を見て、だんだん笑えなくなった。

 兄があまりにも真剣だったからだ。



「……とりあえず、ここにいてもイッちゃん達が見えないから、僕らも移動しよう」


「さんせーい!」


 小学生たちは、展望台に向かって斜面を登り始めた。


「諸君、魔物は本当に来ると思うかね?」


「さあ」


「楽しみだな!」




 そして18時。

 予定通り、魔王城が出現した。



 ◆ ◆ ◆


 村の各所に設置された防災無線用のスピーカーから、帰宅を促すメロディが流れ出す。


 魔王城から出現した|異形《いぎょう》の生物たちが村の各所に飛び去っていく。

 その様子を、僕らは展望台のすぐ脇に建つ管理小屋の陰から眺めていた。


「嘘……」


 瀬凪が、か細い声で|呟《つぶや》く。


「あれが……魔物……?」


 その時、展望台に一体の魔物が降り立った。

 その姿を見た瞬間、体中の毛がぞわっと逆立つのを感じた。

 忘れもしない。あいつは。


「――ガーゴイルだ!」


 ガーゴイルはあたりをゆっくり見回し、のそのそと歩いている。

 さっきから空を飛んでいく魔物は何匹もいるが、ガーゴイルはこの一体だけだ。


 僕らとの距離は10メートルほど。

 物音でも立てて気づかれたら終わりだ。

 ここは何とか不意打ちを食らわせたい。


「ちょ、ちょっと待ってよ……あんなのと戦うの……!?」


 蝉丸が僕の肩を掴み、怯えた顔で言う。


「魔物の話を聞いた時から、できるだけ怖いのを想像してたつもりなんだけど……。ヤバいって! あんなのと戦って勝てるわけないだろ!?」


 蝉丸の震えが、触れた手を伝わって僕に伝わってくる。

 瀬凪も体をこわばらせ、下唇を噛んでいた。



 ――その時だった。


 展望台を見回していたガーゴイルが|突如《とつじょ》方向を変え、翼を使って飛び立った。

 僕らのいる方向とは反対側、展望台脇の茂みの方に高速移動していく。


「うわあああああーーーーっ!!!」


 茂みの向こうから突然の悲鳴。

 次春たち3人組が転げるように逃げてくる。


 小学生3人がガーゴイルに発見されたのだ。



「次春!? お前こんなところで何やってんだ!!」


「イッちゃんゴメン! ずっと|尾《つ》けてた!!」


「たすけてーーーー!!」


 小学生3人は、こちらに向かってがむしゃらに走ってくる。

 3人が散り散りに駆け出したので、ガーゴイルは少しうろたえるような素振りを見せた。


 ――いいぞ! ここまで来てくれれば僕らで守れるかもしれない!


 その距離、20メートル。


 しかし。



「あいってぇ!!」


 フジキューが転んだ。


「フジキュー!!」


 次春とフトシがフジキューの方を向く。


「この俺様に限って、こんな時に…!」


 立ち上がろうとしたフジキューの前に、ガーゴイルが立ちふさがった。


「あ………」


 フジキューとガーゴイルの目が合う。



 そして。

 ガーゴイルは、ゆっくり片手を振り上げた。