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サマータイムモンスターズ

横田 純

005

7月31日:(NOT) GAME OVER


 7月31日。


 僕は瀬凪と二人で、山の上の展望台にいた。



 ここまで本当に長かった。


 7月19日に神頼みを終えた後、僕は瀬凪をどうやって誘うか考えた。

 普通にスマホで呼び出せばいいなんてのは、できるやつの言い分だ。

 何を理由に? どんな言葉で?

 今の僕には細かいシミュレーションが必要だ。


 結局、最初の数日はスマホに文章を打ち込んでは消しをくり返すだけで終わった。

 このままじゃマズい。

 そんな時、蝉丸からメッセージが来た。


〈自由研究、いつから始める?〉


 自由研究。


 そうだ。

 今年の夏はグループ研究で村の歴史を調べることになっていた。

 僕らの村にはよくわからない石碑がたくさんあるから、それを調べようって話だった。


 グループのメンバーは、僕、蝉丸、アヅ、アリサ、ホタル、そして瀬凪。


 自由研究のことで会いたい。

 考えられる中で最高の、めっちゃ自然な理由だ。

 なんでこんな大事なこと、今まで忘れてたんだろう?


 この時点ですでに7月25日。

 僕は急いで瀬凪にメッセージを送った。


〈自由研究のことで相談があるんだけど〉


 返事はすぐに返ってきた。


〈いいよ。何?〉


 ……あっ。

 ヤバい。失敗したかも。


 相談があるとだけ送ったら、スマホだけで済まされちゃうかもしれない。メッセージでもボイスチャットでも、方法はいくらでもある。


 僕は「告白は直接会ってするものだ」って思い込んでいた。

 しかし、よくよく考えてみれば、別に会わなくても告白はできる。


 ここで先ほどのメッセージが悔やまれる。 

 自由研究のことで相談があるって言っちゃったせいで、逆にメッセージでの告白が難しくなった。「あれ? 自由研究の話じゃないの?」ってなっちゃうから!


 ……やっぱり、直接会おうって言うしかない。

 結構勇気いるぞ。大丈夫か……?


〈直接会って話したいんだけど時間ある?〉


 今度は既読がついてから、しばらく返事が来なかった。

 夕食を済ませて風呂に入って、それでもまだ返事が来ない。

 ダメか、と諦めかけた時だった。

〈7月31日なら。いいよ〉


 僕は「よっしゃあ!」と叫びながら、ベッドの上でガッツポーズした。



 ◆ ◆ ◆


 それで僕らは、展望台にいる。

 昼過ぎに会おうと約束して、ここで待ち合わせたんだ。


 真っ白なサマードレスを着て現れた瀬凪を見た時、アリサの言ったことを思い出した。


 ――今あんたの隣を歩いてくれてる子、めっちゃかわいい子なんだからね?


 本当、その通りだなと思った。



 僕が適当にでっち上げたグループ研究についての相談に、瀬凪は真剣に答えてくれる。

 でも、そんな相談はすぐに終わって、グループ研究について話すことはなくなった。


 二人で学校に歩いていく時と同じ、気まずい沈黙。

 でも、今日は黙ったままじゃダメだ。



 先に沈黙を破ったのは瀬凪だった。


「ごめんね。会うの遅くなっちゃって」


「いや、全然いいよ。忙しかったんだよね」


「うん。部活とか」



 部活。



 ――瀬凪。陸上部の先輩から付き合おうって言われてるみたいだよ。



 アリサの言葉が頭をよぎる。


 もういい。

 どうなるかわからないけど、僕は前に進む。



「あのさ、陽菜乃川」


「なに?」


「陸上部の先輩から、付き合おうって言われてるって本当?」


「――!」



 瀬凪は、ちょっとびっくりした顔をして僕から目をそらした。

 でも、すぐに真剣な顔をして言った。



「……本当だよ」



 ああ。


 できれば嘘であってほしかった。

 僕はショックの大きさを瀬凪に気づかれないように、できるだけ普通の声で言う。



「その先輩、やっぱりカッコいいんだろうな」


「うん。タイムすごいし、やさしいし。人気あるんじゃないかな」


「そっか」



 ますます勝ち目がなくなっていく。



「昨日も部活の後に、返事を聞かせてって呼び出されたんだ」


「……で、どうしたの」



 瀬凪はしばらく黙った後、迷いのない声で言った。



「断ったよ。他に好きな人がいるから、ごめんなさいって」




 日が傾いてきている。


 昼過ぎから話し始めたはずだったが、いつの間にか夕方になっていた。



「今度は、私の方から質問、いい?」



 瀬凪が僕の方に向き直る。



「中学に入ってから、イッチ、私と話してくれなくなったよね」



「………」



「イッチはさ。私のこと……どう思ってる?」



 胸が大きく高鳴った。



 今しかない。

 ここで言わなきゃ後悔する。


 僕は勇気をふりしぼり、まっすぐ瀬凪を見つめた。




「僕は――――」




 その時だった。


 山間の雲の切れ間から、巨大な建造物が現れた。

 日本の田舎にはてんで不釣り合いな、|禍々《まがまが》しい西洋風の城。

 ゲームに出てくる魔王城みたいだと思った。


 魔王城が、夏の空に浮いていた。



 少し遅れて、瀬凪も城の存在に気づく。


「なに……? あれ……」


 魔王城から大量の何かが、村に向かって降りてくる。

 どう見ても人間じゃない。



 あれは、この世ならざるもの。


 あれは……魔物だ。


 時刻は18時。

 村の各所に設置された防災無線用のスピーカーから、帰宅を促すメロディが流れ出す。

 遠き 山に 日は落ちて――

 たしか曲名は、ドヴォルザークの――『新世界より』。


 僕らの村が魔物に破壊されていく。

 家屋が砕け、火の手が上がり、遠くから悲鳴が聞こえる。


 展望台の上で呆然と立ち尽くしていた僕らの前に、一体の魔物が降り立った。

 あわてて後ずさろうとしたけど、うまく体が動かない。



「イッチ―――」



 一瞬だった。


 瀬凪は、僕の目の前で殺された。



 何度も名前を呼びながら、動かない瀬凪の体を抱きしめる。

 真っ白なサマードレスが、赤く染まっていた。



「あ……! あああ……!! うわあああああああっ!!!」



 これは何だ?

 どうしてこんなことに?



 そこで僕は思い出す。


 8月以降が消え去ったカレンダー。

 最後の日付は|7月31日《・・・・・》。


 あれは、|7月31日に《・・・・・・》|世界が終わる《・・・・・・》ってことだったのか? 



 もう遅い。

 もう何もかも手遅れだ。



 魔物は僕に反撃の意志がないことを確認し、ゆっくり近づいてくる。



 僕は何も成し遂げられずに、短い生涯を終えた。


 2025年7月31日、18時02分のことだった。