キマイラ文庫

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サマータイムモンスターズ

横田 純

014

7月31日:商店街


「バズれ……バズれ……バズれぇぇぇ!!!!」


 商店街の中にある美容室『ヘアーサロンひまさか』の二階。

 |暇坂《ひまさか》アリサは、自室のベッドに寝転がりながらスマホをいじっていた。


 夏休みに入ってから、あたしは毎日のようにインスタに写真をポストしている。

 世界中のキラキラ女子の写真やリール動画に胸踊らせて、軽く嫉妬もして。


 あたしもいつかはバズりたい。

 こんなふうにチヤホヤされてみたい。


「今日こそは……!」


 かといって、今のあたしにどんなバズりが生み出せるだろう?


 部屋の隅に立てかけた姿見に、今の自分の姿が映る。

 夏休みに入ってから家に閉じこもりっきりで、せっかく染めた髪はボサボサ。

 ネットで買ったキャミはフリルのとこがダルダルになってきたし。

 そういえば今履いてるスパッツも、なんかちっちゃい穴空いてない?


 ダメダメ!

 こんなんで写真撮ってもバズるわけないよ!!


 ここはひとつ気合を入れて、あぶない水着でも着てみるか。

 ダメかなー。あたし胸ないしなー。

 あーあ。瀬凪とホタルがうらやましいよ。


 そんなあたしの視界に、異変が飛び込んできた。

 窓の外、村の上空に巨大な城が浮いている。



「――えっ?」



 目を疑った。


 西洋風の城……

 っていうか、あれってゲームに出てくる魔王城にそっくりじゃね?


 あたしはそれなりにゲームもやる。

 最新のゲームもチェックするし、おっさんホイホイなレトロゲームも愛してる。

 そんなあたしが言うんだから間違いない。あれ、魔王城だわ。



「ちょ、待って。これってもしかして……?」


 そうだ。たしかイッチがそんなこと言ってた。

 7月31日に魔物が攻めてくるとか。

 あたしは心底バカバカしいと思ったから「信じられない」って言ったけど。


 うっそ。マジ?

 ヤバくない?


 そんなことを思いながら窓の外を眺めてたら、城から何かが降りてきた。

 明らかに人間じゃない。



 ――あれ、魔物だ!!!



「おかーさん! 外! 外見て!!」


 あたしは二階の居住スペースから転げ落ちるみたいに階段を降りた。

 一階の店舗スペースでは、お母さんが近所のおっさんの髪の毛をカットしてる最中だった。急に髪を振り乱して現れたあたしを見て、カット中のおっさんはマジでビビってた。


「なーに? 何もないじゃない」


 お母さんはウザそうな顔をしながらちらっと窓の外を見る。


「あるでしょ!? ほら、あそこに城が!!」


 見逃すような場所じゃない。だって真正面だもん。

 普段は綺麗な夕日が見える位置に、ででーんと魔王城が浮いている。


 お母さんは「すいませんバカな娘で」なんて言いながら、おっさんの髪の毛をカットしている。おっさんも「いえいえいいんですよ」なんてヘラヘラ笑ってる。

 ねぇ待って。何なのこれ?


 その時、一匹の魔物が窓のすぐ外を通り過ぎた。


「ぎゃあああああああ!!!?」


「ちょっと! デカい声出さないでよ! 危ないでしょ!? 今カットの最中なんだから!」


「いやいやいや! もっと危なそうなのが外にぃ!!」


 今目の前を通り過ぎたのは魔物の王道・ゴブリン。

 電柱の陰にはスケルトン。

 自販機の上ではハーピーが羽を休めている。


 その姿は美容室の大きな窓からガッツリ見えている。

 なのに。


「なんにもないじゃないの!」


 お母さんは本気で怒っている。

 カットの途中のおっさんも、こっちを見て苦笑いするだけだった。


「……うそでしょ?」


 目の前にいるのに、二人には見えてない?



 もしかして――


 大人には見えないの?




 目の前で非日常が展開される中、あたしの脳裏に閃きが走る。


「これは……バズるでしょ!!」


 手に持っていたスマホのカメラを起動し、連写で写真を撮りまくる。


〈地元に魔物きてるんだけど!!!!〉


 あたしはゴブリンとスケルトンとハーピーが映った写真を無加工でポストした。

 反応は瞬く間に広がった。



〈スゲー〉


〈なにこれコラ?〉


〈イイネ!〉



 瞬く間に爆増するインプレッション。

 いいねとコメントが見たこともない数になり、通知でスマホのバイブが止まらない。


 やった!! 初バズり!!!

 こんなことしてる場合じゃないのは重々承知の上だけど!!!

 コメントいっぱいでマジうれしい!!!!



 しかし、その中に。



〈何も写ってないじゃん〉


〈素敵な田舎の風景ですね〉



 ……はい待って。どういうこと?


 あたしはゴブリンとスケルトンとハーピーが写った写真をポストしたよ?



 もしかして――


 魔物は写真に写しても、大人には見えないってこと?



 あたしはダッシュで自分の部屋に戻り、こっそり窓から外の様子を伺った。

 夏摩村を囲む山の方から、魔物の大群がこっちに向かってくる。



 ……イッチ、ごめん。

 あんたを信じなかったあたしがバカだったわ。



 どこかで何かが壊れる音がして、誰かの叫び声が聞こえた。

 遠くのほうで火の手があがるのが見える。


 2025年7月31日、18時02分のことだった。