キマイラ文庫

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サマータイムモンスターズ

横田 純

010

もしも田舎の中学生が地元で魔物と戦うことになったら


「それで僕達は、まず何をすればいいの?」


 蝉丸が僕に問いかける。

 夏摩防衛隊の記念すべき初仕事。

 僕は少し考えて言った。


「丸腰じゃ勝ち目がない。武器が|要《い》る」


 ――武器。

 そう言ってみたものの、現実味が薄い。


 僕らはまだ中学生だ。刀や|槍《やり》を手に入れられるわけがない。

 かといって、今の僕らに使えるものなんて何がある?


「じゃあ、村を回って、使えそうなものを探してみない?」


 瀬凪の提案に、三人は|頷《うなず》いた。



 最初に向かったのは商店街。

 適当に入ってみた金物屋で、僕らはいきなり良いものを見つけた。


 細身の鉄パイプ。

 1メートル698円。


 値段も手頃だし、思ったより軽い。

 これなら振り回せると思って3本買おうとしたけど、そう簡単にはいかなかった。


 売ってもらえないのだ。


 金物屋のおじさんは|怪訝《けげん》な顔をして「何に使うんだ」と聞いてくる。

 夏休みの工作で使うと言ってみたがダメだった。

 僕らはがっかりして店を出るしかなかった。



 ◆ ◆ ◆


「――あっ! 出てきたぞ」


 商店街の植え込みの陰で、小さな影がひそひそと|囁《ささや》く。


「フジキュー! 声がでかいよ!」と次春。


「すまぬ。つい興奮してしまった」


「気をつけろよな。そんなんじゃスパイ失格だぞ」


「俺様はまだマシだろう! フトシ! 貴様、それで隠れてるつもりか!?」


 円柱型の郵便ポストの脇から、フトシのお腹がぽよんと出ている。

 フトシはお腹に力を入れるが、必死の抵抗も|虚《むな》しくお腹は出たままだった。


 そんな時、植え込みの隙間から様子を伺っていたフジキューが言った。


「見ろ。やつら商店街を出て山の方に向かっている」


「山か……」


 次春が難しそうな顔をして考え込む。


 山は木々が生い茂っていて隠れやすい。

 しかし、ターゲットを追うとなると話は別だ。


 山の中に入ってしまったら、移動するたびに草木がガサガサと音を立てる。

 見つかる危険性も高くなるし、離れすぎれば木々の死角で見失う。

 歴戦のかくれんぼや追いかけっこで培われた山育ちの小学生の常識だ。


「敵に察知されるな」


 次春の指示に、二人は「ラジャー!」と敬礼する。

 3人は電柱の影からごみ箱の陰へ、商店の軒先から自販機の裏へと、忍び足で進んでいった。



 ◆ ◆ ◆


 山の中にあったのは、細い木の枝ばかりだった。


「これじゃ振っただけで折れちゃうよ」と蝉丸。


「こんなのじゃ戦えないね」瀬凪も残念そうに言う。


 商店街では売ってもらえず、山の中には何もない。

 このままじゃ何の成果もなく一日が終わってしまう。


「仕方ない……家の物置を探してみよう」


 家にあるものを勝手に使って、父さんに見つかったら怒られる。

 けど、今はそんなこと言ってる場合じゃない。


 山の斜面を少し下って、僕の家に寄る。

 物置を開けると、いくつか使えそうなものが目に入った。


 クワ。

 シャベル。

 ツルハシ。

 |斧《おの》。


 マイクラではおなじみの道具だ。


「斧があるじゃん!」


 蝉丸が興奮気味に言う。

 木こりが使うような、90センチの柄に大きな刃がついた斧だ。


「こんないいものがあるのに、なんで黙ってたんだよ? 絶対これがいいでしょ!?」


「ダメだ」


 僕は即座に首を振る。


「マイクラだと斧で戦えるけど、|現実《リアル》は違うんだよ。素人が振り回せるわけない」


「そうなの……?」

「たしかに……これを振り回すのは無理かも」


 瀬凪は立てかけられた斧を慎重に持ち上げようとして、すぐに手を離した。

 先端の刃は3キロ近い。柄の部分も含めると重さはさらに増える。

 片側に重い刃がついた斧を振り回すには、腕力も体重も足りない。


「それに、もし斧を扱い損ねたら、まわりにいる仲間にも当たる可能性がある。仮に僕らが密集して戦うことになった時、誰かが斧を使ってたら――」


「うわ! それはダメだ!!」


 蝉丸は首をぶんぶん振りながら震え上がった。


「じゃあ、こっちの小さい方はどうかな?」


 瀬凪が物置の隅にあったハンドアックスを指さす。

 キャンプやアウトドアで|薪《まき》を割ったりする時に使うものだ。


「ダメだよ。柄が短すぎる。かなり近づかないと当てられない」


「そうかぁ……そうだよね」


 瀬凪が残念そうな顔をする。


「この中で選ぶなら――」


 僕は物置に置いてあった農具の中から、一本を選んで引き抜いた。


「クワだ」


「ええ……? なんでクワがいいの?」


 蝉丸があまり納得してなさそうだったので、僕はさらに説明を続けた。


「まず、柄が長めだから距離をとりやすい。それに――」


 僕はクワを構えて、ゆっくりと振ってみせる。


「重さのバランスがいいんだ。力を効率よく伝えられるし、突き攻撃もできる。斧ほど重くないから、動きも制限されない」


「なるほど。中学生が扱うならベストってことか」


「そういうこと」


「さすが農家の息子!」蝉丸が感心したように頷いた。


「でもさ……クワもそれなりに重いよ。イッチ、これで戦える?」


 瀬凪が心配そうに僕を見つめる。


「やってみるしかない」


 魔物が襲ってくるまでまだ時間はある。

 それまでに使いこなせるようになるしかない。


「二人もうちにあるものを持っていっていいよ。好きなのを選んで」


 僕がそう言うと、瀬凪は少し考えてから言った。


「私は遠慮しておくよ」


「どうして?」


「男の子みたいに、うまく振り回せる自信がないから。私のせいで二人を傷つけちゃったら嫌だし……もっと私にも使いやすい武器がないか探してみる」


 それを聞いた蝉丸も「僕もクワは遠慮しておくよ」と断った。

 明らかに何かを思いついている顔で、蝉丸は続けた。


「ちょっと考えがあるんだ。次は僕の家に行こう」



 ◆ ◆ ◆


「動いた! 動いたぞ!」


 木陰に潜んで様子を伺っていた次春が、物置から出てきた中学生3人を見て声をあげる。


「イッちゃん、クワなんか持ってどうするつもりなんだろ……?」


 次春が呟くと、フトシとフジキューも腕組みをしながら「うーん」と考える。


「クワで魔物と戦うつもりなのかなぁ?」


「笑止! クワで魔物を倒すなど言語道断! 選ぶなら剣一択だろう!!」


「うちの物置に剣なんかないよ」


「だとしてもクワで戦うなんてカッコ悪いだろう! ダメージも通らなそうだし!!」


 これにはフトシもうんうん頷いて同意している。

 なんにせよ、イッちゃんが何を考えているのかまったくわからない。

 もう少し尾行を続ける必要がありそうだ。


「また商店街の方に戻るようだぞ。貴様ら、準備はいいか!?」


 ぐぅ~。


 フトシのお腹から大きな音が響いた。


「腹の音で返事をするとは。このいやしんぼめ」


「だ、だって! もうお昼ごはんの時間だもん! しかたないだろ!」


 フトシが両手でお腹を押さえながら言った。

 ここでやめられない。次春は落ち着いた声でフトシを諭す。


「フトシ、お昼ごはんは後だ。僕たち今はスパイなんだから」


「わかってるよ。お腹は鳴ったけど、今日はお昼抜きでもいい」


「フハハハ! そうこなくてはな! いくぞ貴様ら!」


 小学生たちは頷いて、再び一目散に走り出した。