キマイラ文庫

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目次

サマータイムモンスターズ

横田 純

050

8月14日:隠者の家


 目を覚ますと、僕は知らない部屋で布団に寝かされていた。


 狭い和室。色あせた畳。

 小綺麗だが歴史を感じさせる、くすんだ部屋だった。


 全身がだるい。頭がずきずきと痛む。

 ゆっくり上半身を起こす。

 ふと、自分の腕に目が止まり、息を呑んだ。


 Tシャツの袖口から、黒い|痣《あざ》が見えている。


 僕は慌ててシャツを脱ぎ、自分の体を確認した。


 痣は上半身を螺旋状に巡っていた。

 何匹もの蛇がのたうつように、黒い線が僕の体を縦横無尽に埋め尽くしている。

 まるで、体の中から何かが這い出てきたような痕だった。


 理由ははっきりしている。

 『|神の軌道修正《コントロール・ゼット》』を使ったからだ。


 巨大ゴーレムに押しつぶされた商店街。

 多数の犠牲者を出した惨事を『元に戻す』ために、僕は限界を超えた。

 これはその代償だ。間違いない。


「気がついたか」


 |襖《ふすま》の向こうから、ソクラテスが姿を現した。


 ソクラテス――

 教科書に載っているソクラテスの肖像画にそっくりだから、誰かがそう呼び始めた謎の老人。

 村の誰ともほとんど会話せず、毎日スケキヨ岩を拝んでいる。

 100歳を超えているらしいが、正確な年齢は誰も知らない。


「倒れていたから連れてきた」


 ソクラテスは事実だけを簡潔に述べた。

 低く明瞭な声だった。


 僕はソクラテスがしゃべるのを初めて聞いた。

 今まで村で見かけるだけで、一度も話をしたことがなかったのだ。


 不気味な人だと思っていた。

 話しかけたら面倒なことになるかもしれない──

 しかし、この状況で話をしないわけにはいかないだろう。


「僕はどれぐらい気を失っていたんですか」


 僕は警戒しつつ、恐る恐る尋ねた。

 するとソクラテスは、こちらを見ずに畳に座り、


「さあな」


 それだけ言って、黙り込んだ。


 その時、外から花火の音が聞こえてきた。


 花火は20時からだ。

 ということは、巨大ゴーレムを倒してから1時間ほどしか経っていない。


「動けるならもう行け」


 ソクラテスは素っ気なく言った。


 まだ少しふらつくが、歩けないほどではない。

 僕が出ていこうとすると、ソクラテスが言った。


「手紙は読んだか?」


「手紙?」


「お前、このままでは死ぬぞ」



 その瞬間、僕の頭に閃光のように記憶が蘇った。


 家に届いていた差出人不明の封筒。

 中に入っていた一枚の紙。



 |その力に頼るな《・・・・・・・》


 |このままでは死ぬ《・・・・・・・・》



「どうして……手紙のことを知ってるんですか?」


「俺が出した」


 ソクラテスはあっさりと認めた。


 なぜソクラテスが|僕の能力を《・・・・・》|知っている《・・・・・》?


 仮にソクラテスが100年前の襲撃の生存者なら、魔物のチカラを知っていてもおかしくない。

 でも、魔石はみんな使ってるのに、手紙で警告されたのは僕だけだ。

 ソクラテスが警告したかったのは『|神の軌道修正《コントロール・ゼット》』を使う人間──

 じゃあ、|僕がこの能力を《・・・・・・・》|使っていること《・・・・・・・》は、どうやって知った?


 この痣のせいか?

 いや、違う。


 僕が痣に気づいたのは8月9日。

 ドラゴン戦の翌日、能力の検証をしていた日の朝だ。


 しかし、手紙が届いたのはドラゴン戦直後の8月7日の夜。

 その時、痣は出ていなかった。


 ソクラテスは痣を見て能力に気づいたわけではない。

 それなら、なぜ――?


 僕が詳しく尋ねようとした瞬間、ソクラテスは立ち上がった。


「村を調べろ。今のお前に話すことはない」


 そう言って家の奥に消えていった。


 これ以上聞いても、きっと何も答えてくれないだろう。


「ありがとうございました」


 僕はソクラテスの家を後にした。




 ◆ ◆ ◆


 遠くで打ち上がる花火が見える。

 祭はまだ続いている。


 あぜ道を歩きながらスマホを取り出す。

 防衛隊メンバーからの通知が画面を埋め尽くしていた。


〈無事です。心配かけてすいません〉


 グループにメッセージを送ると、すぐに返信が来た。


〈よかった! どこにいるの?〉


 瀬凪からだ。


 僕は「今から公園に向かう」とだけ返事した。


〈了解。みんなで待ってる〉


 ふと思い立って、カレンダーアプリを開く。

 消えていた日付が『8月31日』まで復活していた。


 夏休み最終日――

 2週間以上も先だ。



 今まで1週間おきに魔物が襲ってきていたから、少しほっとした。

 ただ、それ以上に気になることがあった。

 この戦いはいつ終わるんだろう?


 最初は7月31日を乗り越えたら終わるんだと思っていた。

 それが8月7日、8月14日ときて、次は8月31日。

 9月以降は相変わらず、白紙のままだった。


 このままずっと魔物と戦い続けるのか?

 世界が滅ぶまで?


 そもそもだ。

 なぜ魔物は夏摩村を襲ってくる?


 まずカレンダーの日付が消え、続いて世界7ヶ所で同時多発的に巨大な陥没穴が発生した。

 これが魔物の仕業なら、魔物は世界中のどこだって襲えるはずだ。


 しかし、魔王城が現れるのは決まって夏摩村の上空だ。

 魔物は徹底してこの村を襲ってくる。

 100年前から。



 浮き上がった痣の大部分は、シャツを着れば隠せた。

 袖から見える少しの痣を気にしながら、僕は公園へ向かった。


 いつもの公園には、防衛隊メンバーが集まっていた。


「イッチ! 大丈夫!?」


 瀬凪が真っ先に駆け寄ってくる。


「なんともないの!?」


 蝉丸も心配そうに僕を見る。


「大丈夫」


 そう答えるしかなかった。


「3連続完封勝利や!」


 ローリーが笑顔で言う。


「完封できたんは隊長のおかげや。あの巨大ゴーレム、ホンマヤバかったわ」


 みんなが頷いてくれたが、これは僕だけの力ではない。

 防衛隊全員が死力を尽くして戦ったからこその勝利だった。


 みんなが口々に今日の戦いを振り返る。

 だが、僕の頭にはソクラテスの言葉が残っていた。



 ――村を調べろ。今のお前に話すことはない。



 そういえば、ローリーのひいおじいさんも同じような遺言を残していた。

 「ユミズを頼れ」「この村を調べろ」と。



 僕はこの夏、目標を立てていた。

 今年の夏は何かを成し遂げよう。そう心に決めていた。


 その1。

 瀬凪に告白する。


 その2。

 7月31日の危機を乗り越える。


 告白はできていないし、危機はまだ続いている。

 ここにもうひとつ、目標を加えよう。



 僕の成し遂げたいこと、その3。


 この村の秘密を探る。