サマータイムモンスターズ
横田 純
047
8月14日:秒殺作戦
午後3時。
僕は準備を済ませて早めに家を出た。
戦場となる村祭の様子を見ておくためだ。
商店街はすでに大勢の人でごった返していた。
道の両側には隙間なく屋台が並び、順番待ちの列ができている。
仮に何かが起こったとしても、ここを駆け抜けるのは無理だろうな、と思った。
人の流れに沿って商店街を歩き、屋台を出している獅子上さんのところへ向かう。
獅子上さんは僕に気づくと「よお、隊長」と呼びかけてくれた。
「今日はチームに入れなくてすまない」
鉄板の上で焼きそばを転がしながら、獅子上さんは言った。
「苗も……俺がいないと、行くのが怖いみたいでな」
獅子上さんはそう言って、屋台の裏をちらっと見た。
積み上がったダンボールの脇で、苗ちゃんがシュレディンガーと戯れていた。
「また商店街が襲われるようなことがあれば、きっとあいつも戦ってくれるだろう。俺もやれることはやる。隊長、よろしくな」
やぐらの前には、乙吉さんと鞘さんがいた。
乙吉さんは|法被《はっぴ》を着て鉢巻を巻いて、どこからどう見てもお祭男って感じだった。
鞘さんも同じ格好をしていたが、乙吉さんとは違ってなんとなくクールだなと思った。
「よう隊長! 来てくれたのか!?」
僕に気づいて、乙吉さんの表情がぱあっと明るくなる。
「調子はどうですか?」
「バッチリだぜ! 困ったらいつでも呼べよ? すぐ助けに行ってやるからな」
乙吉さんはそう言って、僕の肩を太鼓のバチでぽんぽんと叩いた。
「聞いてくれよ。鞘ちゃんがさっきまでメッチャイライラしててよ。大変だったんだぜ」
「イライラなどしていない」
「してたじゃねえか! 今日戦えないのがイヤなんだろ?」
「それはイヤだが、イライラしてるんじゃなくて心配なだけだ」
鞘さんが得た情報によると、今日の人出は例年の3倍以上。
過去最多の観光客が夏摩村に訪れているらしい。
「こんなに人がいる中で魔物が襲ってくるんだぞ? 何かあったら大惨事だ」
「大丈夫だって! メンバーを信じろよ。ローリーもいるしアヅくんもいるだろが」
鞘さんは少し考え込んだ後、僕の目を見て言った。
「隊長。秒殺作戦、本当にうまくいくと思うか?」
問題はそこだった。
「作戦自体に異議はない。被害を出さずに勝つためには私もこれしかないと思う。だが──」
「……わかってます。この作戦には『穴』がある」
全戦力を魔王城の真下に集結させるので、商店街を守るメンバーは誰もいない。
現れたボスをすぐ倒せなかったら一気に危険になるのだ。
かといって、村の各所にメンバーを点在させても満足に戦えないのは目に見えている。
今日までに何度も検討した、致命的な問題点だった。
その時、スマホが震えた。
蝉丸からの通話だった。
〈イッチ、ちょっといいかな〉
「どうした?」
〈今日の作戦について相談なんだけど……僕と暇坂さんは、商店街の近くにいてもいいかな?〉
なんてタイミングだ。
鞘さんと乙吉さんも顔を見合わせて、蝉丸の言葉に耳をそばだてる。
僕はスピーカーボタンを押して会話を続けた。
〈前回の襲撃では飛ぶ魔物がたくさん出て、橋が狙われただろ。ボスが魔王城の真下に出てくればいいけど、次もあんなことになったら目も当てられない。人がたくさんいる村の中心部を守る人がいた方がいいと思うんだ〉
「それを蝉丸とアリサがやるっていうのか?」
〈うん。湯水准教授にはもう話してある〉
蝉丸は少し笑ったような声で、
〈さっきまで作ってた新兵器がようやく完成したんだ。僕と暇坂さんに任せて〉
蝉丸はここ数日、ずっと何かを作り続けていた。
湯水准教授と疑似魔物の研究を進め、アリサの武器も作ると言っていた。
自信があるのかもしれない。
「わかった。任せるよ」
「それならお前らはやぐらの上に来い!」
乙吉さんが目の前で叫んだ。
〈え? やぐらって……?〉
「太鼓を叩くやぐらの上だよ! ここからなら遠くまで見渡せるぜ!」
〈ええ!? でも……やぐらの上なんて目立つんじゃ……?〉
アリサの声が聞こえる。
「法被着てりゃ誰も気にしねぇよ! サイズ合うやつ貸してやるから来い!」
〈たしかに、上から見渡せる方が戦いやすいかも……〉
〈わかりました。やぐらに行きます〉
少し間をおいて、蝉丸が決断した。
◆ ◆ ◆
襲撃の時間まであと少し。
僕はひとり、展望台で魔王城が出現する地点を見つめていた。
もともとは僕もみんなと同じく魔王城の真下に陣取る予定だったのだが、蝉丸とアリサが商店街に移動したことで戦力が分散。全体を俯瞰で見るメンバーが必要になったので、僕がここに来たわけだ。
祭の日とはいえ、展望台まで登ってくる人の姿はまばらだった。
少し離れたところではテレビクルーらしき人がカメラの位置を調整している。
20時から上がる花火を撮影するつもりなんだろう。
僕はスマホにメモしたメンバーの配置と役割をもう一度確認した。
【展望台】僕
村全体を見渡しながら状況を把握。全体に指示を出す。
【秒殺部隊】ローリー・アヅ・瀬凪・次春・フトシ・フジキュー
魔王城が出現する地点に待機。ボスを秒殺する。
【後方支援】ホタル
秒殺部隊の支援を行う。救急箱を持参。
【商店街/やぐらの上】蝉丸・アリサ
商店街の防衛。
【村入口付近】デコイさん
村を出入りする観光客の様子を確認。
緊急時の避難誘導を担当。
定時連絡。グループ通話の着信だ。
夏摩防衛隊のビデオ会議画面を開くと、スマホから湯水の声が聞こえてきた。
〈みんな、準備は?〉
〈こちら|阿妻《あづま》。秒殺部隊、準備完了してます〉
〈あーあ。お祭行きたかったなぁ〉
〈おいフトシ、そんなこと言ってる場合かよ。魔物に襲われたらみんな死んじゃうんだぞ〉
〈それはそうだけど、お祭に行きたかったのはホントだもん。しかたないだろぉ〉
〈祭の日に襲ってくるなど言語道断っ! 俺様の技で息の根を止めてやる!〉
〈なあ隊長、めっちゃええ祭やん! みんな楽しそうや! 絶対完封したるからな!〉
「……お願いします」
僕はそっと胸元をさすった。
シャツの下には痣がある。
この戦い、勝てるだろうか?
『|神の軌道修正《コントロール・ゼット》』を使わずに?
18時。
祭り囃子の中、空間が渦を巻くように歪曲し、その中心が黒く染まっていく。
そして、巨大な城が姿を現した。
魔物が地上へと降り始める。
「全員、攻撃を開始してください!」
僕の合図と同時に、防衛隊が一斉に攻撃を開始した。
"|青い火の玉《ブルーブレイズ》ストレート"!!!
アヅの左腕から青い炎が吹き上がる。
燃えさかる青い弾丸が魔物の群れを焼き尽くしていく。
"|風と共に去りぬ《かぜさり》"!!!
瀬凪が魔物の群れの隙間を駆け抜ける。
多数の魔物が一気に倒れる。
次春たち小学生組も負けていない。
"|弾力少年《スーパーボールマン》"!!!
硬質ゴムの体となったフトシが前面に立ち、魔物の攻撃を受け止める。
「フハハハハ! あとは俺様にまかせろっ!!」
"|絶望の黒き稲妻《ダークサンダーブレード》"!!!
フジキューの黒い電撃が魔物の群れを貫く。
次春は的確な状況判断で、前線の仲間をサポートしている。
ここまではいい。
魔物が地上に降りた瞬間に攻撃することで、散らばる前に大量に倒せている。
しかし――
「飛行型が!」
小型のドラゴンやガーゴイル、飛べる魔物が魔王城から飛び立っていく。
その数、ざっと100体以上。
一斉に南へ――商店街の方向へ向かっている。
「蝉丸、暇坂さん! 飛行型の大群が向かってる!」
〈了解! 見えてる!〉
蝉丸の声がスマホから響く。
やぐらの上から、法被を着た蝉丸とアリサが空を見上げているのが見える。
「暇坂さん! 出して!!」
蝉丸の声に反応し、アリサが取り出したのは愛用のゲームコントローラーだった。
「いくよ、暇坂さん! 準備はいい!?」
アリサは緊張で震えながら、それでも勇気を振り絞るように、
「オッケー、まかせて」
蝉丸は頷くと、バッグから玩具の戦闘機を取り出した。
まるでレトロな2Dシューティングの自機のような──
蝉丸がネットショップで買って、魔石を取りつけたものだ。
「いっけーーーーー!!!」
"|STGの星《シューティング・スター》"!!!
アリサがコントローラを操作すると、戦闘機が空へ舞い上がった。
空中でアクロバット飛行を繰り返しながら、魔物の群れに突っ込んでいく。
戦闘機から魔力の弾丸が連射される。
飛行型の魔物が次々と撃墜されていく。
しかし、アリサに余裕はなかった。
敵は360度、全方向から襲ってくる。
ゲームなら画面だけ見ていればいいが、そういうわけにもいかない。
しかも、一度のミスが死傷者の有無に直結しているのだ。
一発も撃ち漏らすわけにはいかない。
「暇坂さん……!!」
「ちょっと黙ってて!!」
アリサは目を血走らせ、四方八方から襲い来る魔物に対応した。
まるで本当にゲームをプレイしているかのように、コントローラを巧みに操る。
小さなドラゴンが火球を吐くが、アリサは華麗にそれを回避。
ガーゴイルによる爪の一撃を、急上昇して逃れる。
そして反転して、魔物の背後から攻撃を加える。
観光客たちは、空中で何かが爆発しているのを不思議そうに見上げていた。
もう花火が上がったのかな、とでも思っているのかもしれない。
アリサが最後の魔物を撃ち落とすのを見て、蝉丸が歓声をあげた。
「すごい……!! すごいよ暇坂さん!!」
アリサは大きく息を吐いて、「どんなもんよ!」と得意げにガッツポーズした。
しかし、安心するのは早い。
メンバー全員がうっすら思っていたことだ。
|まだボスが《・・・・・》|現れていない《・・・・・・》。