サマータイムモンスターズ
横田 純
020
野外調査
「まずは『石』の分析をしたい」
湯水は、ローリーの持つ|紫黒色《しこくしょく》の石を眺めながら言った。
「一見同じように見える石でも、石ごとに何か違いがあるかもしれない。君の石はどんな力を使えた?」
「よぉわからんけど、パァッと光って、魔物の大群を一発で倒したで」
「なるほど。では、フトシくんの場合は?」
小さく身を縮めていたフトシが、ビクッと肩を震わせた。
「え、えーと……僕は石をリュックにたくさん詰めたんですけど……あ、これがその時の石で……」
そう言いながら、フトシはリュックにぱんぱんに詰まった石を見せる。
「そうしたら、ちょっと触っただけで魔物がドーンって吹っ飛んで……」
「ほう」
フトシの話を聞いて、湯水は興味深そうにタブレットをタップする。
「これは私の仮説だが……どうやら石には『種類』があるようだな」
「――種類?」
僕が聞き返すと、湯水は傾いた眼鏡をくいっと上げて落ち着いた声で言った。
「ローリーくんとフトシくんでは、石を持った時の効果が明らかに違う。おそらく|魔物の種類によって《・・・・・・・・・》|石の効果も変わる《・・・・・・・・》のではないか?」
「そういうことかぁ!」
蝉丸が声を上げる。
「別の魔物を倒せば別の石が手に入る。違う石を持てば、いろんなチカラが強くなるってわけですね!」
「ああ。まあ、そうだな」
湯水は軽くため息をついて言う。
「私の説明、途中だったんだがね」
「すみません……」
「まあいい。さっそく魔物の石を探しに行こう。私の車に分析機器も積んである」
湯水が|顎《あご》で窓の外を示す。
がらんとした駐車場に、深紅の大型SUVが停まっていた。
「あのランクル、あんたのやったんか。金持ちやな」
「まあな。|野外調査《フィールドワーク》には馬力のある車が必要だ」
「金持ちは否定せんのかい」
「フハハハハ! では行こう! 大人たちも従えて石探しだ!」
鼻息荒く先頭を切って歩き出そうとしたフジキューを湯水が止める。
「待て少年。こういうのは順番が大事だ。まず我々が行くのは――」
山か。川か。森の中か。
全員の視線が集まる中、湯水は落ち着いて言った。
「|商店街《・・・》だ」
◆ ◆ ◆
「おはようございます!」
白衣の|裾《すそ》をひるがえし、湯水は商店街で出会う村人に|丁寧《ていねい》な口調で話しかけていく。ベージュのリネンパンツと淡いシルクブラウスという洗練された出で立ちながら、足元はスニーカーという実用的な|装《よそお》いだ。
「|王都大学《おうとだいがく》の湯水と申します。学生たちの夏休み課外授業で、村の歴史や地形の調査に参りました」
「へえ、大学の先生かい。ご苦労様」
「お前たち、先生の迷惑にならないようにするんだぞ」
村人たちは意外なほど好意的だった。
ローリーは首を|傾《かし》げながら湯水に近づいて言う。
「あんた、あないなしゃべり方できるんやな。さっきまでめっちゃ|偉《えら》そうやったやん」
すると湯水は、不敵な笑みを浮かべた。
「自分のやりたいことをやるためには、まずまわりからの信頼を得るべきだ。これが世渡りの秘訣だよ、ローリーくん」
「怖い女やで」
ローリーは笑いながら、まっすぐ前を歩く湯水の後ろ姿を見つめていた。
「准教授、湯水准教授」
湯水の後ろに着ぐるみのウサギが近づいて、こそこそと白衣を引っ張る。
「どうしたデコイくん」
「小出です。どうして僕だけまだ着ぐるみを着てなきゃならないんですか!?」
「君は隣の市のショッピングモールから来てるという設定だ。我々とは無関係なんだよ」
「そのへんも村の人に説明してくれればいいじゃないですか!」
「どう説明するんだ? 村人は君のことをショッピングモールから来た愉快なウサギだと思っているんだぞ? 着ぐるみにカメラをつけて村を観察してましたなんて言えると思うのか?」
「それは……」
「諦めろ。君は最後まで着ぐるみのままだ」
「そんな!! この中めちゃくちゃ暑いんすよ!?」
「|アイム・《とっくに》|ウェル・アウェア《承知している》。それが日給3万円の代償だ」
「鬼!!!」
湯水准教授を先頭に僕らは村を練り歩く。
商店街の端まで来た時、蝉丸がアリサに話しかけた。
「暇坂さんは、商店街に来た魔物と戦ったの?」
「あたし? 戦うわけないじゃん! 自分の部屋で震えてただけ」
「そっか。一人で戦おうとしなくてよかったよ。危ないしね」
そう言って、蝉丸はアリサに笑いかけた。
「でもあたし、なんにもできなかっただけなのに……」
「なにもしなくていい時だってあるよ。暇坂さんが無事で本当によかった」
「……なんなの? 蝉丸のくせに優しいじゃん」
「そう? 僕は別に普通だけど……」
すると、アリサが急にそわそわしだした。
せわしなく前髪をいじったり、目線をちらちら動かしたり。
明らかに蝉丸を意識している様子だった。
そして、アリサが蝉丸に聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で「……ありがと」とお礼を言った時だった。
「――ん?」
村人に愛想を振りまきながら歩いていた湯水が、急に足を止めた。
店と店の間の路地裏に、吸い寄せられるように近づいていく。
湯水が地面にかがみ込み、片手でゆっくりつまみ上げたそれは――
「『石』だ」
僕も湯水准教授の手の中にあるものを覗き込む。
怪しく光るごつごつした石。間違いない。魔物が砕けてできたものだ。
でも、どうしてこんなところに?
湯水はデコイに持たせていたケースの中から小型の機械を取り出し、その場で簡易的な分析を始めた。
「フトシ、お前が落としたんじゃないのか?」
次春がフトシを肘でつつく。
「ち、ちがうよ! 僕じゃないって! 変なこと言うのやめろよ!」
フトシがぶんぶん首をふる。
小学生たちの様子を横目で見ながら湯水が言う。
「もしかすると――君たち以外にもいるのかもしれないな」
「な……何がですか?」
次春が聞き返すと、湯水は少し微笑んだ。
「魔物と戦う|U-20《アンダートゥエンティ》がさ」
◆ ◆ ◆
そうして一通りの調査を終え、最後に村はずれまで来た時だった。
「えっ……!?」
瀬凪の声に、全員が振り返る。
瀬凪は両手で口を押さえて、真っ青な顔で遠くを見つめていた。
「|陽菜乃川《ひなのがわ》、どうしたんだ?」
「――あれ」
弱々しく伸ばした瀬凪の人指し指の先。
田んぼのあぜ道を、一体の魔物がゆっくりと歩いていた。
「うお!? まだ残っとったんかい!」
ローリーがひとりで魔物に向かって走っていく。
一瞬の閃光の後、魔物は石となり砕け散った。
「いっちょあがりや!」
文字通り、秒殺である。
戦闘の一部始終を見ていた湯水は、タブレットを片手に言う。
「やはり私には魔物は見えんな。視認できたのは、ローリーくんの攻撃がなにかに直撃して、砕けた石が空中に現れたところからだ」
「魔物は、石になった後なら大人にも見えるってことですね」
蝉丸の補足に湯水が頷く。
次に魔物が襲ってくるまでは安全だと思っていた。
しかし、魔物はまだ村にいる。一刻も早く防衛体制を整える必要がある。
湯水が一同に向かって言う。
「これからは個人行動は避けるべきだ。いつ襲われても対応できるよう常に備えること。村を見回りながら魔物を撃退できれば新たな石も手に入るかもしれない。それぞれ手持ちの石を強化・厳選して次の戦いに臨もう」
8月7日に向けて、僕らは一丸となって準備を進めることになった。
夏摩防衛隊の掛け声が、夏の夕暮れにこだました。