サマータイムモンスターズ
横田 純
022
異聞:村の高校生
8月2日。
村のあぜ道を、初心者マークが貼りついたボロボロの軽トラがゆっくり走っていく。
全開にした運転席の窓に|片肘《かたひじ》を乗せ、|獅子上《ししがみ》|高秋《たかあき》は片手でハンドルを転がしていた。
すると、竹刀袋を背負った女子高生がスーパーカブに乗って並走してきた。
「シシガミ。免許取れたのか」
「――なんだ、イザヨイか」
イザヨイ――
|十六夜《いざよい》|鞘《さや》は、鍛冶屋の一人娘だ。
紫色のハーフヘルメットからのぞくロングの黒髪が風になびいている。
「生意気な。私の方がお姉さんだぞ」
「1日早いだけじゃねぇか」
何度もくり返したやり取りを今日もくり返す。
代わり映えのしない一日の始まりだ。
「それにしても、見違えたな。すっかり牧場主じゃないか」
「うるせぇな」
獅子上は気恥ずかしそうに目をそらした。
獅子上は今年の春まで剣道部に所属していた。
高校1年時からインターハイに出場するほどの腕前だったが、牧場主である祖父が体調を崩したことをきっかけに退部し、今は毎日牧場で家畜の面倒を見ている。
5月1日に18歳の誕生日を迎えてすぐ自動車免許を取りに行ったのも「牧場の手伝いに必要だから」という理由だ。
そして、十六夜鞘は4月30日生まれ。獅子上より1日早く生まれただけだが、「私の方がお姉さんだぞ」というのが彼女の口癖だった。
「男子剣道部は困ってたぞ。大会のメンバーどうするんだって」
「そんなもん俺がいなくてもなんとかなるだろ」
「ごもっともだ」
突然、後ろから怒号が響く。
「おい! シシガミ、この野郎ーーーー!!」
振り返ると、全力で自転車をこぎながら軽トラを追いかけてくる男子がいた。
真っ赤なTシャツに短く刈り上げた茶髪。
汗だくになりながら必死に坂道を上ってくる。
「うるせえやつが来やがった」
「ああ。オトキチだな」
オトキチ――
|九頭竜《くずりゅう》|乙吉《おときち》は、獅子上と鞘の幼なじみ。
だが、ひとりだけ別の高校に通っている。
中学時代は獅子上とつるんでいたが、高校進学時に「手下引き連れて高校同士の抗争とかマジアツくね?」という理由で、地元に2つしかない高校のうち、わざと獅子上と違う学校に進学した。
獅子上が高校で番を張ると勝手に信じていたのだが、獅子上はあまり乙吉を相手にしておらず、さらに牧場で牛の世話ばかりするようになってしまった。
そのことが気に入らない乙吉は、「おいシシガミこの野郎!」と挑発しながら、いつも獅子上の後をついてくる。まさにいま起きていることだ。
「てめぇら、こっちはチャリなんだぞ! もっとスピード落とせ!」
乙吉は軽トラの荷台を|掴《つか》んで、運転席の獅子上に|喚《わめ》き立てる。
「お前が勝手についてくるんだろ。チャリが嫌ならバイクでも買え」
「うるせぇな! 知ってんだろ! うちは親が厳しいんだよ!」
乙吉はバイク代を稼ぐために、村外れのガソリンスタンドでバイトをしている。
だが今は貯金が足りず、移動手段は自転車だけだ。
「降りろボケ! ケンカすんぞ!」
「しねえよ。仕事があるんだ。お前に付き合ってるヒマはない」
「ちぇっ。つまんねぇ!」
乙吉は不満そうな表情を浮かべ、獅子上の後をついていこうとする。
「聞こえなかったのか? こっちは仕事だっつってんだよ」
「うるせえ! お前んとこの牧場、一般開放してるだろ? 見学だ見学!」
「勝手にしろ」
獅子上はゆっくりアクセルを踏み込む。
並走する鞘や乙吉を巻き込まないように、あくまでゆっくりとだ。
鞘のカブもそれに合わせてスピードを上げる。
当然、乙吉の自転車も必死についてくる。
「乙吉、私のバイクにつかまるか?」
「マジで? 鞘ちゃんマジ天使」
「クソみたいなこと言ってるとはっ倒すぞ」
「はいわかりましたもう言いません」
獅子上と鞘と乙吉。
性格も環境もまるで違う3人だが、絶妙なバランスで今も仲良くしていた。
牧場に着くと、乙吉は自転車を停め、柵にもたれかかって牛を眺め始めた。
「牛を見てると心が和むよなー」
「なら、お前もここで働くか?」
「あぁ? なんでてめぇがいるところで働かなきゃいけねぇんだよ!」
「じゃあ来なきゃいいだろうが」
「俺はお前が嫌いだが牛は好きなんだよ!」
「……そうか」
鞘はヘルメットを脱ぎ、ハンカチで汗を拭っている。
「|喉《のど》が|渇《かわ》いたな。獅子上、麦茶くれ」
「いいね鞘ちゃん。獅子上、俺にもくれ」
「てめぇら図々しいんだよ!」
と言いながらも、獅子上はスタスタと家の中に入り、麦茶のポットと3人分のコップを持って戻ってきた。
手早くコップに麦茶を注ぎ、二人に差し出す。
「まったくお人好しなやつだ。冗談で言ってるのに」
鞘は微笑みながらコップを受け取り、ゆっくり麦茶を飲み干した。
「ところで、聞いたか? 村に新しい家族が引っ越してきたらしいぜ」
コップを手で|弄《もてあそ》びながら乙吉が言う。
「ああ……|新規就農《しんきしゅうのう》で都会から来た家族だろ」
「そうそう。小さい女の子がいるらしいぜ」
乙吉がニヤニヤしながら言うので、獅子上は「おいおい」と|呆《あき》れた表情をした。
「お前、子どもに何かするつもりか?」
「違うわ! 何言ってんだよ!」
乙吉は慌てて否定する。
「最近この村、子どもが減ってんだろ? だから単純に小さい子が来るのはうれしいだろ」
乙吉の見た目はオールドスタイルなヤンキーそのものだが、こういう発言を聞いているとあまりヤンキーとは思えない。
「だから、もし小さい子にイタズラするような奴がいたら、俺がボコボコにしてやるって話よ」
そう言って乙吉は拳をくり出し、シャドーボクシングのように動く。
「まあ、勝手にしてくれ」
そう言いながら、獅子上が小屋の扉を開けると。
小屋の中には、うっすらと目に涙を浮かべた枕木苗が、干し草の上に座り込んでいた。
「……………………」
獅子上と鞘と乙吉が、苗の姿を見て固まる。
そうして、ゆっくり乙吉が口を開く。
「獅子上ーーー! てめぇ、ボコボコにしてやるーーーー!!!」
「ま、待て!! 誤解だ誤解!!!」
二人の高校生男子の声が、牧場にこだました。