キマイラ文庫

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サマータイムモンスターズ

横田 純

035

8月7日:神の軌道修正

 しゃん。


 絶望する頭の中に、澄んだ鈴の音が響いた。


 その次の瞬間、


「イッチ!!」


 背後から瀬凪の声がした。

 慌てて振り返ると、崖下に落ちたはずの瀬凪が心配そうな顔をして|蝉丸の横に《・・・・・》立っていた。


「なっ……!?」


 ローリーと蝉丸も目の前の光景に言葉を失い、目を見開いて固まっている。

 気持ちは僕も同じだった。


「陽菜乃川……!? どうして……!?」


 這いずるように崖の突端で向きを変え、僕は瀬凪を見つめた。

 瀬凪はどこにも怪我もなく、しっかりと両足で立っていた。

 さっき二人で頷き合ってドラゴンに向かって駆け出す前と、まったく同じ姿だった。


「アカン!! 隊長、早よ起きろ!! ドラゴンが狙っとる!!」


 よろよろと立ち上がろうとした僕に、ドラゴンが迫っていた。大きな腕を振り上げ、今にも襲いかかろうとしている。


――だめだ! 今度こそよけきれない!


 僕は本能的に目を閉じ、全身に力を入れて両手を顔の前で交差させた。


 しゃん。


 またあの音。


 次に目を開いた時、僕は|蝉丸の横に《・・・・・》立っていた。


「え……!? イッチ、なんで!? どうやったの!?」


 蝉丸が驚きの声を上げる。

 一瞬の間に、僕は崖の突端から数十メートル離れた位置に移動していた。


 慌てて自分の体を確認すると、ある異変に気づく。

 崖の突端に滑り込んだ時にできたはずの|左肘の擦り傷が《・・・・・・》|消えていた《・・・・・》。


 時間が戻ったのか?


 ……いや、違う。

 戻ったのは瀬凪と僕だけだ。

 時間は変わらず流れ続けている。それは蝉丸の反応からも明らかだった。


 その瞬間、僕はあの『願い』を思い出した。



――もしダメでも。最悪の事態が起きても。なんとかなりますように。



 夏摩村の古びた社。

 僕の身長よりも少し大きな|黒い石《・・・》が、しめ縄をかけられて鎮座していた。



――ひとりが装備できる魔石の量には限りがある。人それぞれ、魔石の能力を発現させられる|許容量《キャパシティ》があるようだ。



 湯水准教授の言葉が頭の中で反響した。



――それは『石をひとつも持っていない時』に計測した数値だ。君だけ著しく数値が低い。君、何か心当たりはないか?



 僕のステータス画面。

 防衛隊メンバーの誰よりも低い|許容量《キャパシティ》の数値。


 湯水准教授を見習って、僕も仮説を立ててみた。


 ローリーの|曽祖父《そうそふ》・|戎橋《えびすばし》|路暖《ろだん》の話によれば、夏摩村は100年前にも魔物に襲われた。

 だとすれば、この村のどこかには100年前の魔石が眠っているはずだ。


 古びた社の黒い石。あれがその中のひとつだったとしたら?

 僕の願いが偶然にも、あの石の持つ効果と同じで――

 僕が願いをかけた時、あの石を|装備した状態《・・・・・・》になっていたとしたら――?


「おい隊長っ! なにボーッとしとんねん!? 来るでっ!!」


 ドラゴンが再び口内に炎を溜めていた。

 的を絞らせないよう瀬凪と蝉丸が左右に散るように走ったが、僕は動かなかった。


「アホっ!! 逃げんかいっ!! んなとこ立っとったら――!!」


 ドラゴンが僕に向かって火球を吐いた。

 逃げなかったのには理由がある。試すべきことがあったからだ。


 僕はなつまの森公園で村全域の地図を表示しながら作戦を立てていた時のことを思い出す。地図上のいろんな箇所にピンを立て、納得のいく位置を探すため、何度も|Ctrl+Z《元に戻すコマンド》を押してピンを立て直していたあの瞬間を。


 火球の熱波が僕の前髪を吹き上げ、チリっと焼ける音がした。

 目の前に迫る火球に向かって左手を伸ばし、数え切れないほどくり返したあの動作をした。


"|神の軌道修正《コントロール・ゼット》"!!!


 その刹那、僕の体は崖の突端に瞬間移動した。

 火球は僕がさっきまでいた場所をすり抜け、天高く飛んでいった。


 僕が移動したのは瀬凪が助かったのを確認していた時と同じ位置。

 |左肘の擦り傷から《・・・・・・・・》|血が滲んでいた《・・・・・・・》。


 間違いない。

 僕の能力は『元に戻す』能力ッ!

 直前の行動を取り消して、やり直すことができる!


 7月31日に殺されて夏休み初日に戻ったのも、この能力のせいかもしれない。

 魔石は持つ者の特性や思いによって効果が大きく左右される――

 湯水准教授の言っていた通りだ。


 僕の絶望と強い願いが世界中の時間を元に戻した。

 そして今、僕らは村を守る|機会《チャンス》を与えられている――!


「なんや隊長!? そんな奥の手隠し持ってたんかい!? やるやんけ!!」


 ローリーが歓声を上げる。

 僕は完全に自信を取り戻していた。


「蝉丸っ! 電撃弾を撃てるだけ撃ってくれ! 陽菜乃川は攻撃を避けることを最優先に、ドラゴンを撹乱してくれ!!」


 二人は「了解!」と声を揃え、ドラゴンに向かっていった。


"|電撃自動拳銃《ボルト・ガバメント》"!!!


 蝉丸の電撃弾が次々とドラゴンを襲う。何度も電撃を食らい続け、ドラゴンの動きは確実に鈍ってきた。

 その隙をついて、瀬凪が切り込む。


"|風と共に去りぬ《かぜさり》"!!!


 風を伴った瀬凪の斬撃がドラゴンの鱗《うろこ》を引き剥がし、生肌が露わになった。


「キ゚イイイイィッ……!!」


 ドラゴンが苦悶の叫びを上げる。

 苦しまぎれに再び口から火球を吐き出す。今度の|標的《ターゲット》は――蝉丸!


「うわあああああああ!!!」


 悲鳴をあげる蝉丸に向かって僕は手を伸ばし、左手中指と小指を動かした。


"|神の軌道修正《コントロール・ゼット》"!!!


 蝉丸は駆け出す前の位置に瞬間移動し、火球はまたも天高く飛び去っていく。


「うわ、わ……? え!? イッチ、今のって……!?」


「僕の能力だ」


「ええー…!? なんだかわかんないけど、すごすぎない!?」


 蝉丸が僕の方を向いて感激している僅か数秒の間も、瀬凪はドラゴンに攻撃を続けていた。火球を放った直後、ドラゴンの顔を横から切り裂き、巨大な体が大きくよろめく。


「オッケー! 最高のお膳立てや!!」


 ローリーが紫黒色の石を高々と掲げると、まばゆい光と夜明け前の空のような黒いエネルギーが混ざり合い、巨大な槍を形作った。

 自分の体の何倍も大きな巨大槍がローリーの肩越しに浮かび、ミサイルの発射台のように斜めに構えられる。


「くらえや! これは防衛隊全員の分や!!」



"|聖槍金剛夜叉《カオスジャベリン》"!!!



 ローリーが放った巨大槍がドラゴンの胸にある黄金色の鱗に直撃した。

 衝撃と共に、ドラゴンの体が大きく揺れる。



 ビギッ。


 亀裂が走り、光が漏れ出す。



「グアァァァ……グオオオオオーーーーッ!!」



 長い首を天高く持ち上げ、ドラゴンは最後の咆哮をあげた。



 パリーン!



 ドラゴンの体が霧散するように砕け散り、たくさんの石が降り注いだ。



◆ 防衛隊は ドラゴンを たおした!