サマータイムモンスターズ
横田 純
046
8月14日:村祭当日
8月14日。
ついに村祭の日がやってきた。
商店街では朝6時から祭りの準備が始まっている。
提灯を吊るし、屋台の設営をし、やぐらの最終確認をする村人たち。
僕はその様子を自分のスマホで見ていた。
湯水准教授が用意し、デコイさんが取りつけてくれた100以上のカメラ。
動作は良好。これのおかげで村の各所の様子が手に取るようにわかる。
いつもと変わらない、平和な祭の朝。
でも、今日の18時には魔物がやってくる。
スマホを操作してカメラをスイッチングする。
商店街の脇に設営された村祭運営本部のテント。
ここでは毎年、テントを張り終えてすぐ自治会のおじさん達が酒盛りを始めるのだが──
今年は少し様子が違っていた。
◆ ◆ ◆
村祭運営本部のテントの中で、和寿真は地図を広げながら最終確認をしていた。
祭の成功は、今日のために準備してきた『安全対策』にかかっている。
8月8日の会合で村祭決行が決まったが、その時点で残された準備期間は一週間足らず。
さらに当日はテレビクルーが来るため、自治会長の|甚八《じんぱち》は現場を離れることになる。
甚八に代わる『頼れる現場監督』が必要──
そこで、村祭決行を決定づけた若き雄・和寿真に白羽の矢が立ったのだ。
断ることもできた。しかし、断って何になる?
和寿真は「やります」と即答していた。
甚八が掲げる目標は「無事故無災害」。
これは和寿真にとっても悲願であったが、どうすればいいのか見当もつかなかった。
ひとりで悩んでいても絶対にうまくいかない。
そこで和寿真は、できる限り多くの村人と話すことにした。
村祭の安全対策リーダーとしてあいさつに行き、頭を下げ、協力を仰ぐ。
ずっとこの村で生活してきたあなたの知恵や経験は財産だ。力を貸して欲しい。
和寿真のこの行動が、村人の心を掴んだ。
村祭を楽しみにしている住民は大勢いたが、それはあくまで「お客さん」としてだ。
自分たちの力で村祭を成功させようと考えている住民は多くなかった。
しかし和寿真が「あなたの力も貸して欲しい」と頼みにいったことで、事態は一気に好転。
和寿真の真っ直ぐな思いに共鳴するように、大人たちの士気が高まっていった。
田畑が踏み荒らされる事件のあった近辺に、害獣防止用の電気柵を設置。
屋台が並ぶ商店街の路肩には、消火器を複数配置。
火災、がけ崩れなど、ケースごとの緊急避難経路を何パターンも想定し、導線を増やした。
救護テントにはAEDもある。案内看板も増設した。
すべて、村のみんなが協力して準備してくれたものだ。
「よう、ガジュマ」
後ろから声をかけられて振り返ると、駐在として働く同級生・浜松がいた。
「お前が安全対策のリーダーとはなあ。びっくりしたぞ」
「俺もだよ」
「今年の祭はみんな気合のノリが違う。お前のおかげだな」
浜松はいそいそと紙コップに麦茶を注いで飲み干して、
「俺も気合い入れてパトロールするからな。何かあったらすぐ連絡しろ」
そう言って敬礼し、テントを出ていった。
時刻は昼を過ぎ、村に続々と観光客が訪れる。
到着するバスはどれも満員。タクシーもひっきりなしに人を運んでくる。
家族連れ、カップル、浴衣の人々。村中が活気に包まれていく。
そろそろ小腹が空いてきた頃、祭運営本部のテントにアンナがやってきた。
白い浴衣に紺の帯。赤い髪を涼しげにまとめ、片手にはお盆を持っている。
お盆の上にはアイスコーヒーと、サンドイッチが載っていた。
「お疲れ様です。喫茶店から差し入れですっ」
アンナの笑顔に、テントの中の空気がぱっと明るくなった。
「おお、アンナちゃん! 気が利くねぇ!」
「ありがてぇなぁ」
テントで作業していた自治会の面々が、次々とアンナのもとに集まってくる。
一通り配り終えたアンナは、和寿真の方に歩いてきた。
「ガジュマさんもどうぞ」
「あ! ありがとうございます……!」
そういえば、しばらく何も飲んでいなかった。
冷たいアイスコーヒーが火照った体に染み渡っていく。
「アンナさん、喫茶店の方はいいんですか」
「ええ。今日は喫茶店の前にも屋台が出ているので、お昼で閉めちゃいました。ですので、よろしければテントで皆さんのサポートができたらと」
「本当ですか!」
「はい。お邪魔でないといいんですけど……」
「邪魔なんてそんな! アンナさんがいたらみんな喜びます!」
「ふふっ。ありがとうございます」
そう言って、アンナは笑った。
「お祭、すごい賑わいですね」
「ええ。例年よりだいぶ人が多い気がします」
「……成功するでしょうか?」
アンナは少し不安そうな顔をして呟いた。
それを見て、和寿真は自分を奮い立たせるように、
「しますよ、絶対」
力強く言い切った。
「やれることはやりました。みんなに協力してもらって、ここまで準備が整ったんです。大丈夫。絶対に成功させましょう」
アンナは安心したように微笑んだ。
「はい。私もがんばりますっ」
◆ ◆ ◆
やぐらの脇に設営された特設ステージでは、自治会長の甚八がテレビクルーの取材を受けていた。
「──はい! 夏摩村の村祭は江戸時代から続く由緒ある伝統行事です! 昔から村を守るために続けてきた大切な祭でしてね!」
甚八はカメラを向けられて、白い歯を見せながら大張り切りでしゃべっている。
真っ白な髪をオールバックにした姿は、テレビ映えを意識してか、いつもより決まっていた。
「村の特産品は黒豆と猪肉でございまして! 今日は露店でも召し上がれますので、ぜひぜひ!」
テレビクルーが一旦撮影をやめ、映像のチェックを始めた。
その隙を狙って村長の|雲部《くもべ》が甚八に近づく。
「甚八さん……この祭が江戸時代から続いてるって本当ですか?」
「知らん。ハッタリだ」
「ハッタリ!?」
「細けぇことはいいんだよ! 昔から続いてんのは事実なんだからよ!」
村長は額の汗をハンカチで拭いながら、深いため息をついた。
事前の説明によると、テレビカメラは4台。
1台は商店街を、1台はやぐら周辺を、1台は展望台から花火を撮る。
そしてもう1台は、このステージを撮り続けるらしい。
ステージでは踊りや演奏などの出し物のほか、祭の進行に応じて自治会長の甚八が壇上に上がり、解説を行うことになっている。それが村長の不安の種だった。
「お願いですから、ウソを言うのだけはやめてください」
「ウソだと? 俺がいつウソをついたってんだ?」
「いや……ですから、江戸時代から続いてるとか、事実かどうかわからないわけですから」
「お前なあ、せっかく村をアピールするチャンスなんだぞ? ぱっと見た人にスゲエって思わせるためには、デッカくいかないとダメだろうが!」
「ウソでアピールしたら問題になりますよ!」
「ウソとハッタリは違う!!」
「ウソとハッタリは違う……!?」
「さっきも言っただろ!? この祭が昔から続いてるのは事実なんだ。だからウソじゃねえ。もし突っ込まれたら後で調べて、間違ってたらすいませんって言えばいいんだよ!」
ああ、やっぱり私はこの人が苦手だ。
願わくばカメラがいる間に、何も起こりませんように。
村長は祈るように手を組んで、空を仰いだ。
◆ 襲撃まで 残り3時間