キマイラ文庫

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サマータイムモンスターズ

横田 純

008

夏摩防衛隊


 僕らは中学校の裏庭に移動して、木陰に腰を下ろした。

 学校の裏庭は|鬱蒼《うっそう》と茂った木々に囲まれており、昼過ぎの日差しも幾分か和らぐ。夏休み中で部活に来る生徒はそれなりにいるが、何もない裏庭まで入ってくる人は滅多にいない。これからする話の内容を考えれば、人が来ない方がありがたい。



「最初に聞いておきたいんだけど……魔物ってどんなやつらなの?」 


 蝉丸が僕に問いかける。 



 ――魔物。


 7月31日、18時。

 僕は確かに村を襲う魔物を目撃した。

 しかし、その魔物がどんな見た目だったのか、僕は今まで言葉にするのを避けていた。

 言葉にしたら、僕自身が魔物の存在を認めたことになるような気がして。何も言葉にしたくなかったのだ。



「イッチ……」


 瀬凪が不安そうに僕の顔をのぞき込む。


「魔物のことを知ってるのはイッチだけなんだよ? イッチが情報をくれないと僕らは何もできないよ」


 蝉丸の言うとおりだ。

 僕は7月31日に起きたことを思い出しながら、ひとつひとつ伝えた。


「魔物は、上空に浮かぶ魔王城から現れる」


「魔王城?」蝉丸が首をかしげる。


「ああ。僕はそう呼んでる。飛ぶやつもいるし、大きいやつも小さいやつもいる。飛べない魔物の大半は魔王城から真下に飛び降りて、そこから村を攻めてくる」


「どんな見た目をしてるの?」瀬凪が身を乗り出すように聞いてくる。


「どんなって……」


 僕は言葉に詰まってしまった。


 やろうとしてみて気づいたが、魔物の|姿形《すがたかたち》を言葉だけで説明するのは難しい。

 たとえばゴブリン。あなたならどう説明する?


 いちばん簡単な方法は、覚えている特徴を片っ端から挙げていくことだ。ゴブリンは緑色っぽい|土気色《つちけいろ》の肌で、耳と鼻がとんがっていて、ぎょろっとした目をしてて、身長はそんなに大きくなくて……。これなら少しイメージが伝わるだろう。

 しかし、まだ不十分だ。今挙げた情報だけではゴブリンは服を着てるのか、何か武器を持っているのか、わからないこともたくさんある。さらに「身長はそんなに大きくないって言ってたけど小学生よりは大きいの?」とか、すでに挙げた情報にも突っ込みどころがある。ちなみにゴブリンの身長は個体差があるが、みんなだいたい小学生と同じぐらいだったと思う。

 まだ魔物一体目なのに、この調子では先が思いやられる。僕は細かく説明するのを諦めて、簡潔に一言だけ伝えた。


「神話とかゲームに出てくるようなやつらとしか言いようがない」


 意外にも、この一言で瀬凪も蝉丸も「なるほど」という顔をした。

 たくさん言えば伝わるというわけでもないらしい。


「神話かぁ……。牛の頭で人間の足みたいなやついるよね?」と蝉丸。


「ミノタウロス?」瀬凪が反応する。


「そんなのもいたかもしれない」


 そこまで話して、三人とも黙り込んでしまった。

 あまりにも現実離れしていて、真剣に話せば話すほどバカバカしくなってくる。

 重たい空気を破るように、蝉丸が言う。


「それで……イッチは何度も殺されて7月19日に戻ってきたって言ってたよね」


「ああ」


「イッチを殺したのは、どんな魔物だったの?」



 ――僕を殺した魔物。

 それは、瀬凪を殺した魔物でもある。


 あの魔物の姿は今も目に焼きついている。



「……|ガーゴイル《・・・・・》」


「ガーゴイル?」


「翼があって……空を飛んでた。人間みたいな両手両足があって、額に二本の角がある」


「それって、パリのノートルダム大聖堂とかについてる石像だよね?」と瀬凪。


「ゲームでは悪の門番とか偵察兵としてよく出てくるんだよ」と蝉丸。



 7月31日に僕と瀬凪を襲ったガーゴイルは、上空を旋回するように飛んで展望台に下りてきた。

 展望台に人間がいるのを見つけて、始末するために下りてきたのかもしれない。


「陽菜乃川も……ガーゴイルにやられたんだ」


「……私も?」


 瀬凪が驚いた顔でこちらを見る。

 不安にさせたくないから言おうか迷っていたけど、伝えた方がいい気がした。

 これから僕らに起こる悲劇を、知っているのと知らないのとでは大きな違いがある。


 瀬凪は下唇を噛んで|俯《うつむ》いた後、すぐに顔を上げて言った。



「私がどんなふうに殺されたのか、教えて」



 瀬凪は一瞬で気持ちを切り替え、悲劇を回避するための最善の一手を放った。

 それがあまりにも早かったから、僕の方が驚いたぐらいだった。

 僕は落ち着いて、ゆっくり話した。



「僕らは二人で展望台にいたんだ。魔王城が現れて、ガーゴイルが目の前に降りてきた。少し背すじが曲がってて前のめりで、両手を体の前にだらんと垂らして……大きさは僕らよりずっと大きい……2メートルぐらいあったと思う。そうしたら、あいつ急に陽菜乃川に向かって手を振り下ろしたんだ」


 瀬凪の肩がわずかに震えた。自分の死の瞬間を想像したのだろう。それでも彼女は目を逸らさず、凛とした表情のまま僕の話に集中し続けていた。


 自分が殺される直前のことなんて何度も思い出したくないし、聞く方も嫌だろう。

 けれど、詳しく思い返しているうちに、僕は『あること』に気づいた。


「そういえば――あいつ、地上に降りてからは|動きが遅かった《・・・・・・・》」


 それを聞いて、蝉丸が真剣な顔つきで言った。


「動きが遅かったって、どういうこと?」


  ガーゴイルが瀬凪を殺してから、僕を攻撃するまでに『間』があった。

  殺すなら同時に殺せたはずなのに。

  あの時は様子を見られてると思ってたけど、違う。


  ――単純に『遅かった』んだ。


「あいつ、空を飛ぶのは速いけど、地上では速く動けないのかも」


「|弱点がある《・・・・・》ってことだね?」


 蝉丸が眼鏡を持ち上げながら言う。


「弱点があるなら、僕らにも勝ち目はあるかもしれない。ちゃんと対策を立てれば勝負できるかも」


 瀬凪がにこっと笑い、手をあげながら元気いっぱいに言う。


「私、足の速さなら負けないよ!」


「うん。陽菜乃川さんは足が速いし、イッチには判断力がある。僕も足手まといにならないようにがんばるよ」 


 蝉丸が右手を僕の目の前に出してきた。

 僕らは固い握手を交わす。


「私も!」


 瀬凪が僕らの間に入るように、僕らの手を取ってぎゅっと掴んだ。



 こうして僕らは、夏摩村を魔物から守る防衛組織――

 『|夏摩防衛隊《なつまぼうえいたい》』を結成した。