サマータイムモンスターズ
横田 純
056
8月24日:すべてを食い尽くす魔獣
「全員、距離を取ってください!」
僕の指示で、防衛隊メンバーが左右に広がる。
魔獣はゆっくり上空を漂い、無数の目で僕らを|舐《な》めるように見回していた。
その動きに、何かを測るような意図を感じた。
次の瞬間、魔獣は黒い霧に戻った。
飛行機雲みたいに一直線に、ものすごいスピードでどこかに飛んでいく。
「なんだっ!? 逃げたのか!?」
乙吉さんが魔獣の姿を目で追いながら言う。
「違う。どこかを襲うつもりだ! みんな、カメラでやつの位置を追え!」
湯水の指示で全員スマホを覗き込む。
最初に魔獣を見つけたのはアリサだった。
「見つけたっ! カメラナンバー99!」
映し出されたのは、|村はずれの《・・・・・》|古びた社《・・・・》。
──まずい。
魔獣は上空で再び門のような形状に変化した。
そして一気に下降して、古びた社を一飲みにした。
同時に、僕の体がズンッと重くなった。
胸の奥で何かが切れるような感覚。
ややあって、力が抜けて、足元がぐらついた。
古びた社があった場所には、真っ暗な穴だけが映し出されていた。
「おい……なんであの社を喰ったんだ?」
乙吉さんの声。
「あれって『うろぼろす』の石碑だよね……?」
アリサの声。
僕は何も言わずにスマホを見つめていた。
心臓が痛いほど脈打っている。
あの社は――僕がこのチカラを手に入れた場所だ。
シャツの袖から見える痣は消えていない。
ただ、|能力が失われた《・・・・・・・》という感覚だけが、僕の体に残っていた。
「イッチくん。何も言わないつもりか?」
湯水准教授がタブレットを見ながら静かに言った。
「全員のステータスは共有されているんだ。何が起こったのかは把握している」
僕は観念して、言った。
「|僕の能力《コントロール・ゼット》を──消されました」
一瞬の沈黙。その後。
「どういうことやねん!?」
ローリーが大声を出した。
「あれは『うろぼろす』の石やろ!? 近づかんとこって話やったやん!!」
みんな、心配そうな顔をしている。
無理もない。黙っていたのは僕なんだ。
痣が現れたことはステータスに反映されていなかった。
湯水准教授にバレたのは、おそらく僕の能力が消えたことだけ。
ただ、うろぼろすのことを問い詰めたいメンバーは他にもいるはずだ。
今にも掴みかかりそうなローリーを尻目に、
「よせ」
獅子上さんが、低い声で全員を制した。
「話はあとだ。来るぞ」
魔獣は再び霧化して、一直線にこちらに戻ってきていた。
魔獣が公園の原っぱに降り立つ。
着地した時、ズズゥン……と重そうな地響きがした。
さっきまで霧だったはずだが、門のような形状の時は固体に変化するらしい。
ここからは、一手も間違えられない。
「ワイが行ったる」
言い終わる前に、ローリーは走り出していた。
「ローリー、待って!」
僕の制止は間に合わなかった。
ローリーは|紫黒色《しこくしょく》の石を握りしめ、一気に魔獣との距離を詰めていく。
「いきなり最大出力や! 喰らえやぁぁぁっ!」
"|聖槍金剛《カオスジャベ》──"!!!
ローリーが技を放とうとした瞬間だった。
魔獣は一瞬にして距離を詰めた。
「……は?」
ローリーの声が凍りつく。
異空間に繋がる|門《ゲート》のような口が、ローリーの腕を飲み込んでいた。
「なっ……! 抜けへん……!」
ローリーが腕を引こうともがく。
しかし、引けば引くほど、腕は深く沈み込んでいく。
「ローリーさん!」
次春が駆け寄ろうとした。
「来んな! 近づいたらアカン!」
ローリーが叫ぶ。
「こいつ……! ワイの腕を……喰っとる……!」
ローリーの腕が、肘まで消えている。
「ローリー! そいつから離れろ!」
獅子上さんの叫びに、ローリーは苦悶の表情を浮かべる。
鞘さんが刀に手をかけたが、どこを斬ればいいのかもわからない。
「離れられへんねん……! 引っ張られとる……!」
ローリーは体の向きを変え、足を魔獣の口元にかけた。
しかし、足をかけて踏ん張っても無駄だった。
体が少しずつ魔獣の中に引きずり込まれていく。
「クソッ……! こんなとこで……!」
足が飲まれた。
その次に腰。
ローリーの顔が|歪《ゆが》む。
「隊長……! みんな……!」
首まで沈んだローリーが、最後の力を振り絞って叫んだ。
「こいつに触れたらアカン……! 絶対に……触れたら……!」
声が途切れた。
そして――
ローリーは消えた。
「う、嘘だろ……」
乙吉が|呆然《ぼうぜん》と|呟《つぶや》いた。
アリサが体を震わせ、瀬凪が口元を押さえる。
目の前で起きたことが信じられなかった。
あのローリーが、一瞬で──!!
「……逃げるな」
獅子上が低い声で言った。
「全員、構えるんだ」
獅子上さんの言葉で、僕は我に返った。
ここで|怯《ひる》んだら終わりだ。
なんとしても弱点を見つけなければいけない。
「距離を取りながら戦ってください!」
僕は叫んだ。
「遠距離攻撃で! 近接組は遠距離組のサポートを!!」
「了解!」
"|青い火の玉《ブルーブレイズ》ストレート"!!!
"|絶望の黒き稲妻《ダークサンダーブレード》"!!!
"|追尾する流星《ホーミングスター》"!!
メンバーの攻撃が次々に命中する。
しかし、攻撃はすべて魔獣の口に飲み込まれ、何の反応も示さない。
「効いてない……!」
次春が|歯噛《はが》みする。
「全部吸い込まれてる……!」
魔獣が動いた。
体の一部を霧化させて|触手《しょくしゅ》のように伸ばし、フトシに向かっていく。
「フトシ、避けろ!」
次春が叫ぶ。
フトシは|咄嗟《とっさ》に横に飛んだ。
触手はフトシのいた場所を通り過ぎ、地面を|掠《かす》めた。
地面が、消えた。
直径1メートルほどの|円形《えんけい》の穴──
土も草も消失し、真っ暗な空洞になっていた。
「ひ、ひええええ……!!」
フトシが青ざめた顔で後ずさる。
口に飲み込まれたわけじゃない。
|触れただけで《・・・・・・》、消える……!?
魔獣は止まらない。
黒い霧を広げ、僕らを包囲するように動き始めた。
「ヤベェ……! 囲まれる!」
乙吉が叫んだ。
「おい、逃げようぜ! このままじゃ全滅しちまうっ!」
「無理だ! 逃げ切れるわけがない!!」
鞘が|怒鳴《どな》る。
「あいつの速さを見ただろう!? ここで倒すしかないんだっ!!」
その通りだった。
でも、どうやって?
こんな相手に、どうやって勝てばいい?
僕は必死に頭を回転させた。
魔獣の能力は『|Null《ヌル》』。
存在を無効化する力。
触れたものを『なかったこと』にする。
だとしたら、弱点は何だ?
その時、魔獣の無数の目が一斉に僕を見た。
やつは僕を狙っている。
「イッチ、危ない!」
瀬凪の声が聞こえた。