キマイラ文庫

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目次

サマータイムモンスターズ

横田 純

051

歴史から消された場所


 8月15日、朝。

 僕たちは村の資料館を目指し、炎天下を歩いていた。


 僕・蝉丸・瀬凪・アヅ・アリサ・ホタル。

 僕ら6人は夏休みの宿題で、村の歴史を調べることになっていた。

 それならまず資料館に行ってみよう。そんな安易な考えからだった。


 宿題を兼ねているので6人だけで行くつもりだった。

 ところが次春が「僕も行きたい」と言い出し、フジキューとフトシを呼んだ。

 さらに「みんなも呼んだ方がいいんじゃない?」とグループに連絡。

 あっという間に防衛隊総出になった。


「しかし、今朝のニュースはすごかったな」


 僕ら徒歩組のスピードに合わせて、ランクルをゆっくり転がしながら湯水准教授が言った。


「ゴーレムとガーディアンが取っ組み合う姿がばっちり映っていた。あまりの珍しさに、アメリカやヨーロッパでもあの映像が流れたようだぞ」


「やっぱりテレビで流れたのはまずかったよな」


 アヅマートの息子・アヅが言う。


「うちにもすごい数の問い合わせが来てる。あの"巨人"のグッズはないのかって」


 ニュースでは『夏摩村の巨人 祭に現る』だとか『ビッグな土人形が白熱のバトル!?』なんてタイトルで村祭が紹介されていた。

 流れた映像はほんの数分だったが、反響はすさまじかった。


「動画もめっちゃバズってるよ。お祭に来てた人が上げてるやつ」


 アリサがスマホをタップしながら|呟《つぶや》く。


 #夏摩村 #夏祭り #土人形 #巨大 #怪獣 #バトル──

 そんなタグが付けられているようだ。


「ただ、村が襲われてるって思った人は一人もいなかったみたい」


 そう言って、アリサはため息をついてスマホをしまった。


 テレビでは自治会長の甚八が「うちの村はすごいだろ!」と答える姿もしっかり放送されていた。

 そのせいか、映像を見た人のほとんどが「これは祭の山車だ」と信じたらしい。

 これを良かったと言うべきか、今はまだわからない。


「良かったんじゃないか」


 獅子上が独り言のように呟いた。


「どうせ戦えるのは俺たちだけなんだ。大人が増えてもどうにもならない」


 正しい情報が伝わったとしても、大人には魔物が見えない。

 銃や戦車があっても、戦うのは困難だろう。

 むしろ、いない方がいいくらいだ。


「村の問題は、村で解決するしかないっちゅうことやな」


 ローリーの言葉にアリサが反応する。


「いや、ローリーは村の外から来てるじゃん」


「ワイは助っ人外国人枠や。監督も外国人。かわいいウサギのマスコットもおる」


 そう言って、ローリーは湯水とデコイの方を見て笑った。



 ◆ ◆ ◆


 そうして僕らは、資料館に到着した。


 |鬱蒼《うっそう》と生い茂った木々の間。

 舗装もされていない砂利道の奥にある小さな平屋──

 朽ちかけた木の看板に『夏摩村資料館』と書かれていた。


「こ、これが資料館なん? バケモン屋敷の間違いやろ?」


 ローリーが建物を見て|素《す》っ|頓狂《とんきょう》な声をあげた。


 資料館なんて、用事がなければ来ない場所だ。

 みんな、あるのは知っていたけど、来るのは今日が初めてだった。


 念のため、父さんが持っていた夏摩村の地図も持ってきている。

 間違いない。ここが目的地のはずだ。


「こんなに不気味な場所とは思いませんでした……」


 ホタルは口に手をあてて、少し震えている。


 建物のまわりを囲む高い木々が日差しを遮っている。

 さっきまであんなに暑かったのに、ここは少し肌寒い。


 鞘が辺りを見回しながら、


「どうしてこんなに荒れているんだ? 役場で管理してないのか?」


 それを聞いた乙吉が言う。


「鞘ちゃん、もしかして神輿と一緒なんじゃねえか? 人がいなくて困ってるってやつ」


「それにしたって掃除ぐらいできるだろう。これじゃまるで──」


 鞘は一瞬ためらった後、言葉を続けた。


「この場所は『もう必要ない』みたいだ」


 風が吹き、木々がざわめいた。

 そのざわめきが、鞘の言葉に同意しているように聞こえたのは、僕の考えすぎだろうか。


 そういえば今気づいたが、ここは蝉の声も聞こえない。

 さっきまであんなに聞こえていたのに──それがまた不気味だった。


「そういえば……今思い出したんだけどさ」


 蝉丸が話し出す。


「何年か前に役場が改築された時、役場の2階に『民俗資料コーナー』っていうのができたよね。村の歴史資料とかジオラマが展示されててさ……誰でも見られるようになってる」


「あるね」と瀬凪。


「だから私、今日はそこに行くんだと思ってたんだけど……」


 そう言って、瀬凪は手持ちの荷物の中から、地図を出して僕に見せた。


「これ、役場で配ってる最新の夏摩村観光マップ。よく見て」


 カラー印刷された4つ折りの地図。

 村の観光名所や特産品の紹介が細かく書かれている。

 だが、今僕らのいる夏摩村資料館の場所は|載っていなかった《・・・・・・・・》。


「鞘さんの言ってること……間違いじゃないかもしれないよ」


 寒気がした。


 ここは『歴史から消された場所』──

 みんな建物を見つめたまま、呆然と立ち尽くしていた。



「それで? どうする、イッチくん」


 湯水准教授が僕の方を向いて言った。


「ここで立っていても仕方がない。当然、中に入るよな?」


「……もちろんです」


 あまりにも不気味だったので、本当はあまり入りたくはなかった。

 でも、ここで「入らない」なんて選択肢はない。


「先に言っておくが」


 湯水准教授が全員に聞こえる声で言った。


「これだけ荒れているとなると、中で何が起こるかわからない。少しでも心配な者は外で待っているといい」


「そ、そ、そ、そ、それってオバケが出るってことですか!?」


 フトシがガタガタ震えながら叫んだ。

 フトシの様子を見て、湯水は真剣な表情を崩さずに答えた。


「オバケだけなら可愛いものだ。これだけジメジメしていたら、建物の中を埋め尽くすほどの虫やネズミがいてもおかしくないぞ」


「ギャー!!! 絶対ヤなんだけど!!!」


 フトシに続いてアリサも叫んだ。


 僕らはその場で装備を整え、内部に踏み込む準備をした。

 意思確認を行った結果、資料館には全員で入ることになった。


「暇坂さん、本当に大丈夫?」と蝉丸。


 アリサは長袖のパーカーのジップを首まで閉めて、マスクとビニール手袋を二枚重ねにしていた。


「虫もネズミもイヤだけど……ここで一人で待ってる方がコワイし」


「たしかに。何かあったらすぐ逃げよう。その時は僕も逃げるから」


「絶対だよ! 絶対だからね!!」


 アリサは小さく身を縮めながら、蝉丸の後ろをついてきた。


「じゃあ隊長……扉を開けるぞ」


 先頭を買って出た獅子上さんが、僕の方をちらっと見て言う。


 扉はガラス貼りで真四角の取手がついており、押すと開くタイプのようだった。

 ガラスには内側からダンボールが貼り付けてあり、中の様子は見えない。

 鍵はかかっていないようだった。


「お願いします」


 獅子上さんは頷いて、ゆっくり扉を開けた。



 ◆ ◆ ◆

 資料館の中は、かび臭い匂いが充満していた。


 受付のようなカウンター、展示ケース、書類の入った本棚などが目に入る。

 広さは……中学の理科室と同じくらいだろうか。


 部屋の隅にはダンボールが山積みにされているが、思ったより片づいている印象だった。

 もっと荒れ果てたホラーっぽい内装を想像していたから、少しほっとした。


「ここがメインの展示室みたいだな」


 先に入った獅子上が言う。


「この資料館に2階はないようだ。まずはここを調べよう」


 僕の合図で他のメンバーも恐る恐る資料館の中に入ってくる。

 すべての窓に遮光カーテンがかかっているため、室内は薄暗い。

 壁のスイッチをいじってみたが、電気はつかなかった。


 今のところ虫もネズミも見当たらないが、すべてに埃がかぶっている。

 しばらく誰も足を踏み入れていないのは間違いない。

 僕たちは手分けして資料を調べ始めた。


 展示ケースの中はほとんど空っぽだった。

 何も載っていない台座や、日に焼けた説明書きの紙だけが残されている。

 おそらく、古い農具や写真などが飾られていたのだろう。


 本棚の中には古い新聞がファイリングされていた。


『夏摩村で珍しい双子カボチャ 畑で発見』

『|蛍《ほたる》乱舞 村の清流に夏の訪れ』

『村の牧場に子牛誕生 名前を募集中』


 のん気な見出しが躍っている。

 ほとんどが地方紙の切り抜きで、内容は他愛ないものだった。


「なんもないやん」


 ローリーがため息をつく。


「こっちも収穫なしです」


 山積みになったダンボールを調べていたアヅが言う。


「湯呑み、書けないペン、壊れた展示品……ガラクタばっかりだ」


 あんなに意気込んで中に入ってきたのに、いささか拍子抜けだ。


「やっぱり、必要なものは全部村役場の民俗資料コーナーに持っていっちゃったのかな」


「かもねー。ここ山の中で来るのも大変だし、フツーに移転しただけなんじゃない?」


 蝉丸とアリサがしゃべっているのを聞きながら、僕は改めて館内を見回した。

 今僕らがいる展示室の隅に、縦長の暗幕がかかっていた。


「あれは……?」


 近寄って暗幕を開けてみる。

 すると、奥に廊下が続いていた。


 それに気づいたフトシが大きな声を出す。


「うわー! か、隠し通路だぁ!」


「フハハハハハ! ついに見つけたぞ! この先に村の秘密が隠されているのだな!?」


「おい、フトシもフジキューも落ち着けよ! こんなとこで走ったらケガするって!」


 小学生たちが、大騒ぎしながら廊下の奥へ走っていく。

 僕も慌てて追おうとしたが、それよりも早く、フトシの声が聞こえてきた。


「なあんだ。トイレかあ」


 続いてフジキューの声。


「こちらの部屋はコンロと流し台だ! つまらぬ!!」


 どうやら、廊下の奥にあるのはトイレと給湯室らしい。

 それぐらいなら調べるほどでもないか……と思った時、次春の声がした。


「イッちゃん、こっち来て。変な部屋がある」


 廊下を歩いていくと、左手にトイレ。右手に給湯室。

 トイレのドアは木製で、ちょうど目線の高さにトイレのマークが貼られている。

 給湯室はのれんで仕切られているだけで、廊下から丸見えだった。

 そして正面に、次春のいう変な部屋──スチール製のドアがあった。


 円筒形のドアノブに、鍵穴がひとつ。

 押しても引いてもびくともしない。鍵がかかっているようだ。


 だが、よく見ると違和感があった。

 このドアノブだけやけにきれいなのだ。

 他はすべて埃をかぶっているのに、そこだけ“使われた跡”が残っていた。


 そして、最も気になるのは、ドアに貼られたプレートだった。



 『記録室』



「明らかに何かありそうだな」


「あるやろ。ここが大本命や」


 いつの間にか、ローリーと獅子上さんも僕の後ろに立っていた。


「あっちはもう調べるとこないで。ここになんもなかったら無駄足や」


「とはいえ、鍵がかかっているんだろう? どうやって調べるつもりだ?」


「ぶち破ったらええんちゃう? 石|使《つこ》たら一発やろ」


「本気で言ってるのか? お前はひいおじいさんが住んでた村の建物を自分でぶっ壊して、なんとも思わないんだな?」


「あー……そらアカンわ」


「どうする、隊長?」


 みんなの視線が僕に集まる。


 この資料館はもう使われていない。

 大事なものはほとんど運び出されているはずだ。

 なら、|どうしてこの部屋には《・・・・・・・・・・》|鍵がかかっている《・・・・・・・・》?


「この中には何かあると思います」


 僕は断言した。


「資料館の入口に鍵はかかっていなかった。なのに、この部屋にだけわざわざ鍵をかけておくなんて不自然です。ここには何か……『隠しておきたいもの』があるんじゃないでしょうか」


「ワイもそう思うで!」


 ローリーが元気よく手を挙げた。

 その様子を見て、獅子上が|鬱陶《うっとう》しそうに言った。


「問題はこのドアをどうするかだ。鍵を開けないと中を調べられないだろう」


「大丈夫です。この鍵だったら開けられるかもしれない。蝉丸」


「えっ、僕?」


 急に声をかけられた蝉丸が、目を丸くして答えた。


「|念力《サイコキネシス》の魔石──あれを使うんだ」


「念力……! そうか!!」


 蝉丸が疑似魔物の操作に応用した、意思の力で物体を動かせる能力。

 これをうまく使えば──


「ちょっと待って! 確か予備を持ち歩いてると思う……! あった!!」


 蝉丸がリュックの中から魔石を取り出す。

 それを受け取り、僕は集中した。


 僕には鍵の構造はわからない。

 でも、"鍵を閉めたらドアから硬い出っ張りが出てくる"ことは知ってる。

 その出っ張りを押し戻すイメージで──



 カチッ。



 ドアのロックが開いた。