キマイラ文庫

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サマータイムモンスターズ

横田 純

045

昨日の僕らを超えていけ

 8月10日。

 防衛隊は今日もなつまの森公園に集合し、各自で準備を進めていた。


 瀬凪、アリサ、ホタルの3人は、苗ちゃんと一緒にシュレディンガーを見ている。

 苗ちゃんが防衛隊に合流したのは高校生組と同じ8月5日。

 最初は知らない人ばかりで緊張していたみたいだけど、ある時アリサがシュレディンガーを見て「背中に羽根が生えてるなんてめっちゃかわいいね!」と言ったのを皮切りに、少しずつ心を開いてくれていた。


 瀬凪もホタルも面倒見がいいから、いつも苗ちゃんのそばにいる。

 年上のお姉さんたちに囲まれて、最初は苗ちゃんも戸惑っていたけど、


「みんな……やさしい」


 そう言って、うれしそうに微笑んでいた。


 そんな苗ちゃんの気持ちを知ってか知らずか、シュレディンガーは仰向けに寝そべり、女子たちの視線を独り占めにしている。


「かわいい~!」


「シュレディンガー、次の戦いもよろしくね!」


 女子たちにお腹を撫でられ、シュレディンガーはナァオ、と気持ちよさそうに鳴いた。



 広場では小学生たちが高校生を相手に特訓をしている。

 |獅子上《ししがみ》と|鞘《さや》が木刀を構え、次春たちに基本の立ち回りを教えていた。


「いいか、剣を振る時は腕だけじゃなく体全体を使うんだ」


 獅子上が木刀をゆっくり振り下ろしながら説明する。


「大切なのは足の踏み込みだ。足から力を伝えて、腕はその延長。これができれば威力が全然違う」


「なるほど……」


 次春が真剣な顔でメモを取っている。

 フトシも汗だくになりながら、獅子上の動きを真似しようとしていた。


「相手との距離を常に意識しろ。真剣は|柄《つか》で斬れ、なんて言葉もある」


「ど、どういう意味ですか……?」


「死ぬかもしれない一戦では腰が引けて、相手に切っ先が届かないことがある。致命傷を与えるにはあと一歩、敵の間合いに踏み込む覚悟が必要なんだ。懐に飛び込んで、初めて相手に刃が届く──間合いが剣の真髄だ」


 獅子上に促され、鞘が静かに構えを見せる。

 鞘の木刀が音もなく空を切る。無駄のない、流れるような動き。

 小学生たちは息を呑んで見入っていた。


「フッ、見事な教えだ。次の戦いでは俺様の魔剣が火を吹くぜ」


「お前の魔石は雷系だろ。火は吹かないよ」


「ぐぬぬ……」


「まあまあ。せっかくだから基礎だけでも覚えておけ」


 獅子上が苦笑しながら言う。


「知っているのと知らないのとでは、まるで違う。まず知って、それから頭を使って、体を動かして、ようやく少しずつ伸びていくんだ。そうやって特訓するんだよ。昨日の自分を超えるつもりでな」


「昨日の自分を超える……!!」


 ちょっとかっこいい響きだったせいか、小学生たちが目を輝かせて獅子上に注目した。


「獅子上さんっ! いや、師匠! これから師匠って呼んでもいいですか!?」


「師匠!? いや……俺は……」


「よかったな獅子上。剣道部をやめたのに師匠とは出世したもんだ」


「|十六夜《いざよい》、テメェ……面白がってるな?」


「別に」


 鞘はそう言って、表情を緩めた。


「そういえば、|乙吉《おときち》はどうした? 今日は姿を見てないが」


「ああ、あいつならローリーと一緒に公園の奥に走っていったぞ」と獅子上。


「走っていった?」


「あいつの技、燃費が悪いだろう? この前の襲撃でスタミナ切れを起こしたのが悔しかったらしい。ランニングで体力つけるんだとよ」


 そういえば、公園の奥に向かってがむしゃらに走っていく乙吉さんは僕も見た。

 それに気づいたローリーが「兄さん! ワイも行きまっせ!」と舎弟感を出しながらついていくのも見た。


 話を聞いた鞘さんは、公園の奥の方を眺めながら、やさしく目を細めた。


「次は戦えないのに……いてもたってもいられないんだな」


 みんな、できることをやろうとしている。

 僕も負けてられない。

 そう思いながら、あずま屋の方へ向かった。



 ◆ ◆ ◆


 あずま屋では蝉丸が一人、ダンボール箱を眺めながら何か考え事をしていた。


「蝉丸、何やってるの?」


「あ、イッチ。ちょっと聞いてよ」


 蝉丸はダンボールを開けて、中に詰まった魔石を僕に見せながら、


「今までに手に入れた魔石、こんなにあるんだよ。でも、みんなが装備できる量に限りがあるから、ほとんど余ってる」


 ダンボールは全部で10箱近くある。

 しかし、ここにあるものが全てではない。


 なにしろ、倒した魔物は全部石になるのだ。

 拾い集めたらとんでもない量になる。全部持ち歩くなんて不可能だ。

 あまり使わないものは、人の来ない場所にまとめて保管してある。


 実戦で使えそうな魔石──

 いわば『一軍』を選り分けて、湯水のランクルに積んでいる。

 それでも、これだけの量が使われずに眠っているわけだ。


「もったいないなって思ってさ。何か別の使い道がないかなって」


「別の使い道?」


「そう。たとえば、この魔石を何かに組み込んで、勝手に動いて戦ってくれる味方を作れないかなって」


 高校生組なしで祭の日を乗り切るのは厳しい。

 だが、これ以上の増員は見込めない。

 それなら余った魔石を利用して、みんなを守る『|疑似魔物《ぎじまもの》』を作れないか?

 これが蝉丸の|発想《アイデア》だった。


「でも、うまくいかなかったんだ」


 蝉丸がテーブルに転がっていた魔石を手に取る。


「魔石は『使う人』がいないと効果を発揮しないみたいなんだ。試しに、火が出る魔石をロボットのおもちゃに付けてみたけど、僕が持たないとロボットから火は出ないし、自動で動かすのは無理だった」


「そうか……」


 残念だけど、仕方ない。

 そう思った時、蝉丸が「でもさ」と続けた。


「魔石を整理してて、気づいたことがあるんだ」


 蝉丸がポケットの中から、二つの石を取り出して並べた。

 片方は拳ほどの大きさで濁った灰色。

 もう片方は親指の先ほどで、ガラス玉のように透明だ。


「イッチ、知ってた? これ、どっちも|ガーゴイルの魔石《・・・・・・・・》なんだよ」


「──え!?」


 色も形も全然違う。


「加工してない魔石は『大きい方が強い』っていうのが基本だったから、こういう小さいのは見逃されてたんだと思う。大きくて灰色の方は、陽菜乃川さんが使ってる──風が起こせる魔石だ。だけど、小さいガラス玉みたいな方は、装備しても|何も起こらない《・・・・・・・》」


「何も起こらない……?」


「うん。僕も最初は小さいから何にも効果がないのかと思ってたんだけど……どうも気になって、今湯水准教授に見てもらってるんだ」


 蝉丸が、あずま屋の裏に停まったランクルを指差す。

 車の中では湯水がノートPCと検査機器を広げて、何かを分析していた。


 ややあって湯水は車を降り、僕らの方に歩いてきた。


「待たせたね」


 透明な石を手に取り、光にかざしながら言う。


「正直に言うと、この石が何なのか、まだ断定はできない。ただ、今まで回収した多くの魔石とは明らかに組成が違う。技を発動させる魔石とも、身体能力を向上させる魔石とも異なる反応を示している」


「じゃあ、なんなんですか?」


「仮説だが──」


 湯水が透明な石を見つめる。


「もしかすると、魔物の『核』のようなものかもしれない」


「『核』……?」


「ああ。魔物の心臓であり、『本質が凝縮されたもの』とみていいだろう」


 湯水の言葉を聞いて、蝉丸は「やっぱりそうですか」と言った。


「この石は、他の魔石に比べて数が圧倒的に少ないんです。たぶん、魔物1体につき、透明な石は1つしか取れない」


「うむ。私も同感だ」


 湯水が大きく|頷《うなず》いた。


「しかし蝉丸くん、この『核』は君たちが装備しても何の効果もないんだろう? いったいどうするつもりなんだ?」


 蝉丸は少し迷った素振りを見せた。

 まだ完全にまとまっていない自分の意見を湯水に伝えるのを|躊躇《ためら》っている──

 しかし、蝉丸はすぐに、覚悟を決めた様子で話し始めた。


「これは僕の仮説ですが──この透明な石に、もし本当に魔物の『本質』が詰まってるなら、これを何かに組み込んだら、その何かが魔物みたいに動くんじゃないかって思ったんです」


 それを聞いた湯水は、顎に手を当てて、ぼうっと地面を眺めた。

 そして、すぐに、


「──面白い」


 そう|呟《つぶや》いた。


「蝉丸くん、イッチくん! こっちに来たまえ!」


 湯水准教授は僕と蝉丸の腕を掴んで、あずま屋のテーブルの前に座らせた。

 そして自分のカバンの中をごそごそと探り始めた。

 取り出したのはクマのぬいぐるみだった。


「私のお気に入りのクマちゃんだ」


 湯水が手のひらサイズの茶色いクマを誇らしげに掲げた。


「見たまえ、背中に小さなリュックを背負っているだろう? これがキュートなポイントだ」


 湯水准教授がこんなものを持ち歩いているとは思わなかった。

 僕と蝉丸は顔を見合わせる。


「研究に煮詰まった時、こいつを眺めると心が和むんだ。……なんだその顔は」


「い、いえ、別に……」


「まあいい。蝉丸くん、このクマちゃんのリュックに『核』を入れてみないか?」


「えっ……?」


「クマちゃんに『核』を装備させる。君の仮説が正しいか、確かめてみようじゃないか」


「!!」


 蝉丸は、少し考えた後、すぐに返事をした。


「……じゃあ、ゴブリンの核を入れてみましょう」


「なぜゴブリンなんだ?」


「理由はふたつあります。ひとつめは、ゴブリンはあまり強くない魔物なので、もしクマちゃんが暴れ出したとしても取り押さえやすいってこと。そしてもうひとつは、スペアがあるってこと。こういう使い方をすることで核が壊れたり、クマちゃんから取り出せなくなってしまう可能性もあります。でも、今までゴブリンはたくさん倒しましたから、大量に核があるので、実験向きだと思います」


「いい答えだ」


 湯水は微笑み、蝉丸を促す。


「でも……いいんですか? 大事なクマちゃんに何かあったら……」


「いいんだ。このクマちゃんは私の助手だ。いつでも一緒だよ」


 湯水准教授とクマちゃんは、とてつもない信頼関係で結ばれているらしい。

 蝉丸は真剣な顔をして立ち上がり、「失礼します」と一言添えた。

 そして、透明な石──ゴブリンの核を、クマのリュックにそっと入れた。


 次の瞬間、クマがぴくりと動いた。

 テーブルの上に置かれたクマがゆっくりと立ち上がる。

 ヨタヨタとよろめきながら進んでいく。


「動いてる……!」


 僕はびっくりして声を出してしまった。

 蝉丸と湯水准教授は|固唾《かたず》を飲んで見守っている。

 二人の真剣な様子を見て、僕も口を閉じて静観することにした。


 蝉丸が小さな木の枝を拾い、クマに持たせた。

 するとクマは枝を振り回し始めた。

 まるで本物のゴブリンが棍棒を振るうように。


「やっぱり、ゴブリンの行動パターンで動いてると思います」


「ああ。蝉丸くん、これはすごい発見だぞ。量産できれば戦力になるかもしれん」


「でも……問題があります」


「何だ?」


「これは、|大人にも《・・・・》|見えてしまう《・・・・・・》ってことです」


 魔物は大人には見えない。

 しかし、蝉丸の発案した疑似魔物は違う。


 仮に、100体のクマのぬいぐるみで疑似魔物を作ったらどうなるだろう?

 勝手に動く100体のぬいぐるみは、だいぶホラーな気がする。

 誰かに目撃されたら大騒ぎになるに違いない。


「それに、魔物の行動パターンがそのまま実行されるなら、敵味方の区別がつかないかもしれない。最悪、仲間を襲う可能性があります」


「なるほど……安全性に問題があるということか」


「はい。だから、|操作できるように《・・・・・・・・》|したい《・・・》んです」


 蝉丸がダンボールの中から別の魔石を取り出した。

 淡い水色に光る、不思議な石。


「これ、|念力《サイコキネシス》の魔石です。意思の力で物体を動かせる能力──これを細かく砕いて核と一緒に組み込んで、受信機みたいに扱えたら、核の行動パターンを生かしたまま、動作を制御できるんじゃないかって」


 湯水は目を見開いて、


「……素晴らしい」


 一言、そう|呟《つぶや》いた。


「私は石の分析ばかりしていた。成分を調べて、反応を記録して、データを蓄積することに集中していた。だが君は『これを使ったら何ができるか』を考えた。核を見つけた時点で充分な発見だ。なのに君はもう次の段階を考えている」


 湯水は蝉丸をまっすぐに見つめて、静かに言った。


「蝉丸くん。君には研究者の素質がある。それも、かなり優れた」


 僕は|呆気《あっけ》にとられて、蝉丸と湯水准教授を交互に見た。

 蝉丸は「は……その……ありがとうございます」と目を泳がせていた。

 その様子を見て、湯水は腕を組み直し、うれしそうに笑った。


「君の『疑似魔物』を完成させよう。私も手伝う」


「本当ですか!?」


「ああ。面白くなってきた」


 湯水准教授がクマちゃんをつまみ上げ、リュックから核を取り出した。


「よし。クマちゃんは無事だ。核にも見たところ変化はない。もっとも、『疑似魔物』として稼働させたことで核の組成や内包物に変化が起きた可能性はあるが──ひとまず、取り外しは可能ということだ」


「核の付け替えが可能なら、できることはもっと増えそうですね」


 それから蝉丸はスマホを取り出し、何かを検索し始めた。


「素体になるものを注文しないと。届いてから改造して、動作テストして……」


 蝉丸が独り言を言いながらネットショップで何かをカートに入れていると、


「おい、何か買うものがあるなら私に言え。私が買ってやる」


「本当ですか!?」


「ああ。言ったろう? これが大人のやり方だ」


 そう言って、湯水は笑った。


「暇坂さんの武器も作らないと……襲撃までに間に合うかな……? 寝る時間は確保しないと体調崩すし……」


 蝉丸はぶつぶつ独り言を言いながら、買い物を済ませ、魔石の選別を続けた。

 湯水も車の中に戻り、魔物の核を詳しく研究し始めた。



 日が傾き始め、特訓を終えたメンバーたちが三々五々、帰路につく。

 気づけば、残っているのは僕と蝉丸だけになっていた。


 そこで僕は何気なく、蝉丸に聞いてみた。


「蝉丸」


「ん?」


「魔物と戦うの、怖くないか?」


 蝉丸の手が止まった。

 しばらく黙ってから、蝉丸は静かに言った。


「怖いよ。たぶん、僕が一番怖がってると思う」


 蝉丸は魔石を手の中で転がしながら、続けた。


「7月31日、最初に展望台でガーゴイルを見た時、僕は『勝てるわけない』って思った。絶対殺される。逃げる一択だろって。自分が死ぬのも怖いけど……それ以上に、|誰かが傷つくのが怖い《・・・・・・・・・・》」


 蝉丸の声は穏やかだった。

 自分の弱さを受け入れて、ただ事実として語っている。


「でも、イッチや陽菜乃川さんが立ち向かっていって……そういうの見てたら、僕も逃げてばっかりじゃいられないって思ったんだ。それでなんとか、ここにいる。だから──」


 蝉丸が、|柄《がら》にもなく拳をまっすぐ突き出してきた。


「次も勝とう」


 僕は少し驚いて、それから笑った。

 拳を作って、蝉丸の拳に軽く合わせる。


「ああ。勝とう」


 残った時間で、できることを全部やる。


 僕らは成長する。

 昨日の僕らを超えていく。



◆ 襲撃まで 残り4日