キマイラ文庫

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サマータイムモンスターズ

横田 純

017

健康ランドにて


 夏摩村唯一の宿泊施設・なつま健康ランドは、村の中心部から10分ほど車を走らせた先にある。

 車のない僕らは炎天下をひたすら歩く。軽自動車がようやくすれ違えるほどの細い道をゆるゆると曲がりながら進むと、渓流沿いに建つ古風な木造二階建てが姿を現した。

 白い|漆喰壁《しっくいかべ》に木の|格子戸《こうしど》、灰色の|瓦屋根《かわらやね》が緑豊かな山々を背景に静かに輝いている。

 玄関前に置かれた「日帰り入浴」の看板には、大浴場とサウナの値段が色あせた筆文字で記されていた。



「ねえイッチ、ここに何の用があんの?」


 アリサが|額《ひたい》の汗を拭いながら言う。


「昨日僕らを助けてくれた人がここに泊まってるかもしれないんだ」


「マジ?」


「うん。大勢の魔物を一瞬で倒してくれたんだよ」


 瀬凪の言葉を聞いて、暗かったアリサの表情がぱっと明るくなる。


「そんなん絶対会わないとじゃん! 入ろ入ろ!」



 入口の扉を開けると、冷房でキンキンに冷えた空気が僕らを迎えてくれた。

 汗だくの体が心地よく冷やされていく。


「いらっしゃい」


 声がした方を見ると、入口脇の番台に|皺《しわ》だらけの老人が座っていた。

 人のよさそうな顔つきで、分厚い|瓶底眼鏡《びんぞこめがね》の奥で目を細めてスポーツ新聞を読んでいる。額は後ろまで大きく|禿《は》げ上がり、真っ白になった髪がわずかに残るだけだ。ランニングシャツ姿で、首にはタオルをかけている。

 僕らが小さい頃からずっと「銭湯のおじいちゃん」と呼んでいる人だ。


「すみません。大阪弁のお兄さん、泊まってませんか?」


「いるよ」


 やっぱり。ローリーはここに泊まっていたんだ。


「どこの部屋ですか?」


「わかんね」


 わかんねって……。いかにも田舎らしい対応に、僕たちは思わず顔を見合わせる。


「適当に探してくれ。たいして客もいねぇからよ」


 銭湯のおじいちゃんは、そう言って|飄々《ひょうひょう》と笑った。



 昭和の旅館を思わせる館内は、意外と広い。

 マッサージチェアとリクライニングシートが置かれた休憩室。

 レトロなアーケードゲームが並ぶゲームコーナー。

 舞台のついた畳敷きの宴会場では、今でもカラオケ大会が開かれるらしい。


 館内図によると、泊まれる部屋は3つしかないようだった。

 『楽』『天』『地』と名前が振られた和室。このどれかにローリーがいるはずだ。


 どこから探そうか迷っていると、ゲームコーナーの方から声がした。


「アカン! また死んだやん!」


 ――いた。


 卓球台とエアホッケーの奥。 

 浴衣姿のローリーがテーブル|筐体《きょうたい》に座って、ゲームをやっていた。

 昨日は後ろで束ねていた髪をほどいており、サラサラの茶髪が肩まで伸びている。


「……ローリーさん」


 僕は、画面に釘づけになっているローリーの背後に近づき声をかけた。

 するとローリーは、一瞬だけチラッとこちらを見て、すぐに目線を画面に戻した。


「おお!? 昨日の子らやん! ちょ待って、今ええとこやねん」


 画面にはドット絵のレトロなシューティングゲームが映っている。

 等間隔に並んだカラフルなインベーダーを下から撃ち落とす。このゲームは――


「スペースインベーダーっすね!」


 ゲーム好きのアリサが人懐っこく話しかける。


「せやねん。今どきこんなん置いてる店珍しいやろ? だから――」


 ドーン。

 インベーダーの放った攻撃がローリーの自機に直撃した。


「しもた! もう残機ないやんけ! やっぱ話しながらはムズいわ」


 そう言うと、ローリーは頭をかきながら立ち上がり、僕らに向き直った。

「よぉ来てくれたな。ちょっと話したいことあんねん。ジブンら時間大丈夫か?」


「――はい。僕らも話したいことがあります」



 僕らは館内の自販機で飲み物を買い、ロビーの片隅に置かれたソファに腰掛けた。

 テーブルを挟んで向かい合わせに並んだソファの片方に僕らが、もう片方にローリーが座る。


「ワイは|戎橋《えびすばし》|理路《りろ》。高校2年や」


 3つも年上だった。

 |理路《りろ》という名前を聞いて、だからローリーなのか、とも思った。


「昨日のことやけど、死人が出んでよかったなあ」


 缶のコーラを開けながら、ローリーは言う。


「昨日の夜もこのへんウロウロして、残ったバケモンおらんか探したんやけどな。真っ暗でなんも見えんかったから、朝になってから商店街の方行ってみたんよ。ほんなら、駐在の兄ちゃんが死人はおらんかったって言うとって。あんだけバケモン来て死人ゼロはホンマ快挙やで」


「それは……ローリーさんのおかげだと思います」


「ちゃうで。ジブンらも戦っとったやんか」


 コーラを一口飲みながら、ローリーは続ける。


「クワ振り回したり電気出るボール投げたり。すごいやんあれ! そっちのお姉ちゃんも、チビッコ守ってバケモンにナイフ突き刺して。なかなかできることちゃうで」


「見てたんですか」


「おお。なんかあったら助けたらなと思って。まぁワイもバケモンに囲まれとったからすぐには行けんかったけど」


「一応、僕ら防衛隊として、村を守ろうってがんばってるんです」


 蝉丸が恥ずかしがりながら言った。

 ローリーは表情をぱあっと明るくして、


「めっちゃすごいやん! ちゅうことは、さっきからあそこにおるチビッコたちも防衛隊のメンバーなん?」


「へ?」


 僕らが振り向くと、ロビーの太い柱の後ろに3人の小学生が隠れるのが見えた。


「やべぇ! 見つかった!?」


「うるさいなフトシ声でかいよ!」


「諸君、落ち着くのだ諸君! こういう時こそ深呼吸だ!」


 静かな館内に小学生の声が響き渡る。


「……お前ら」


 僕がそう言うと、次春とフジキューとフトシが観念して柱の影から出てきた。


「ごめんイッちゃん。また|尾《つ》けてた」


 フトシとフジキューは怒られることを覚悟して小さくなっている。

 しかし、次春だけは強気な姿勢を崩さなかった。


「聞いてよ。昨日はフトシが大活躍したからイッちゃん達も助かったでしょ? フトシが一人であんなにやれるんなら、きっと僕らにも何かできると思う。もうこっそり追っかけ回したりしないから、仲間に入れてよ」


 僕がなんて言おうか迷っていると、瀬凪が言った。


「イッチ、仲間に入れてあげようよ」


「でも……」


「魔物が襲ってきたら、村のどこにいても危ないのはおんなじだよ。だったら、一緒にいてもいいんじゃないかな?」


 瀬凪の言う通りだった。


「決まりやな!!」


 そう言って、ローリーは笑った。



◆ ツグハル フトシ フジキューが 仲間にくわわった!