キマイラ文庫

ビューワー設定

文字サイズ

フォント

背景色

組み方向

サマータイムモンスターズ

横田 純

028

才能

 8月6日。


 魔物襲撃の前日。僕らは再びなつまの森公園に集合した。

 集めた魔石をズラッと並べて、みんなで自分に合うものを見つくろっていた時、湯水が言った。


「君たちにひとつ|助言《アドバイス》がある。能力を身につけたら、なんでもいい、その能力に名前をつけろ」


「名前……ですか?」


 瀬凪が聞き返す。


「そう。いわば『技名』だな」


 全員に伝わるように、湯水は声を大きくして話を続けた。


「分析の結果によると、魔石は持つ者の特性や思いによって効果が大きく左右されるようだ。つまり、技は適当に放つより、ノリノリで放つ方が威力がデカいのだ!」


「ホンマかぁ?」


 ローリーが|素《す》っ|頓狂《とんきょう》な声を出したその横で、|獅子上《ししがみ》と|鞘《さや》が頷き合う。


「わからんでもないな」


「ああ、メンタルは大事だ」


「おぉぉ……武道の心得のある兄さん姉さんが納得してはるっ……!!」


「わかったかい、ローリーくん。気持ちは大事ってことだ」


 湯水は満足げな顔をして、ローリーの肩をぽんぽんと叩いた。



 小学生たちは目を輝かせながら石を選び、技を出す時の格好いいポーズまで考えていた。

 技なんて興味なさそうなアリサやホタルも「あ! これかわい~!」「こっちの方がよくないですか?」なんて言いながら、石をあれこれ吟味している。

 蝉丸はビニールシートの上に工具を広げて、自作のスタンガンに魔石を組み込む改良を進めているようだった。


 みんなの様子を眺めながら、僕はあずま屋の椅子に座って明日の作戦を考えていた。

 長テーブルの上に家から持ってきたノートパソコンを開く。「勉強で使いたい」とねだって買ってもらったものだが、どうせならPCゲームも遊んでみたかったので、しっかりグラボが搭載されたモデルを選んでいた。


 夏摩村全域の地図を表示しながら、限られた人数でどこを守るべきか考える。

 サッカーやバスケでフォーメーション確認する時に使うマグネットの作戦盤みたいに、地図上のいろんな箇所にピンを立てる。

 納得いく位置を探すため、何度も|Ctrl+Z《コントロール・ゼット》を押してピンを立て直す。

 数え切れないほど同じ動作をくり返して、左手の小指と中指がつりそうになっていた。


「イッチくん、ちょっと」


 湯水准教授が、あずま屋にひょいと顔を出した。


「なんですか?」


「ちょっと車まで来てくれ」


 僕と湯水准教授はあずま屋を離れ、湯水准教授の車が停められた駐車場に向かった。

 湯水准教授のランクルの中には、大小さまざまな分析機器が所狭しと積まれている。


「これを見てほしい」


 差し出されたタブレットには、防衛隊メンバーの能力が数値化されたデータが映っていた。

 パワー・スピード・スタミナ・インテリジェンスなどの項目が細かく個人別にまとめられ、総合力を示すレーダーチャートまで作られていた。いわゆる『ステータス画面』だ。


「なぜ僕にこれを……?」


「なぜ? メンバーの能力を知っておくのは隊長のつとめだろう」


「隊長!? 僕がですか!?」


「当然だ」


「湯水さんがやった方がいいんじゃ……?」


「忘れたのか? 私には魔物が見えないんだ。戦況を見極めて全体に指示を出す隊長は、魔物を視認できる|U-20《アンダートゥエンティ》の中から選ぶ必要がある」


「たしかにそうですけど……高校生もメンバーに入ったのに、なんで僕が……」


 湯水は静かに微笑むと、僕を諭すように落ち着いた口調で言った。


「君はみんなから信頼されているし、状況を的確に判断して指示を出す才能もある。村に来てからずっと見ているが、君以上の適任者はいない。よろしく頼んだよ」


 僕が……隊長。

 うれしさ半分、本当に僕でいいのかという気持ちが半分。

 この戦いには命がかかってる。小学校の頃の飼育小屋の事件とはわけが違う。

 僕の指示ひとつで村が残るか滅ぶか決まる。そんなのって――


「細かいことは考えない方がいい」


 僕の不安を感じ取ったのか、湯水准教授がやさしく続けた。


「自分を追い込んでも、よい結果になるとは限らない。もっと気楽に、ゲームだとでも思ってやればいい。まあ、そんなこと言われても難しいとは思うがね」


 そりゃそうだ。

 でも、湯水准教授が僕を気遣ってくれていることはじゅうぶん伝わった。


「それと、もうひとつ。さっき判明したばかりの情報を伝える」


 そう言って、湯水准教授は別のデータをタブレットに表示した。

 表示されたのは僕のステータスだった。


「ひとりが装備できる魔石の量には限りがある。人それぞれ、魔石の能力を発現させられる|許容量《キャパシティ》があるようだ」


「キャパシティ……」


「ああ。|許容量《キャパシティ》の数値が高ければ高いほど、より多くの魔石を装備して能力を発現させられる。多少の差はあれど、他のメンバーたちは同じぐらいの数値におさまっているのだが――さっき渡した君のデータを見てくれ」


 僕のステータス画面。

 |CAPACITY《キャパシティ》と書かれた数値は、防衛隊メンバーの誰よりも低かった。


「それは『石をひとつも持っていない時』に計測した数値だ。君だけ著しく数値が低い」


 さっき隊長を命じられた時のうれしさが一瞬にして吹き飛んだ。

 まるで「君だけ石を使う才能がない」と言われてるみたいだった。


「君、何か心当たりはないか?」


 あるわけがない。

 そこから湯水准教授の話は耳に入ってこず、僕は炎天下の中ふらふらと駐車場を出てあずま屋に戻った。



「湯水准教授、なんだって?」


 戻ってきた僕を見て、瀬凪がにこやかに話しかけてくれる。


「ああ……別に」


「どうしたの? 元気ないね」


 僕は落ち込んだ気持ちを悟られないように、顔の汗を拭って、できるだけやさしい声で聞いた。


「……|陽菜乃川《ひなのがわ》は? どの石を使うか決めたの?」


「うん」


 瀬凪はにっこり笑って、迷いのない声で答えた。


「私はガーゴイルの石を使う」


 僕らを殺した因縁の魔物だ。


「なんであいつの石を?」


「初めて倒した魔物だし……それに……」


 瀬凪は一歩踏み出して、僕の方を振り向きながら言った。


「私が殺された時、助けようとしてくれたんでしょう? それがうれしかったから」


 微笑んだ瀬凪の顔を見て、僕は思う。


 今の僕にやれることをやるしかない。

 才能があろうとなかろうと、村が無事ならそれでいい。


 僕は今の自分にできる精一杯の笑顔を作りながら、瀬凪に言った。


「……行こう。僕も石を選ばなきゃ」


「うん。一緒に選ぼうっ」


 切り替えろ。


 そう自分に言い聞かせながら、僕はみんなのところに戻った。



◆ 襲撃まで 残り1日