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サマータイムモンスターズ

横田 純

004

7月19日:夏休み初日


 縁側で風鈴の鳴る音が聞こえる。

 僕は家の畳の上で寝転がりながら、作戦を練っていた。


 考えてみれば、僕は告白なんてしたことがない。

 何をどうすればいいのか、見当もつかない。


 試しにスマホで「告白 中学生 セリフ」と検索してみる。



〈君がいないとダメなんだ〉


〈君の笑顔で毎日が特別になる〉


〈君と過ごす時間が一番大切なんだ〉



 ――こ、こんなの、恥ずかしくて言えるわけない!


 やっぱりここは定番の「好きです、付き合ってください」がベストなんじゃないだろうか。


 いや、待てよ。

 付き合ってくださいって……。

 付き合うって何をすればいいんだろう。


 ……やっぱり、デートとかもしないとダメだよな。


 この村の学生のお決まりのデートコースは、田んぼのあぜ道。

 山の上には展望台があるけど、夜になったら真っ暗で何も見えない。

 完全な闇の中、カエルと虫たちが大合唱を始める。

 ムードも何もあったもんじゃない。


 いやいや、待てよ。

 そもそも、告白する前に瀬凪を呼び出した後……どうする?

 いきなり告白しちゃって大丈夫なのか?

 少しおしゃべりでもしながら田んぼのあぜ道を歩いて、それから告白?

 どっちにしろ田んぼは避けられないのか!? ちくしょう!!



 身もだえながら畳の上をゴロゴロ転げまわっていると、次春が現れて言う。


「うわ、イッちゃん何してんの? 暇なら一緒にゲームしようよ」


「断る。今はマイクラで土を掘るより大事なことがあるんだ」


「そうは見えないけど?」


 そりゃそうだ。

 次春から見たら、今の僕はただ畳の上でゴロゴロ転がってるだけの男。

 ダメだ! こんなんじゃ!


 とにかく、告白の確率を少しでも上げたい。

 神頼みでもしたい気分だ。


 ――そういえば、この村には何を|祀《まつ》っているのかわからない社や石碑がたくさんある。


 解説の看板はないし、石碑に文字が刻まれているわけでもない。

 石の大きさはどれもバラバラで、色も形もまるで統一感がない。

 「いろんな色の石を集めて適当に並べました!」と言われても納得できる代物だ。


 村はずれにある古びた社。あそこがいいかもしれない。

 一応鳥居も建ってるし、他の名もない石碑に比べればご利益がありそうだ。

 今まであんまり近づいたことない場所だけど、拝んでおいて損はない。


 立ち上がろうとしたその時、庭の方から父さんの声がした。


「おーい。一郎、次春。ちょっと来なさい」


「なーにー?」


 次春が縁側からサンダルを突っ掛けて外に出ていく。

 僕もいそいそと立ち上がって、次春の後を追って庭に出る。

 そこには、若い夫婦と少女がひとり、こっちを向いて立っていた。


「紹介しよう。|枕木《まくらぎ》さんご一家だ」


 父さんに紹介された夫婦が、ていねいに頭を下げる。

「枕木さんは、夏摩村で農業をするために都会から移住してこられたんだ」


「お世話になります。よろしくお願いします」と枕木父。


 はあ、こちらこそ……と、僕と次春も頭を下げる。

「こちらは娘です。|苗《なえ》、ご挨拶して」


「……………」


 薄い青緑のジャンパースカートを着た少女は、首をすくめるようにしてお母さんの後ろに隠れてしまった。

 歳は4歳か5歳ぐらいだろうか。

 お母さんの足の隙間から、ちらちらとこちらを|伺《うかが》っている。


「あらあ、緊張してるのかな。初めて会う人ばっかりだもんね。苗ちゃん、よろしくね!」


 父さんがニカッと笑いながら苗ちゃんに声をかける。


「お前たち、一緒に遊んであげるんだぞ。俺は枕木さんに田んぼのこと教えにゃならんから」


「――えっ!? 父さん行っちゃうの?」


「ああ。田んぼは危ないから苗ちゃんは連れていけない。頼んだぞ」


 そう言って、父さんは枕木夫婦と一緒に田んぼに行ってしまった。

 苗ちゃんは両親が去った後も騒いだりせず、地面にお絵描きを始めた。

 どうやら、ひとりで遊ぶのに慣れてるみたいだった。


 残された僕と次春は、顔を見合わせる。


「……イッちゃん、どうする?」


 次春が小さな女の子の世話を嫌がっているのは声を聞いただけでわかった。

 しかし、僕にもやることがある。


「次春。ガリガリ君1本でどうだ?」


「ムリ。3本」


「3!? おま、それは足元見過ぎだろ!?」


「ふーん。嫌ならいいよ。僕これから友達のとこ行くから、イッちゃんがここにいれば?」


「……わかったよ、3本な」


 交渉成立。

 僕は自転車にまたがり、家を後にした。




 夏休みに入った村は活気にあふれていた。


 商店街には、何かのキャンペーンで風船を配っている見慣れない着ぐるみのウサギ。

 駄菓子屋の前にたむろす子供たち。

 冷房の効いた喫茶店の中では、村の大人たちがサボっている。



 社に向かう道すがら、僕は村はずれのスケキヨ岩を拝む老人を見た。


「ソクラテスだ」


 ソクラテス――

 教科書に載っていたソクラテスの肖像にそっくりだったから、誰かが呼び始めた通称だ。

 ソクラテスは村の誰ともほとんど会話せず、毎日スケキヨ岩を拝んでいる姿を目撃されていた。

 100歳を超えているらしいが、正確な年齢は誰も知らない。


 こんなところ拝んで、何になるんだろう。


 関わると面倒くさそうだったので、今まで一度も話しかけたことがない。


 僕は無視して社へ向かった。




 ◆ ◆ ◆


 古びた社は、思ったよりも不気味な場所だった。


 雲ひとつない晴天なのに、生い茂った木にさえぎられて光がほとんど入ってこない。

 そこだけ空気がひんやりしていた。


 鳥居をくぐり、一歩ずつ踏みしめるように社に向かう。

 風雨にさらされてすっかり色を失った木の壁。

 その真ん中に、僕の身長よりも少し大きな黒い石が、しめ縄をかけられて|鎮座《ちんざ》している。


 ここでなら、本当に願いが叶うかも。

 そんなふうに思える説得力があった。


 目を閉じて、僕は願った。



「もしダメでも。最悪の事態が起きても。なんとかなりますように」



 静まり返った木漏れ日の下。

 澄んだ鈴の音が、しゃん、と鳴ったような気がした。