キマイラ文庫

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サマータイムモンスターズ

横田 純

015

7月31日:『石』


 展望台の脇。

 地面にうずくまるフジキューにガーゴイルが太い腕を振り上げた、まさにその時だった。

 瀬凪が風のように加速し、砂利を蹴り上げながらフジキューのもとに滑りこんだ。


「――なっ!?」


 僕も蝉丸も息を呑み、ガーゴイルさえもが一瞬動きを止めた。

 瀬凪は果物ナイフを抜き、閃光のように素早くガーゴイルの足に突き刺した。


「キィィ!」


 ガーゴイルは黒板を引っかくような奇声を上げ、ひるんだ様子で体勢を崩す。その|隙《すき》に瀬凪はフジキューを両手で抱え上げると、こっちに向かって走り出した。

 ガーゴイルは瀬凪の背中に狙いを定め、怒りに震える腕を振り下ろす。

 だが瀬凪の方が一瞬速い。フジキューを胸に抱え込んだまま身を捻り、迫りくる一撃をかわした。巨大な爪が瀬凪の髪の毛先をかすめて地面に突き刺さり、砂煙が上がった。


「蝉丸くん!」


「りょ、了解!」


 蝉丸は背負っていたリュックを下ろすと、素早く地面に固定した。

 中から取り出したのは電線を巻きつけた黒いボール。電線はケーブルを通じてコンデンサーと昇圧回路に繋がっている。蝉丸オリジナルの遠隔発射型スタンガンだ。


「失敗したら二度目はない……!」


 コントロールスイッチを手の届く位置に配置し、絡まないようケーブルを解く。

 蝉丸の手が小刻みに震えている。実験を重ねたとはいえ、実戦での|投擲《とうてき》は初めてなのだ。


 ガーゴイルはよろめきながらも、すぐに瀬凪を追おうとする。

 だが、遅い。


「これでどうだぁ!」


 蝉丸の投げたボールが、魔物の胸を直撃した。


「今だっ!」


 コンデンサーから放電された電撃がケーブルを駆け抜け、電線を巻きつけたボールから一気にほとばしる。

 まるで雷のような青白い火花がガーゴイルの体を這い回り、バチバチと激しい音を立てながら、5000ボルトの電流がガーゴイルの全身を麻痺させていく。


「よしっ!」


 蝉丸が思わずガッツポーズを決めた。

 だが、まだガーゴイルは死んでいない。

 ガーゴイルが息絶えるよりも早く、蝉丸の電撃が途絶えた。


「充電切れだ! 二発目を撃つまでは時間がかかる! イッチ!!」


 蝉丸の声に反応し、僕はガーゴイルの前に|躍《おど》り出る。

 今までの特訓の成果をすべて込めて。クワを大きく振り上げた。


「うおおおおーーーーっ!!」


 渾身の一撃がガーゴイルの|額《ひたい》を捉えた。



 ビギッ。


 パリーン!



 次の瞬間、ガラスが割れるような音と共にガーゴイルの体が砕け散った。

 砂利のような、小石のような、様々な大きさの破片が地面に散らばる。


「やった! やったよイッチ!!」


 蝉丸が感極まったように叫ぶ。



◆ イッチは ガーゴイルを たおした!



 瀬凪は抱えていたフジキューを地面に下ろすと、すぐに体の状態を確認する。


「大丈夫? どこか痛くない?」


「フッ……俺様に心配は無用! この左腕が守ってくれたのだ!」


 フジキューは包帯を巻いた左腕を掲げ、いつもの調子で答える。

 だが、その声は少し震えていた。

 瀬凪はフジキューの無事を確認すると、「よかった」と優しく|微笑《ほほえ》んだ。


 僕は展望台から身を乗り出し、村の様子を確認する。

 魔物は村の中心部、商店街の方へ向かっている。

 とはいえ、また展望台も襲われるかもしれない。


「次春! ここにいたら危険だ。お前も友達と一緒に来い」


 次春は友達二人の顔を見る。

 フトシもフジキューも力強く首を縦に振った。


「よし、商店街に向かおう」


 僕は急いで山を駆け下りようとしたが、


「あ、ちょっと待って」


 次春が『石』の散らばる地面に駆け寄っていった。


 さっきまではガーゴイルだった成れの果て。

 僕はもう近づきたくもなかったが、小学生たちは興味津々らしい。


「お前触ってみろよ」と次春。


「笑止。触った瞬間に指先から毒がまわって死んだらどうするのだ!?」とフジキュー。


 それらは、村に転がっている石とは一線を画す怪しい魅力に満ちていた。

 まるで宝石の原石のように色が混じり合った大小様々の石の山。

 後ろから見ていたフトシが恐る恐る、その中のひとつに手を伸ばした。


「なんか……なまあったかい」


「当然だろう! さっきまで生きてたんだから! あー気持ち悪い」


「でも、こんな石見たことないよ! 絶対チャンピオンになれるって!」


 フトシの言葉に突き動かされ、小学生たちは石を集め始めた。

 次春とフジキューは数個だけ拾い、フトシはリュックがぱんぱんになるまで詰め込んだ。


「重いよー。こんなんじゃ動けないよぉー……」


「お前、欲張って拾いすぎなんだよ!」


「えー。だってもったいないじゃんー」


 みんながあきれ顔で微笑んでいたその時――

 フトシの真後ろに新たな魔物が降り立った。


 いち早く気づいた次春が声をあげる。


「フトシ!! ヤバい!! 逃げろ!!」


「え? うわあああああーーー!!!」


 フトシがじたばたともがくように魔物を突き飛ばす。



 ズガッ!



 押しつぶされるような|鈍《にぶ》い音と共に、魔物は上空高く弧を描いてすっ飛んでいった。



「え!?」


 全員驚いた。

 中学生3人がかりでやっと倒した魔物を、小学生のフトシが一人で吹き飛ばしたのだ。


「な、なんで……?」


 フトシは自分の両手を見つめ、ぷるぷる震えている。

 魔物たちは危険を察知したのか、標的をフトシに切り替え、集団で襲ってくる。


「ひいいい!」


「フトシ!! 逃げろーーー!!」


 フトシは山の斜面を逃げ惑いながら、襲い来る魔物を次々と突き飛ばす。



 ズガッ!


 ズガッ!


 ズガッ!



 まるで無敵アイテムでも拾ったみたいに、フトシの手に触れた魔物は次々と吹っ飛ばされていく。



「フトシすげえ!」


 僕らもフトシを追って、山を駆け下りていく。


 しかし、魔物の数が多すぎる。

 なんとかならないのか?


 観察していると、魔物には明確な指揮系統があるみたいだった。

 僕は魔物たちをざっと見回して、ひときわ大きな一体の魔物に当たりをつけた。


「あのデカいヤツがボスみたいだ! 倒せば他も引くかもしれない!」


「よーしフトシ! もういっちょがんばれ!」


 次春がフトシを奮い立たせようとするが、


「む、むり……。もう一歩も動けない……」


 頼みの綱のフトシは、ついに限界に達したようだ。

 魔物の群れがじりじりと僕らを取り囲む。

 いつの間にか、村中に散らばっていた魔物がすべてここに集まってきているようだった。


「イッチ……」


 瀬凪がすがるような目で僕を見る。


 どうすれば。

 どうすればいい?



 その時──


「ジブンら、|退《ど》きぃーーーー!!」


 振り返ると、展望台の上に『あの少年』が立っていた。


 僕らが後退した次の瞬間。

 まばゆい光が少年の全身を包み込み――



 ビギビギビギッ。


 パァァン!



 魔物の群れが、一瞬にして弾け飛んだ。



 あたりが静まり返る中、少年が僕らの前に降り立つ。


「あなたは……?」


 少年は、自信満々に親指で己を指しながら言った。


「――ローリーや。よろしゅうな」