サマータイムモンスターズ
横田 純
002
2つ目の事件
〈ニュースをお伝えします。世界7ヶ所で同時多発的に巨大な陥没穴が発生しました〉
7月18日。
アメリカ・ヨーロッパ・アフリカなど世界各地に、直径50m、深さ100mを超える巨大な穴が出現。数千人以上が行方不明。
陥没区域が拡大する恐れもあることから、付近の住民が避難する騒ぎとなっている。
ただ、奇妙なことに、穴に落下したと思われる人物・物体・家屋の一部などは、|穴の底から《・・・・・》|発見されていない《・・・・・・・・》という。
このニュースを見たのは居間で朝食を食べてる時だった。
父さんと母さんがテレビを観ながらしゃべってる。
「怖いね」
「ああ。田んぼが陥没したらやってられないな」
僕の家は農家だ。
ひいおじいちゃん、ひいおばあちゃんの代から、ずっとこの村で米を作って暮らしてきたらしい。
「そういえば、昔ノストラダムスっていうのがいてな。1999年7の月に空から恐怖の大王が降ってきて、世界が終わるって言われてたんだよ」
「なに? 恐怖の大王って」
弟の|次春《つぐはる》が食パンを頬張りながら聞き返す。
僕とは違って次春の黒髪はサラサラで、きれいなマッシュルームカットに整えられている。母さんが「次春は私似」と言うぐらいだから、どうやら僕の癖っ毛は父さん譲りらしい。
「隕石が落ちてくるとか、天変地異が起こるとか。とにかく、みんな死ぬかもって言われてたんだよ」
「マジで? そんなマンガみたいな話、本当にあったの!?」
思いのほか次春が食いついたので、父さんはその後もしばらくノストラダムスの話を続けていた。
でも、次春は朝食を食べ終わるとさっさと学校へ行ってしまい、僕はテレビに釘づけになっていたので、いつの間にか父さんの話し相手は母さんに変わっていた。
「妙なカレンダーのこともあるし。世界が滅亡しちゃったらどうしようか?」
「そうしたら田んぼの害虫駆除しなくて済むね」
「たしかに!」
両親のやり取りを聞きながら思う。
まだ僕、何も成し遂げてないのに。死ぬのは嫌だなあ。
◆ ◆ ◆
外に出ると、夏の日差しが僕を貫く。
険しい山の斜面に寄りかかるようにして建てられた僕の家からは、遠くの山々が一望できる。
眼下に広がるのは一面の田んぼ。伸びてきた稲が青々と茂っている。
学校までは徒歩1時間。
自転車通学も許可されているけど、僕の家からは坂がきつすぎて、すぐにやめてしまった。
蝉の声に包まれながら、僕は坂道を降りていく。
今日も暑くなりそうだ。
僕――
|神明《しんめい》|一郎《いちろう》が住んでいるのは|夏摩村《なつまむら》。
兵庫県|多紀郡《たきぐん》の端。|篠山街道《ささやまかいどう》から少し外れた場所にある静かな山あいの農村だ。
田んぼと畑。それ以外は何もない。
……いや、ちょっと待って。さすがに「何もない」は言いすぎた。
僕もアヅを見習って、もう少し正確に話をしよう。
この村には、田んぼと畑以外にもいろんなものがある。
あるにはあるんだけど――大半が「わけのわからないもの」ばっかりだ。
たとえば、村の入口には『|客人《まろうど》の里 夏摩村』と書かれた看板が立てられている。
このあたりにはかつて平家の落武者が傷を癒した秘湯があり、明治時代には有馬と並んで繁栄した湯場だったらしいが、今や営業しているのは古びた健康ランド一軒だけ。
もてなす場所がないのに、何が|客人《まろうど》の里なんだろう?
中でも一番の謎は、村はずれにある『スケキヨ岩』。
これは巨大な人間の下半身が地面に埋まっているように見える岩で、高さが20mぐらいある。なんでも『犬神家の一族』に出てくる|佐清《すけきよ》という人物の遺体とそっくりな形らしい。
父さんに聞いたら「湖の真ん中から足だけ出てる」と言うので、スマホで佐清の画像を検索してみた。
マジだった。なんだこれ。どうすればこんな恰好で死ねるんだ。
村の中心部にある商店街は今も活気があふれている。
商店街の周りには牧場があって、この辺りの山々から伐り出された木材を加工する工房もある。
さらに、切れ味抜群の包丁を作る鍛冶屋、地元密着型の農機具メーカー『ナワシロ』の工場まであるんだ。
展望台からは夏摩村を囲む山々を一望でき、村を南北に分断する清流が見える。
田舎暮らしに憧れる人にとっては素晴らしい環境かもしれない。
僕だってこの村は嫌いじゃない。ただ少し刺激が欲しいだけなんだ。
今朝、僕は「まだ何も成し遂げてないのに死ぬのは嫌だ」と思った。
僕は今、ここで何を成し遂げたいんだろう?
ニュースで見た今朝の事件は、遠い世界の出来事みたいだった。
今度は行方不明者が出てる。大変なことだとは思うけど、あれが自分にも関係があるとは思えない。
そんなことを考えながらぼんやり歩いていると、不意に後ろから声がした。