キマイラ文庫

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サマータイムモンスターズ

横田 純

016

延長


 魔物襲撃の翌日。

 世界は終わることもなく続き、平穏な夏の一日が始まった――


 そう思っていた。


 自宅の壁にかかったカレンダーを確認した僕は、思わず息を飲んだ。


「なんで……?」


 消えていた8月以降の日付が|8月7日まで《・・・・・・》|復活していた《・・・・・・》。


〈カレンダーの日付が8月7日まで延長されました。各国の研究機関は引き続き原因を調査しています――〉


 居間のテレビから淡々とニュースを読み上げるアナウンサーの声が聞こえる。

 スマホのカレンダーも8月7日まで日付が表示されている。


 やっとの思いで7月31日を乗り越えたのに。


 これは、まさか――


 次に魔物が襲ってくるのは『8月7日』ってことなのか?



 ◆ ◆ ◆


 7月31日。


 魔物に囲まれた僕らの前に、大阪弁の少年――ローリーが現れ、一瞬にして魔物を殲滅した。

 ちらほら残っていた魔物は逃げ去り、魔王城は|陽炎《かげろう》のように消え去った。


「……消えた。なんやねん、あれ」


 ついさっきまで魔王城が浮いていた上空を見ながら、ローリーはつぶやく。


「みんな、ケガあらへんか?」


「はい」と瀬凪が答える。


「何なん? ジブンらいっつもあんなんと戦ってんの?」


 僕らはローリーの明るい大阪弁に戸惑いながら、小さく首を振った。


 僕はローリーに聞きたいことが山ほどあった。

 どこから来たのか。どうやって魔物を倒したのか。

 ローリーが持っていた|紫黒色《しこくしょく》の石――あれは何か関係があるのか。


「今そんな話しとる場合やないやろ。あのバケモン、まだ村のどっかにおるかもしれん」


 そう言って、ローリーは村の中心部に向かって歩き出した。


「細かいことは明日でええやろ。無事やったらみんなで一緒に水風呂でもキメようや」


 去り際に「ほな」とだけ言って、ローリーは僕らの前から姿を消した。



 ◆ ◆ ◆


「イッチ、お客さんだよ」


 朝食の片付けをしていた母さんの声に振り返ると、アリサが玄関に立っていた。


「アリサ! 無事でよかった」


「うん……」


 いつもの強気な態度とは違って、アリサは珍しく遠慮がちだった。 

 僕らは外に出て、話し始めた。


「ごめん。あの時、イッチの話を信じなくて」


 アリサが申し訳なさそうに|俯《うつむ》く。


「魔物の話、本当だったのに。あたし……」


「いいんだよ。僕だって、人から聞いた話だったら信じなかったと思う」


 そう言って、僕はアリサに昨日の戦闘について話した。

 アリサはまっすぐ僕の目を見て、真剣に話を聞いていた。


「……たぶん、次に魔物が襲ってくるのは8月7日。昨日は僕らだけで戦うしかなかったけど、大人たちも昨日の魔物の襲撃を見たはずだ。だから次は、ちゃんと話をすれば協力してくれる人もいるんじゃないかと思う」


 するとアリサは、一瞬はっとした顔をして、すぐに顔をそむけた。


「それ、無理かも」


「どうして?」


「魔物は大人には見えないみたい」


「大人には見えない――?」


 僕は思わず言葉を失った。


「あたしは家にいたから、商店街に来た魔物もこの目ではっきり見たんだよ。でも、うちのお母さんも、その時髪を切ってたおじさんも、全然見えてないみたいだった。窓のすぐ外にいた魔物にも、空に浮いてたお城にも気づかなかったの」


 アリサは自分のスマホの画面を見せながら続ける。


「写真を撮ってインスタに上げたら、同じ写真なのに魔物が見える人と見えない人がいた。見えてる人は『なにこれヤバい』ってコメントするのに、見えない人は『何も写ってないじゃん』って」


「適当にコメントしてる……わけじゃないよな」


「うん。見えてる人にDM送って話を聞いたら、中学生とか高校生ばっかりで……だから、写真に写しても、見えるのは子供だけなんだと思う」


 衝撃だった。


 じゃあ、僕らはこれからも大人の助けなしで、魔物との戦闘に勝ち続けなきゃいけないのか?


「イッチ、一緒に来て。村がどうなってるか見にいこう」


 アリサの提案に|頷《うなず》き、僕たちは商店街を目指した。



 ◆ ◆ ◆


 商店街は、まるで大きな台風が過ぎ去った後のようだった。

 看板は傾き、シャッターは曲がり、店先の商品棚が倒れたままになっている。

 道路にはいくつか黒く焦げた跡が残り、窓ガラスが割れた店も見受けられた。



「まったく、昨日はすごかったねえ」


「本当に。急にシャッターがべコーンって潰れたから、びっくりしちゃったよ」


「向こうの家では火が出たってよ。あそこんちの爺さんが軽い怪我したって」


「死人が出なくてよかったねぇ」



 大人たちは状況の重さをまるで理解していなかった。

 みんな、|本当の危機が《・・・・・・》|見えていない《・・・・・・》。



「ねえイッチ……あたしたちだけでなんとかなると思う?」


 アリサの質問に、僕は黙り込んだ。


「これからどうすればいいの……?」


 アリサは肩を震わせていた。目には不安と恐怖が浮かんでいる。

 返事に困っていると、後ろから声が聞こえた。


「イッチ!」


 振り返ると、蝉丸と瀬凪が駆けてきていた。

 二人とも息を切らしている。

 きっと僕を探してあちこち走り回ったのだろう。


「カレンダー、見た?」蝉丸が言う。


「ああ」


「これってさ、やっぱり次は8月7日に――」


「そうだと思う。次に魔物が来るのは8月7日だ」


「どうしよう……?」


 瀬凪が僕を見て呟く。



 大人たちに頼れなくなった今、僕ができることは。

 頭の中でローリーが言った言葉が|蘇《よみがえ》る。



 ――無事やったらみんなで一緒に水風呂でもキメようや。



 あの人に会えば何かわかるかもしれない。


 この村で、水風呂をキメられる場所はひとつしかない。



「健康ランドに行ってみよう」


 蝉丸と瀬凪が顔を見合わせて、すぐに同意した。


「アリサはどうする……?」


 アリサは唇を噛み、しばらく地面を見つめていた。

 汗で額に張りついた前髪を何度も耳にかけ直しながら、やがて意を決したように顔を上げると、いつもの強気な表情に戻って言った。


「このままヘコんでても仕方ないもんね。あたしも一緒に行く」



◆ アリサが 仲間にくわわった!