サマータイムモンスターズ
横田 純
044
大人のやり方
8月9日、午後。
なつまの森公園のあずま屋に防衛隊メンバーが集まった。
「さて、諸君。次回の襲撃に向けて、いくつか話したいことがある」
僕らはテーブルを囲むベンチに座り、湯水准教授が持ち込んだホワイトボードを見つめていた。
ホワイトボードがあるせいか、いつもより会議っぽさが増している。
湯水はホワイトボードに『8.14 問題点』と書き込み、全員の顔を見渡した。
「まずひとつ。次の襲撃は村祭の日と重なっている」
ホワイトボードに『村祭』『大勢の人出』『危険』と書き込まれる。
「この日、高校生組は戦闘に参加できない。この状況でどう戦うかだ」
夏摩村の村祭は、高校生以上になると何らかの役割を負う決まりになっている。
|獅子上《ししがみ》は出店の屋台、|鞘《さや》は神輿の担ぎ手、|乙吉《おときち》はやぐらの上で太鼓を叩くことになっていた。
それでも、高校生たちは全員会議に来てくれている。
「最悪、太鼓を放り出して魔物をぶっ飛ばしにいくぜ」と乙吉。
「ああ、私も神輿を放り出す」
「神輿を放り出したら危ねぇだろ! 残った人が潰れちまう! 鞘ちゃん、それはやめとけ」
乙吉と鞘のやり取りを黙って聞いていた獅子上も、神妙な顔で頷いている。
全員、村を守りたい気持ちは同じだった。
「高校生たちも戦いたいだろうが……問題はまだある」
湯水はホワイトボードに『情報』と書いた。
「先日の戦いで気づいたと思うが、スマホのグループ通話だけで連絡を取り合うのは無理がある。各チームが今どんな状況なのか、途中からほとんど何もわからなかっただろう?」
その通りだった。
展望台から戦局を見ることに集中していた僕でさえ、商店街の様子は肉眼では確認できなかった。支援部隊として商店街にいたアリサとホタルの通話で、ようやく状況を把握できたのだ。
展望台から見えない橋や、ドラゴンの火球で火災が発生した場所の情報は無いに等しかった。
「広範囲にわたる戦闘で重要なのは『情報』だ。これが勝敗を分ける大きな鍵になる」
湯水はそう言って、足元に置いていたダンボールをテーブルの上に載せ、
「イッチくん、開けてみてくれ」
みんなの視線が集まる中、ダンボールを開ける。
箱の中には、真新しい小箱に入ったスマートウォッチが詰め込まれていた。
「うわっ、これ今年出たばっかりの最新型だよ!? こんなにたくさん……!?」
ガジェットに詳しい蝉丸が目を丸くして箱の中を覗き込む。
驚いて湯水准教授の方を見ると、湯水はにやりと笑いながら、
「防衛隊の新装備だ。次回から全員これをつけて戦ってくれ」
思ってもみなかった贈り物に、まず小学生たちがわっと群がる。
「すげぇ! かっこいい!!」
「なんという厳かな輝き……! 俺様の邪気が増幅していくのを感じるぞ!」
「そんな機能ついてるわけないだろ。フトシもフジキューも落ち着けよ」
湯水は小学生たちの反応を満足そうに眺めながら、話を続けた。
「残念ながら邪気が増幅する機能はついていないが、代わりにスペシャルな新機能をつけておいた。君たちのパワーが数値化されて表示される『ステータス機能』だ」
「ステータス機能!?」
小学生たちがさらに目を輝かせる。
僕は以前、湯水准教授に見せてもらったタブレットのことを思い出した。
防衛隊メンバーの能力が数値化されたデータ──
おそらく、あれが見られるのだろう。
スマートウォッチをいじり倒していた小学生たちは、すぐにステータス機能にたどり着いた。
「うわああ! HP、MPって書いてある!」
「ホントにゲームみたいじゃん!!」
「そう。ゲームみたいにしたんだよ。君たちにはこういう方が馴染むと思ってね」
大騒ぎする小学生たちを尻目に、湯水准教授は僕らの方に向き直り、マジメな顔で言った。
「先日の戦闘で、獅子上くんと乙吉くんは相当危険な状態に追い込まれたよな?」
急に話を振られた獅子上と乙吉は、ぴくりと身を震わせる。
「獅子上くんはドラゴンから商店街を守りきった後、地面に転がって立てなくなっていた。乙吉くんの技は一発の威力が高い反面、消耗の激しさが段違いだ。しかし君たちは強がって『まだやれる』と言っていただろう?」
「やれるっすよ! あんなやつらに負けてらんないっす」
乙吉が口をとがらせて言い返す。
湯水は「その意気は素晴らしい」と前置きした上で、
「目の前にいればサポートもできるが、もし離れた場所で戦っていて音声でしか情報が得られなかったら、君たちの状態を正確に判断できる者は誰もいない。最悪、死ぬぞ」
今度ばかりは乙吉も何も言い返せなかった。
「だから、これが必要なんだ。これによりバイタルを常にチェックして、全員のステータスをリアルタイムで共有できるようになる」
「すごいやん! 遠慮なく使わせてもらうで」
ローリーがひょいとスマートウォッチの箱を取る。
それを皮切りに、他のメンバーたちも遠慮がちに箱を選び、自分のスマートウォッチを確保した。
「さらに!」
湯水准教授が声を張り上げる。
「各所の状況を正確に把握するため、村の至るところにライブカメラを設置した」
教授はタブレットを取り出し、画面を見せる。
「カメラの映像はスマホでいつでも見られる。同時に数か所の映像を映しておくことも可能だ。スイッチングして別のカメラに切り替えることもできるし、スマホからの操作でズームイン・アウトもできる」
湯水の操作で村の各所の様子がタブレットに映し出される。
角度も位置も計算されており、画質も良好だ。
カメラにはそれぞれ|簡易識別番号《ナンバー》が振られており、その数は100を超えていた。
「すごい! これなら村のどこにいても戦況がわかりますね!」
ホタルが感嘆の声を上げる。
しかし、アヅは不思議そうな顔をしている。
「こんな精度の高いカメラを100個以上も……? 昨日今日で……?」
ふと見ると、助手のデコイが奥のベンチにうつ伏せで倒れ込んでいた。
どうやらカメラの設置はすべてデコイが行ったらしい。
しかもデコイは、こんな状況でもまだウサギの着ぐるみを着せられていた。
足元に転がるウサギの顔は、汗と土にまみれて泣いているようにも見えた。
声をかけたかったが、疲れているのを起こすのも忍びない。
僕は心の中で「本当にお疲れ様です……」とデコイさんをねぎらった。
スマートウォッチとライブカメラ。
湯水の授けてくれた新たな装備で士気が上がる。
そんな中、ずっと何かを気にしていた様子だった瀬凪が、遠慮がちに口を開いた。
「あの……湯水准教授」
「なんだ?」
「カメラとスマートウォッチ、本当にありがとうございます。でも、これ……高かったんじゃないですか……?」
たしかにそうだ。
全員分の最新型スマートウォッチと、100台以上もの高性能なカメラ。
湯水准教授は一体いくら遣ったんだろう?
「君たちがそんなことを気にする必要はない。これが大人のやり方さ」
湯水准教授は笑った。
「ともかく、私にできることはやった。これで何とか勝ってくれ」
アリサが不安そうに手を挙げた。
「あの……あたしも今度は戦わなきゃいけないのかな……」
「大丈夫だよ」
蝉丸がアリサに優しく声をかける。
「僕でも戦えたんだから、暇坂さんならきっと大丈夫。武器も作ってあげるから」
「本当?」
「うん。暇坂さんに合った武器を考えてみるよ」
瀬凪もアリサの肩に手を置いた。
「一緒にがんばろう。私も怖いけど、みんながいるから」
アリサは少し勇気づけられたようだった。
僕は無意識に胸元をさすった。
シャツの下には、昨日できた円形の|痣《あざ》がある。
戦力は明らかに不足している。
そして何より──『|神の軌道修正《コントロール・ゼット》』をどこまで使えるか?
「イッチ」
瀬凪が僕の隣に来た。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」
「がんばろうね」
瀬凪は優しく微笑んで、みんなの輪に加わっていった。
8月14日の作戦は『秒殺』。
魔物が大量に現れる魔王城付近に戦力を結集し、一気に打ち倒す。
人が大勢集まる村祭の日──
僕らは被害を出さずに魔物を食い止めるため、準備を進めていった。
◆ 襲撃まで 残り5日