キマイラ文庫

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サマータイムモンスターズ

横田 純

030

8月7日:小学生3人VS魔物300体

 ドラゴンの吐き出した火球は展望台の下にある田んぼめがけて飛んでいった。


「うおおおぉぉぉー!!」


 フトシが叫びながら飛び込み、両手を広げて火球を迎え撃つ。



 ドカァァン!



 ものすごい衝撃と閃光。

 もうもうと立ちのぼる煙が晴れると、フトシが全身真っ黒になって体をこわばらせていた。


「ぐっ……熱いよーーー!!」


「フトシ!! 大丈夫か!?」


 |次春《つぐはる》が叫ぶと、フトシは汚れた顔を拭きながら、


「ううう……! あっ! ああ~っ!!」


「どうした!?」


「ポケットに入れてたコロッケが灰に……」


 フトシはべそをかきながら残念そうな顔で言った。

 次春はスマホに向かって叫ぶ。


「イッちゃん! フトシは元気だよ! でも魔物がどんどん来てる!」


 僕は展望台から村一帯を見回した。村北端の上空に現れた魔王城からスライム、ゴブリン、スケルトンなどの小型魔物が地上に降り立ち、田畑を荒らしながら南下してくる。空を飛べる魔物は村全域に散らばり、展望台からは確認できない。


「各所、状況を教えてください!」


〈アリサだけど、魔物は商店街に降りてこないよ!? 商店街スルーして別の場所に向かってる!〉


「別の場所……!?」


〈おい鞘ちゃん、なんか魔物がメッチャこっち来てないか……?〉


 乙吉の声が震えている。続いて鞘の声が聞こえた。


〈橋の上空に飛行型の魔物が多数出現。戦闘を開始する〉


 初動で橋を狙ってきた。

 飛べる魔物が橋を落として逃げ場をなくし、地上を歩く小型魔物が数の暴力で押しつぶす作戦。

 この動き、明らかに|統率されている《・・・・・・・》。


 指揮しているのは――


 上空を見上げると、ドラゴンがゆっくり羽ばたきながら浮遊していた。


「ローリーさんっ! ドラゴンに攻撃できますか!?」


〈アカン! 距離が遠すぎる! もうちょい降りてくれんと手も足も出ぇへん!!〉


「了解です! ローリーさんは橋の援護を! 展望台組は小学生たちに合流して、歩いてくる魔物を倒します!」


 スマホからみんなの〈了解!〉の声が返ってくる。

 僕はクワを握り、瀬凪と蝉丸に向き直った。


「行こう」


「うん!」


「いや、ちょっと待って」


 瀬凪は頷いたが、蝉丸が僕を止めた。


「イッチはここを動かないで。加勢は僕と陽菜乃川さんの二人で行く」


「どうして!?」


「イッチは隊長だろ? ここでみんなを指揮してほしい」


 蝉丸はまっすぐ僕を見据えて言った。


「戦況は1秒1秒変わるんだ。イッチまで前線に出たら村のどこが危ないのか誰もわからなくなる。それが一番まずい」


「でも……! あの魔物の数を見ろよ、僕も戦わないと!」


「イッチが戦うとしたら最後だよ」


 そう言って、蝉丸は上空のドラゴンを見上げた。


「たぶん、あいつを倒さないとこの襲撃は終わらない。小型の魔物は僕らが引き受けるから、その間にあいつを倒す方法を考えてほしい」


 僕が? ドラゴンを倒す方法を――?


「大丈夫。イッチならできるよ」


 瀬凪が僕に言った。


「私も怖いけど……がんばるから」


 瀬凪の体は小さく震えていた。

 怖いのは僕だけじゃない。みんなで乗り切るんだ。


「……わかった。蝉丸、陽菜乃川、小学生たちの援護を頼む!」


 僕がそう言うと、二人は力強く頷いて展望台から飛び降りていった。



 ◆ ◆ ◆


 田畑を踏み荒らしながら迫ってくる小型の魔物。

 数は200――いや、300はいるだろうか。


 小学生3人は意外にも落ち着いた様子で、こちらに前進してくる魔物の集団を眺めていた。


「こないだの倍以上いるな」


 首から下げた双眼鏡を覗きながら次春が言った。

 それを聞いたフトシが、黒こげになった服を払いながら答える。


「やっぱり今日が本番だっていうのは間違いなさそうだねぇ」


「フッ、問題ない。今日の俺様は以前の俺様とは違う! 負けるはずがないっ!!」


 7月31日はガーゴイルの前で転んで震えていたフジキューも、今日は余裕が見える。


「よし……いくぞ!!」


 次春の号令で、小学生3人は能力を開放した。


"|弾力少年《スーパーボールマン》"!!


 フトシは全身を硬いゴムに変化させ、地面を蹴って跳ね回るように魔物の集団に突っ込んだ。

 フトシは走るのが苦手だが、全身をゴム化すれば走るよりも機敏に動ける。体のどこに当たっても敵が弾け飛ぶし、ダメージも軽減できる。ドラゴンの火球にいち早く反応し、間一髪で防げたのもこの能力のおかげだった。


「やるなフトシ! 僕だって!」


 次春が弓を引くように構え、片目をつぶって狙いを定める。


"|追尾する流星《ホーミングスター》"!!


 次春が後ろに引いた右手の指を弾くと、五本の光の矢が一体の魔物を撃ち抜いた。


「今度は全体攻撃っ!!」


 次春が再び右手を引いて、真上に向かって指を弾く。

 空に向かって放たれた五本の光の矢は弧を描くように空中で分散し、五体の魔物を撃ち抜いた。


「フハハハハ! 次は俺様の番だ! 闇の力を見せてやる!!」


 フジキューは包帯を巻いた左手に力を込め、魔物に向かって突き出した。


"|絶望の黒き稲妻《ダークサンダーブレード》"!!


 フジキューの手から黒い稲妻がほとばしり、魔物が次々と石に変わっていく。


「す、すごい……」


 展望台から坂を駆け下りながら戦局を見守っていた蝉丸が声をもらす。

 3人の小学生は魔物の群れを圧倒していた。

 もともと石集めに熱中していた彼らは石への執着心が強く、その甲斐あって強力な技を身につけた。

 だが、小学生たちには|致命的な欠点《・・・・・・》があった。


「だ、だめだ……もう動けない……」


 フトシのゴム化が解除され、息も絶え絶えで地面に倒れ込む。


「俺様の稲妻も消えた……どうやら力を使いすぎたらしい……」


 フジキューも左手を押さえて地面に膝をついている。

 技の威力ばかりを重視した二人は消耗が激しく、すぐに体力を使い果たしてしまうのだ。


「二人とも! もう限界なの!?」


 次春だけがまだ技を放ち、魔物の進行を食い止めている。

 技の燃費まで考えて能力を発現させたのは、3人のうち次春だけだった。


「僕だけじゃ押さえきれないよ! 早く立ってーーー!!」


 泣きそうな声を上げる次春に魔物が迫る。

 そこへ瀬凪が駆け込んだ。魔石の力を帯びて青白く光る果物ナイフで、舞うように魔物を切り倒した。


「次春くん、助けにきたよ」


「瀬凪さんっ!!」


 次春がうれしそうな声を出す。

 蝉丸も少し遅れて次春のもとにやってきた。


「ハァ、ハァ……。次春くん、僕らもここで……ハァ……戦うよ。フゥ、一緒にがんばろう」


「蝉丸さん……! ありがとうございますっ!!」


 深々と頭を下げた次春を見て、蝉丸は肩で息をしながら親指を立てた。



 そしてこの時、ずっと上空を浮遊していたドラゴンが突然鋭い咆哮を上げた。

 巨大な翼を強く羽ばたかせ、村の中心部へと一直線に飛んでいく。

 狙っているのは――


「商店街だ!! |獅子上《ししがみ》さんっ!! 商店街にドラゴンが向かってます!!」


 僕の叫びとほぼ同時に、ドラゴンは口に溜めた炎を放った。