キマイラ文庫

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サマータイムモンスターズ

横田 純

027

下見と本番

 8月5日。


 なつまの森公園のあずま屋に、夏摩防衛隊のメンバーが集っていた。


 なつまの森公園は広大な里山公園だ。総面積は東京ドーム約54個分。周囲には豊かな木々と芝生が広がり、野鳥や昆虫など様々な種類の動植物が生息している。地元の木材で作られたあずま屋には木の長テーブルが二つ|据《す》えつけられ、僕らはそれを囲む長椅子に腰かけていた。


「よし、集まったな」


 湯水准教授が白衣の|裾《すそ》をひるがえして|颯爽《さっそう》と現れた。


「今日は全員集合ということで、情報共有と作戦会議を行いたい。まず、新しく仲間になったメンバーを紹介する」


 湯水がそう言うと、皆の視線が高校生たちに集まった。


 茶色のツナギの袖を腰に巻きつけた獅子上が頭を下げる。

 その横では黒いロングヘアを揺らす鞘も礼儀正しく挨拶した。

 赤いTシャツに短く刈り上げた髪の乙吉は、「よろしくな!」と元気よく手を振る。

 苗は両手でシュレディンガーを抱え、緊張した様子で目線をちらちら動かしていた。


 そして、もう一人。


「|縄代《なわしろ》ほたるです。よろしくお願いしますっ」


 僕らの同級生で、農機具メーカー『ナワシロ』の社長令嬢。

 なんとホタルは家庭部-1グランプリで優勝し、トロフィーを持って凱旋してきたのだった。


「ホタル! 優勝おめでとう!」


 瀬凪が拍手しながら暖かい声援を送る。


「えへへ、ありがとうございますっ」


 ホタルはうれしそうに両手を胸の前で合わせて微笑んだ。


 ホタルが戻り、高校生が3人も仲間になり、苗ちゃんの黒猫は虎に変身するらしい。

 ひとりで村を駆け回っていた夏休み初日と比べれば相当な戦力アップだ。


 湯水は防衛隊の活躍を簡潔に伝えると、すぐに『石』の説明を始めた。


「魔物は活動を停止すると石になる。この石を『|魔石《ませき》』と呼ぶことにしよう」


 魔石を携帯すると超自然的な能力が開花する。僕らはそれを「魔物の力が使える」と解釈していたが、湯水の調査で新たな事実が判明した。


「魔石には相性があるらしく、人によって合う石、合わない石がある。同じ石でも、扱う人によって効果に差が出るようだ」


「石を使うにも才能があるってことですか……?」


 蝉丸がおずおずと聞くと、アリサが頬を膨らませて言う。


「才能って! ヤな聞き方するね~!」


「ご、ごめん」


「人によって向き不向きがあるってことでしょ? 前に出てドカーンって殴る方が合う人もいれば、後ろでサポートする方が好きな人もいる。でしょ!?」


「それを才能って言うんじゃあ……」


「文句あんの!?」


「ない! ないです!」


 湯水は二人のやり取りを見て微笑み、「まあ、能力には向き不向きがある。そういうことだな」と話をまとめた。


 今、魔石をコントロールできているのはローリーだけだ。他のメンバーはまだ自分に合う魔石が何なのかもわかっていない。

 集めた魔石から各自に合うものを探すのは時間がかかりそうなので、僕らは先に襲撃について話を進めた。


 次の襲撃予定日は8月7日。

 カレンダーはそこで途切れている。


「残り2日か……」


 獅子上が腕を組みながら呟いた。

 その横でホタルが「まだ全然準備ができていません……」と不安そうに俯く。


「人が増えたのはええことやけど、まだ村の全域を守るには心もとないんちゃうか?」


 ローリーの言葉に、全員が頷いた。


「メンバーはなんぼおってもええ。他に仲間になってくれそうなやつはもうおらんのか?」


 それを聞いて、乙吉が急に立ち上がった。


「俺の手下を連れてくりゃあ100人はカタいぜ!」


「100人!? すげぇ!!」


 フトシが目を丸くして驚く。

 小学生たちはすっかり信じ込んでいるようだが、鞘はため息をついて言った。


「ホラを吹くな。手下なんかいないだろ」


「いや……そうだな。ちょっと暗くなりそうだったから盛り上げようと思って」


「純真な小学生を|騙《だま》すな」


 鞘と乙吉のやり取りに、僕らは苦笑いした。


「高校生おったら心強いと思うねん。兄さん達、友達に声かけてもらえへんか?」


 ローリーは身を乗り出して獅子上たちに提案するが、獅子上は厳しい表情で言う。


「……難しいな」


「村の危機やねんで!?」


 ローリーは納得いかない様子で食い下がる。獅子上は冷静に答えた。


「村が危ないから|戦おう《・・・》と考えるやつがどれぐらいいると思う? 普通ならまず逃げることを考える」


「……たしかにな。バスや電車で魔物の影響がない場所まで逃げる方が現実的だ」


 鞘も同調する。獅子上はさらに続けた。


「俺たちはミノタウロスと戦った。はっきり言うが誰でも戦えるわけではないと思う。魔石を使っても、死なないわけじゃないんだろ?」


 その言葉に、あずま屋の空気が張り詰めた。

 全員の表情が硬くなる。

 ローリーもようやく納得したのか、肩を落として言った。


「ほな、メンバーはこれで全員か。もう増えそうにないんか?」


 高校生たちの話を聞きながら、僕はアヅの顔を思い浮かべていた。


 |阿妻《あづま》|日鶴《ひづる》――

 シニアの野球チームに所属するエースで四番の同級生。

 きっと力になってくれるはずだ。


「アヅは?」


 僕が言うと、蝉丸はスマホの画面をタップしながら答えた。


「アヅのチームは全国大会を勝ち進んでる。決勝は8月7日だよ」


 襲撃と同じ日。アヅの力は借りられない。

 僕はアヅのことを簡単に説明し、「次の襲撃には間に合わない」と伝えた。


「……ま、ええか。探し集めた石|使《つこ》て、次の襲撃も快勝や!」


 みんなの緊張もほぐれ始めた時、ひとりだけ固い表情の湯水が「その件について話がある」と告げた。


「8月7日の襲撃が、前回と同じようにいくとは思えない」


「なんでやねん! あんなに魔物が出たのに死人はゼロ! ワイら完封したんやで?」


「そう。死人はゼロだった」


 湯水は言葉を選ぶように間を置いてから続けた。


「おかしいと思わないか? 魔物の数に対して被害が少なすぎる」


 美容室にいたアリサと着ぐるみを着て逃げ回っていたデコイの証言によると、商店街には大量の魔物が押し寄せてきていた。

 だが、実際の被害は店や家屋が少し壊れて|小火《ぼや》が起きた程度。だからこそ村の大人たちは、まるで台風が過ぎ去ったような調子で危機感なく笑い合っていたのだ。


「仮説を立ててみた」


 湯水の声が冷たく響く。


「7月31日は魔物にとって、ただの|下見《・・》だとしたら?」


 下見。


 つまり。


「これから攻める場所を見に来ただけっちゅうことか……?」


 固まったローリーの脇で、瀬凪が震える声で言った。


「じゃあ、|本番《・・》は――」


 言葉を完結させる必要はなかった。

 全員の頭に同じ考えが浮かんでいた。



 8月7日、魔物が総攻撃をしかけてくる。

 そうしたら今度こそ被害者が出て、村は破壊し尽くされるかもしれない。


 あずま屋を包み込む森の静けさを、蝉の声が埋めていった。



◆ 襲撃まで 残り2日