キマイラ文庫

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サマータイムモンスターズ

横田 純

036

また来週と魔物は言った

「やった……!」


 日没が近づき、空は赤く染まり始めていた。

 上空に浮かんでいた魔王城がゆっくりと霧に包まれ、雲の合間へと消えていく。


〈報告。村の各所に落下した火球の消火は完了した。延焼もなく被害は最小限だ〉


 スマホから|鞘《さや》の声が聞こえた。

 続いて、


〈橋……守りきったぜ。ざまあみろ〉


〈商店街も……無事だ〉


 息も絶え絶えの高校生男子たちの声。

 その後すぐにアリサの声がした。


〈うわー! 獅子上さん! 道路にうつ伏せに転がってるじゃないですか! ちょっとホタル、獅子上さんの足持って! 二人で運ぶよ!〉


〈はいっ。獅子上さん、失礼いたします〉


〈よ、よせ……自分で……歩ける……〉


〈とか言いつつまったく動く気配ないじゃないですか! あたしたちに任せてください!〉


〈わたしも……はこぶ……〉


〈苗ちゃん! よーし、一緒に運ぼー!〉


〈よ、よせ……大丈夫……だ……〉


 スマホから聞こえてくるやり取りで、僕らはやっと笑顔を取り戻した。


 2025年8月7日、18時47分のことだった。



 ◆ ◆ ◆


 その夜、僕らはアヅマートの前に集まった。


 アヅマートは商店街から少し離れた川のほとりに建っている。

 まわりを田んぼに囲まれて、遠くの山々が見渡せる見通しのよい場所だ。

 村の中ではわりと広めの道路沿いだが、車なんてめったに通らない。

 僕らはひび割れたアスファルトの駐車場で今日の襲撃を振り返った。


「大急ぎで調べたが今回も死者はゼロだ。みんな、よくやってくれた」


 湯水准教授の言葉に、防衛隊メンバーが沸き立つ。


「よっしゃ、完封! 二連勝や!」


 ローリーがガッツポーズを決めるのを見て、僕らは和やかに笑い合う。

 みんな疲れきっていたが、力を合わせてドラゴンを退けた余韻が心地よかった。


「アヅ、本当に助かったよ」


 僕はアヅの肩をポンと叩いた。


「それで……チームの方は?」


「ああ。優勝したってよ」


 アヅはわずかに|微笑《ほほえ》んだが、すぐに真剣な表情で言った。


「でも、これで終わりじゃないだろ」


 アヅは店の倉庫から持ってきた在庫の日替わりカレンダーをみんなに見せた。

 今度は『8月14日』まで日付が延長されていた。

 その日付を見て、村に住むメンバーたちの表情が一変した。


「なんや? なんかマズイんか?」


 村の外から来ているローリー・湯水・デコイは不思議そうな顔をしている。

 僕は重たい口を開いた。


「8月14日は――村祭の日なんです」


 夏摩村の村祭は、長年続く伝統的な祭だ。

 毎年8月15日・16日の2日間にわたって近隣で開催される西日本最大級の民謡の祭典『デカンショ祭』に先駆けて行われるため、この日ばかりは全国各地から大勢の観光客が夏摩村を訪れる。

 商店街には出店が並び、山頂から打ち上がる約1000発の花火を目当てに人がごった返す。


 夏摩村が一年で一番賑わう日――

 そこに魔物が来る。


「……ヤバイやん」


 ローリーから笑顔が消えていた。


「今日は私の『がけ崩れ警報』のおかげで村人の外出を最小限に抑えられたが――長年続いてきた由緒ある村祭を中止させられるとは思えんな」


 黒縁眼鏡を中指で持ち上げながら、湯水准教授も神妙な顔をした。

 さらに追い打ちをかけるように、獅子上が言った。


「次の襲撃……俺をチームから外してくれ」


「なんでや!?」


 ローリーが焦ったような声を出す。

 シュレディンガーを抱きかかえた苗も、不安そうに獅子上の顔を見上げた。


「夏摩村の村祭は、高校生以上になると何らかの役割を負う決まりになっている。人口の少ない田舎だからな。若い衆は運営に駆り出されるんだよ」


「運営って何すんねん?」


「出店の屋台だ」


「そんなもん他のやつにやらしたらええやんけ!」


「村祭の出店はうちの牧場経営にも関わってくる重要な収益源だ。手を抜くことはできない」


「村が潰されたら牧場もなくなるんやぞ!」


「わかってる! 話を最後まで聞け!!」


 獅子上の怒声が夏の|夜気《やき》に響き、ローリーの言葉を|遮《さえぎ》った。

 急に訪れた沈黙の中、虫の声だけが周囲を満たしていく。

 ややあって、獅子上がゆっくりと口を開く。


「……今日の戦闘では空を飛ぶ魔物が村中を襲ったよな。魔物の出方次第で動きを変える必要があったから、最初に決めた担当地域から場所を移動したメンバーもいた。だが、住民が少なかったから道にはほとんど誰もいなくて、スムーズに移動できた結果なんとか持ちこたえられたんだ。人でごった返す村祭の日に、そんな臨機応変な対応ができると思うか?」


 獅子上の発言に反論できる者はいなかった。


「俺は戦わないとは言っていない。だが、商店街に出す屋台からほとんど動けないだろう。やれることは今日と同じくバリアで商店街を守ることぐらいだが――祭の日はやぐらが建って、|提灯《ちょうちん》もぶら下がっている。村中を|山車《だし》が練り歩くから視界を遮るものも多くなる。今の俺の力では商店街全域を覆うバリアは張れないし、今日のような精密な防御ができるとは思えない。だから俺を戦力として計算するのはやめてほしい。それが言いたかった」


「……なるほどな。獅子上くんの言うことも|尤《もっと》もだ」


 湯水准教授が高校生たちの方を見て続けた。


「さっき獅子上くんは『高校生以上になると何らかの役割を負う決まり』だと言ったね。つまり|十六夜《いざよい》さんと|乙吉《おときち》くんも村祭に駆り出される予定なんだな?」


 ペットボトルのファンタオレンジを片手に持った乙吉が答える。


「……そうっすね。俺はやぐらの上で和太鼓叩くことになってます」


 続いて、乙吉の隣に立っていた鞘も。


「私は|神輿《みこし》の担ぎ手を」


「和太鼓と神輿か。となると戦闘に参加するのは難しいだろうな」


「いや、村が襲われて死人が出たら元も子もない。私は戦う」


「待てよ鞘ちゃん。気持ちはわかるけどムズいだろ。神輿の担ぎ手全然いねぇって自治会長がボヤいてたぞ。オッサンたちみんな腰とかやっちまってて今年は神輿が出せねえかもって」


「人の命と神輿どっちが大事なんだ!」


「そんなこと俺に言うなよぉ!」


 鞘と乙吉の言い合いを聞きながら湯水准教授はタブレットに視線を落とし、何かを考えるようにその場を歩き回っていたが、急に僕の方に向き直って言った。


「イッチくん、どうする?」


 みんなの視線が一斉に僕に集まる。

 今日の襲撃で絶大な戦果を挙げた高校生3人が参加できない――

 しかも、次は無関係の人間が大勢いる中での戦闘になる。最大の危機だ。


 僕は疲れ果てていたが、アドレナリンのせいか頭の回転はむしろ冴えていた。

 パズルのピースがはまるように次々と戦略が組み上がり、気づいた時には話し始めていた。


「18時になった瞬間に全員で敵のボスを攻撃しましょう」


 防衛隊メンバーがざわめく。

 僕は話を続けた。


「魔物はボスを倒せば撤退する――過去2回の襲撃ではそうでした。だから今日みたいに橋や商店街に戦力を分散させるのはやめて、魔王城が現れる展望台付近に全戦力を集中させて一気に魔物を押し返すんです。展望台付近なら祭の中心部からはだいぶ離れているし、無関係な人が巻き添えになるリスクも減らせる。獅子上さんと鞘さんと乙吉さんは自由に動けないとはいえ祭の中心に近い場所にいますから、最悪の場合は3人に助けを求めます。被害を出さずに勝つにはこれしかない」


 それを聞いて、湯水はにやりと笑った。


「――秒殺か。異議なしだ」