サマータイムモンスターズ
横田 純
043
検証と代償
8月8日の昼下がり。
僕は一人で村はずれの森に来ていた。
これから僕の能力『|神の軌道修正《コントロール・ゼット》』の検証を行う。
現時点でわかっていることは3つだ。
ひとつ。
この能力は『元に戻す』能力。
直前の行動を取り消して、やり直すことができる。
ふたつ。
PCの|Ctrl+Z《コントロール・ゼット》と同様、左手中指と小指を動かすと発動する。
みっつ。
この能力で記憶を消すことはできない。
気になるのは『直前の行動を取り消す』という部分。
どのくらい前のことまで元に戻せるんだろう?
僕は地面にノートを広げ、結果を書き留めながら検証を進めた。
◆ 検証(1) 制限時間
前方の木に向かって石を投げる。
カツン、と音を立てて石が木に当たり、地面に落ちた。
僕は落ちた石に意識を集中させ、左手中指と小指を動かす。
次の瞬間、地面に落ちていたはずの石は|僕の手の中にある《・・・・・・・・》。
これがこの能力の基本動作だ。
次は石を投げてから、わざと時間を置いてみる。
10秒、20秒、30秒……
1分経ってから能力を発動してみる。
何も起きない。
石は|地面に転がったまま《・・・・・・・・・》だ。
何度か試してみたが、厳密に何秒と決まっているわけではないようだ。
だいたい20秒から30秒の間に境界線がある。
これはおそらく僕の集中力が影響している。
検証のために能力を連続発動しているせいで、どうしても精度が落ちる。
気を抜いて適当に指を動かしただけでは元に戻せないのだ。
逆に、ゾーンに入るぐらい集中していれば、1分後でもいける気がする。
伸びしろがあるのはうれしいことだけど、それを計算に入れるのは危ない。
制限時間は20秒から30秒と思っておくのがよさそうだ。
◆ 検証(2) 対象を複数にできるか?
缶コーヒーの空き缶と、水の入ったペットボトル。
これらを同時に前方に投げる。
材質も重さも違うふたつの物体。宙を舞う軌道も微妙に違う。
僕はふたつをぼんやり視野に入れながら、能力を発動した。
すると、空き缶だけが手元に戻ってきた。
ペットボトルはそのまま地面に落ちて、ころころ転がった。
もう少し試してみよう。
10回やって、戻ってきたものの結果を書きとめる。
空き缶。ペットボトル。空き缶。ペットボトル。ペットボトル。
空き缶。空き缶。ペットボトル。ペットボトル。空き缶。
ふたつとも戻ってきた回は一度もない。
どうやら対象を複数にするのは難しいようだ。
この能力は、対象を明確に意識しないと発動しない。
◆ 検証(3) 射程距離
展望台に登り、村を見渡す。
遠くの田んぼに白い鳥がいる。シラサギだ。
稲穂の間をゆっくり歩いている。
やがてシラサギが羽ばたき、空に飛び立った。
その瞬間、僕はシラサギに意識を集中し、能力を発動させる。
何も起きない。
シラサギはそのまま悠々と空を飛んでいく。
ここからじゃ遠すぎるのか?
どのくらいなら届くんだ?
展望台を降り、田んぼのあぜ道を歩く。
用水路の近くで、スズメが数羽、地面をついばんでいた。
スズメまでの距離、およそ30メートル。
僕は足音を殺して近づき、スズメたちを見つめる。
一羽が飛び立った瞬間、能力を発動した。
飛び立ったスズメが|地面に戻っていた《・・・・・・・・》。
何事もなかったように、また地面をついばみ始める。
30メートルなら届く。
何度か試してみると、おおよそ50メートルから先は効果が薄れるようだった。
対象は僕の視界に入る近い位置だけ──
遠く離れた場所で誰かが傷ついても、僕には助けられない。
……いや、まてよ。『映像』ならどうだろう?
映像越しでも能力が届くなら、遠くても戻せるかもしれない。
スマホで動画サイトを開く。
ちょうど甲子園の生中継をやっていた。
ピッチャーが投球モーションに入る。
僕は画面の中のボールを食い入るように見つめ、意識を集中させた。
白球がピッチャーの手を離れ、キャッチャーミットに収まるまでの|僅《わず》かな瞬間。
僕は能力を発動した。
何も起きない。
画面の中では、普通に次の投球準備が始まっている。
やっぱりダメか。
映像越しでは能力は届かない。
僕の能力は、|対象を《・・・》|直接見ていないと《・・・・・・・・》|発動しない《・・・・・》ようだ。
……しかし、これが成功していたら、とんでもないことになってたな。
大観衆の詰めかける甲子園で、ピッチャーの投げたボールが消えて、グラブの中に戻っている。
何が起こったのか説明できる人は誰もいないだろう。
「あぶな。勢いで試すのはやめよう」
失敗してよかった。
そういう検証もある。
◆ 新たな疑問と仮説
ここまで検証してきて、筋が通らないことが出てきた。
7月31日の襲撃で僕が殺された時は、|村ごと《・・・》|7月19日に《・・・・・・》|戻された《・・・・》。
これは能力の制限を大幅に超えている。
なにか『限界を突破する条件』があるはずだ。
最初の7月31日、僕は目の前で瀬凪が殺されるのを見た。
二度目は、わかっていたのに襲撃を回避できず、村が滅ぼされた。
やり直したいと強く願った。それ以外は頭になかった。
これは『高いレベルで集中していた』と言えるんじゃないか?
我を失うほどの、激しい感情の|昂《たかぶ》り──
これがトリガーなのかもしれない。
思いの強さで限界を超える。
根拠は薄いけど妙にしっくりくる。
それ以外に、7月31日から7月19日に戻った理由は説明できそうにない。
◆ 検証結果
結果をまとめると、こうだ。
・元に戻せる制限時間は20秒から30秒の間。
・対象を複数にするのは困難。戻す時はひとつずつ。強く意識する必要がある。
・射程距離は30メートル。50メートルを超えると安定しなくなる。
そして、ここが一番大切なところだ。
思いの強さで、能力の限界を突破できる。
◆ ◆ ◆
日が傾き始めた頃、僕は家に戻った。
数え切れないほど能力を発動して、体が重い。
しかし、有意義な時間だった。
今日わかったことを頭の中で整理しながら、風呂場に向かう。
汗ばんだシャツを脱いだ時──
僕は自分の体を見て、息を呑んだ。
胸のあたりに、円形の|痣《あざ》ができていた。
直径5センチほどの、どす黒いリング状の染み。
転んだりぶつけたりした記憶はないし、触っても痛くはない。
ただ、それは呪いの刻印みたいな、不気味な存在感があった。
嫌な予感が胸を締めつける。
僕は慌てて服を着直し、次春の部屋に向かった。
次春は机に向かって、ノートに何か書き込んでいた。
たぶん次春も、今日の特訓の成果をまとめていたのだろう。
「次春」
「ん? なに、イッちゃん」
「お前、魔石を使って……何か変わったことなかったか?」
次春は不思議そうな顔で僕を見た。
「変わったことって?」
「ほら、マンガでもよくあるだろ? チカラが強すぎて体が耐えられないとか」
「あー。そういうことね」
次春はイスから立ち上がり、腕を回したり膝を曲げ伸ばしたりして、
「今のところ、そういうのはないみたい。フジキューとフトシも特訓の時は倒れるまで魔石を使うけど、翌日になったらピンピンしてるし、むしろ魔石のおかげでふたりとも体力ついて元気になってる気がするよ」
「……そうか」
「何? なんか心配ごと?」
「いや、なんでもない」
僕は次春の部屋を出て、上の空のまま風呂に入り、自分の部屋に戻った。
布団に横になり、天井を見つめる。
みんな魔石を限界まで使ってるのに。
他の防衛隊メンバーにこんな症状が出たという話は聞いていない。
なぜ、僕だけ──?
昨夜届いた手紙の文字が、頭の中でちらつく。
|その力に頼るな《・・・・・・・》
|このままでは死ぬ《・・・・・・・・》
僕は布団の中で、自分の胸に手を当てた。
シャツ越しに|痣《あざ》の場所がわかる。
少しだけ皮膚が硬くなっている気がする。
このまま使い続けたらどうなるんだろう。
怖い。
死にたくない。
でも……
そんなの、みんな同じだ。
みんな口には出さないけど、怖くないわけない。
死ぬかもしれないのはわかってて、それでもみんな戦ってる。
誰も死なせずに勝つために、僕はこの能力を使うだろう。
たとえ、その代償がどんなものであっても。
眠れない夜が、静かに更けていった。
◆ 襲撃まで 残り6日