キマイラ文庫

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サマータイムモンスターズ

横田 純

032

8月7日:炎の中で

「各所、被害状況を教えてください!」


 展望台から身を乗り出しながら、僕は叫んでいた。

 上空から放たれたドラゴンの火球が山の斜面に二発当たり、その後もドラゴンは商店街を押しつぶすように連続で火球を吐き出した。僕が確認できたのはそこまでだった。


〈イッチさん、商店街は無事です!〉


 スマホからホタルの声がした。


〈|獅子上《ししがみ》さんが守ってくださいました。ですが……獅子上さんはもう限界です!〉


 獅子上は自らの能力を全力で発動させ、商店街を間一髪で守りきっていた。

 しかし、ドラゴンの攻撃をたったひとりで防ぎ続けた代償は大きく、片膝をついて動けなくなっていた。


〈まだだ……俺はまだやれる〉


 スマホの向こうで、獅子上の荒い息づかいが聞こえる。


〈ここは心配いらねえ……だから……あいつを何とかしてくれ〉


 商店街の上空を飛ぶドラゴンが次々と火球を吐き出す。

 獅子上の展開した半透明のバリアがドラゴンの攻撃で何度も揺らいだ。無敵かと思われたバリアがメキメキと音を立ててひび割れていく。スマホから聞こえる獅子上の声からも、彼が限界に近づいているのは明らかだった。


「くそっ……!」


 僕は唇を噛みしめた。


 バリアを逃れた火球がひとつ、またひとつと村を囲む山や田んぼに落ちていく。

 何とかしてドラゴンを地上に降ろさないと手が出せない。


 7月31日の経験から、僕らは地上戦を想定して能力を選んでいた。

 中距離・遠距離攻撃を身につけたメンバーもいるが、それもあくまで陸戦用の技。

 はるか上空を飛ぶドラゴンを撃ち落とす対空の超|遠距離《ロングレンジ》攻撃を持つメンバーはひとりもいなかった。


〈村のあちこちで火が出てる! 展望台の下も燃えてるよ!〉


 蝉丸が早口で状況を報告する。


〈誰の家にも当たってない! だけど、山の斜面は木が多くて火の回りが早いんだ!!〉


 夏摩村を囲む山から煙がいくつも上がっていた。

 このままじゃ村が焼け野原になる。

 地上を襲う魔物も、数は減っているはずなのに勢いを増しているように見えた。


 その時だった。

 橋を防衛していた高校生のうちのひとり、|九頭竜《くずりゅう》|乙吉《おときち》が叫んだ。


「|鞘《さや》ちゃん、行ってくれ! あんな離れたとこの山火事、俺じゃどーにもなんねぇ! だけど鞘ちゃんの能力ならイケるだろ!?」


「正気か!? 私がここを離れたら橋を守るのは二人になるんだぞ!?」


「二人じゃねえ。|一人《・・》だ。ローリー、テメェも行け!」


 橋の援護に来ていたローリーが驚いて乙吉の方を見る。


「何言うてんねん!? まだ魔物がぎょうさん押し寄せてきてんねんで!?」


「だからだよ! これ、あいつ倒さねえと終わらねぇんだろ!?」


 乙吉はそう言って、上空のドラゴンを指さした。


「お前、ひいじいさんの遺言で来たらしいじゃねぇか。地元でもねぇ村守って命かけるなんてマジリスペクトだ。でもよぉ、こんなとこでいつまでもザコ倒しててもラチあかねぇんだよ!! お前の持ってる石すっげーんだろ!? 魂込めて、あいつブチ抜いてこいよ!!」


「お……|乙兄《おとにい》……!」


 ローリーは乙吉の熱意にあてられて、両手にぐっと力を入れた。


「おおきに!」


 ローリーは橋を離脱して、ドラゴンの真下に向かって走り出した。

 そのやり取りを見ていて、鞘も気持ちが固まった。


「乙吉、死ぬなよ」


 鞘は橋のたもとに停めたバイクに飛び乗り、燃えさかる山の斜面に向かって走り出した。

 これで橋を守るのは乙吉ただひとり。

 空を飛ぶ魔物の群れが、一瞬にして乙吉を取り囲む。


「俺はよ……ミノタウロスが来た時、逃げるばっかで何にもできなかったんだ」


 拳を握りしめながら、乙吉は吐き捨てるように言った。


「俺はそんな自分が許せねえし、苗ちゃん怖がらせたテメェらも許せねえ!!」


 魔物たちを鋭く|睨《にら》みつけ、腰を落として構え直す。

 黄金色に輝く太陽のようなオーラが乙吉の右手を包み込み、燃えるようにほとばしる。

 右手をまとうエネルギーが乙吉の体の倍以上に膨れ上がっていく。


「俺は獅子上みてぇにできた人間じゃねぇからよ。みんなを守るなんてやさしい能力じゃねえ。|シンプルに《・・・・・》|テメェらを《・・・・・》|ブッ飛ばす能力《・・・・・・・》にした」


 みんなで石を選んだ時に、鞘が言った言葉を思い出した。


 獅子上の能力が『最強の盾』だとするなら、乙吉の能力は『最強の矛』だな――


「後悔しやがれっ!!!」



"|九頭竜拳《くずりゅうけん》"!!!



 乙吉が振るった右手は爆発するような音を立てて無数の魔物を消し飛ばした。

 拳の生み出した爆風と光に飲まれて消えながら、いくつもの断末魔がこだまする。

 乙吉はたった一発で数十もの魔物を石に変えた。

 だが、その代償に体力の半分以上を失っていた。


「ハァ……ハァ……やっぱな。ケンカはタイマン上等だからよぉ。もしまたミノタウロスの野郎が現れたら、今度は正面からブッ飛ばしてぇって、それだけ考えてたからな……」


 乙吉の抱える問題も技の燃費に関するものだった。

 今までは出力を限界まで抑えながら橋を防衛していたのだった。

 空を見上げると、大量の魔物がこちらに飛んでくるのが見えた。


「……かかって来いやぁ!!!!」


 橋の真ん中で叫ぶ乙吉に、魔物が群がっていった。



 ◆ ◆ ◆


 橋を離脱した鞘は、立ちのぼる煙を目印に全速力でスーパーカブを走らせる。

 最初に火球が着弾してからまだ1分も経っていないが、火の勢いが凄まじい。

 このままの勢いで燃え続けたら、村が焼け野原になるのは時間の問題だ。


 きっと乙吉は技を使うだろう。

 だとすれば、一刻も早く火を消して橋に戻らなくては。


 現在燃えているのは5か所。

 鞘の射程距離では、かなり近くまで移動しないと消火できない。

 そう思っていた時だった。


「ギシャアアアアッ……!」


 原付バイクの排気音にまぎれて、背後から不気味なうめき声。

 ちらっと後ろに目をやると、空を飛ぶ魔物が数匹、鞘のバイクを追ってきた。


「こっちにも来たか」


 鞘は勢いよくアクセルをひねり、スーパーカブのスピードを上げた。

 メーターの針が振り切れる。限界速度の時速60キロ。

 だが、それでも魔物を引き離すことができない。


「クソッ! |鬱陶《うっとう》しいやつらだ!」


 このまま走り続けるのは危険すぎる。

 鞘は急ブレーキをかけてバイクを停め、刀を抜いた。

 しかし、魔物は鞘を警戒してか、一定の距離を保ったまま近づいてこない。

 的を絞らせないためか、鞘の周辺を旋回するように飛んでいる。


 この距離では刀は届かない――

 それでも、鞘は落ち着いていた。


「悪いが、お前らにかまっている暇はない」


 鞘は流れるような所作で刀を構え、静かに集中した。



|水月《すいげつ》|一刀流《いっとうりゅう》――


"|漣《さざなみ》"!!!



 鞘の振るった刀から水流がほとばしり、一体の魔物を飲み込んだ。

 驚いた魔物の群れが動きを止める。

 その瞬間を、鞘は見逃さなかった。



|水月《すいげつ》|一刀流《いっとうりゅう》――


"|雨大蛇《あめおろち》"!!!



 刀からほとばしる水流が、蛇のようにうねりながら大気を切り裂いていく。

 水の大蛇が魔物に直撃し、なおも別の魔物を飲み込んで空中を突き進む。

 大蛇はすべての魔物を飲み込むと、パァンと音を立てて砕け散り、大量の雫となって降り注いだ。



「――地獄で|贖《あがな》え」



 鞘は再びバイクにまたがると、燃えさかる斜面に向かって走り出した。


 鞘の能力は『水を操る』能力――

 だから乙吉は、鞘に「行ってくれ」と頼んだのだ。


 火災現場にたどり着いた鞘はバイクから飛び降り、速やかに火を|鎮《しず》めた。


 しかし。



 ドゴォォン!!



「――!?」


 轟音を響かせて、新たな火球が別の場所に落ちた。

 ここからではかなり距離がある。


 せっかくひとつ消火したところなのに、これでまた5か所。

 鞘は上空で羽ばたくドラゴンをキッと|睨《にら》みつける。


 火に対する水――

 鞘の能力は、うまく扱えばドラゴンの脅威になるだろう。

 だが、今の自分の実力ではドラゴンに致命傷を与えることはできない。

 鞘は本能的にそれを感じ取っていた。


 以前戦ったミノタウロスにも、刀傷ひとつつけられなかった。

 硬い表皮に覆われた魔物に対抗するには、強い能力が|要《い》る。

 そして、能力を使いこなす|技術《スキル》や|身体《フィジカル》も――


 今より、もっと強くならなくては。

 鞘は悔しさを押し殺しながら、スマホに向かって言った。


「……このままではキリがない。頼む、隊長」