サマータイムモンスターズ
横田 純
040
余白:村の有力者
「失礼します」
現れたのはスーツ姿の中年の男性。
農機具メーカー『ナワシロ』の社長――
|縄代《なわしろ》|誠也《せいや》だ。
「お疲れ様です。遅くなってすみません」
誠也が現れると、それまで騒がしかった還暦超えの老人たちは全員静かになった。
「外で話を聞かせてもらいましたが……騒ぎ立てるだけの会合では意味がないんじゃないですか」
声は落ち着いていたが、威圧感があった。
誠也は椅子に座ることもなく、立ったまま続けた。
「今年の村祭も弊社で資金の大部分を|賄《まかな》っているんですから、やることはきちんとやっていただかないと」
誠也の厳しい言葉に、和寿真は身を縮めた。
昔、会社で受けた叱責を思い出す。結果を求められ効率を重視される世界。
あの頃の自分は、誠也のような人間になろうと必死だった。
しかし、今は違う。
村の人たちの「騒ぎ立て」にも、それなりの意味があることがわかる。
人と人との繋がりを大切にする、この村ならではの文化なのだ。
「まだ仕事があるので、失礼します。決定事項は後ほど弊社にお伝えください」
誠也はそう言って、さっさと店を出ていった。
誠也が帰るのを見届けてから、村の老人たちはまた文句を言い始めた。
「|忠也《ちゅうや》さんの頃はよかったなぁ。温かみがあってよぉ」
「せがれのあいつはダメだ。金だけ出せばいいってもんじゃねぇ」
「そうだ。あいつまだ40そこそこだろ? なんにもわかっちゃいねぇんだ」
喫茶店の中はいつの間にか『縄代誠也への不満を並べ立てる会』に変わってしまっていた。
和寿真は何も言えず、端の席で縮こまっているしかなかった。
注文したアイスコーヒーはとっくに飲み干してしまった。
それでも何かしていないと落ち着かず、溶けた氷をストローでちびちび吸い続けていた。
そんな時、和寿真と同じ端の席で、ハンカチを額に当てて汗を拭いながらずっと黙っていた老人が「あのう……」と弱々しく手を挙げた。
村長の|雲部《くもべ》|勝彦《かつひこ》である。
「……実は、役場に村祭の撮影依頼がきています」
「撮影?」
自治会メンバーの数人が、村長の話に食いついた。
「テレビクルーが村祭を撮影に来るそうです。当然テレビのニュースで流れますし、動画サイトでは村祭の模様を生配信するとのことです」
この話を聞いて、甚八の目が輝いた。
「俺もテレビに出られるのか!?」
「はい。祭の運営は自治会主導で行うので、責任者である自治会長の甚八さんにインタビューをと」
「おお! すげぇじゃねぇか!」
甚八の鼻息が荒くなる。
しかし、村長は落ち着いて言った。
「撮影依頼は大変ありがたいことです。ただ、今年の村祭は中止した方がいいんじゃないかと」
「中止だと……!?」
再び喫茶店の中がざわめき始める。
村長は、甚八やローラのような気性の激しい住民とは対照的だ。
いつも穏やかで、怒ったのを見たことがない。
静かに場の空気を読みながら、適切なタイミングで発言する調整役だった。
「先ほども話していましたが、ここ最近、村でおかしなことが多発していますよね。幸いけが人は出ていないようですが、村祭の日は大勢の観光客が訪れます。撮影されている時に何か起こったら、夏摩村は危険な場所だと全国に宣伝するようなものです」
自治会の面々は村長の話に頷いていた。
村祭の中止もやむなし──
そんな空気に抗うように、甚八が叫んだ。
「成功させりゃあいいんだろ!? 無事故無災害で祭を成功させる! それしかねえ!!」
甚八を突き動かしている理由のひとつに「テレビ」があった。
ああ、この人は自分がテレビに出られるから、なおさら祭をやりたいんだな──
甚八と付き合いの長い面々は、全員わかっていた。
困ったのは村長だ。
村長が粗野で乱暴な甚八を苦手としているのは和寿真にもわかる。
それでも責任感からか、村長は振り絞るように言葉を続けた。
「無事故無災害って……簡単に言いますけど、どうするつもりなんですか」
「それをこれから考える。そのための会合だ」
「原因すらわからない問題ばかりなんですよ? 対処しようがないでしょう……?」
「そんなこと言ってたら何もできなくなるだろうが!!」
甚八のその日一番の大声で、喫茶店の中はしんと静まり返った。
古いクーラーが風を吹き出すゴオオオという音と、外で鳴いている蝉の声。
さっきまで気にもとめていなかったその音が、店の中を満たした。
ややあって、甚八が再び話し始めた。
「俺は祭はやった方がいいと思う」
落ち着いた、低い声だった。
「だいいち、祭ってのは昔から不幸を吹っ飛ばすためにやるもんだろ? わけわかんねぇことがいろいろ起こってる今こそ祭をやるべきなんじゃねぇのか!?」
甚八は全員に向かって啖呵を切った。
和寿真が見たところ、自治会の面々は迷っているようだった。
村長の言うことも、甚八の言うこともわかる。
どうすべきか考えていた次の瞬間、
「なぁ皆本商店の若旦那! おめぇさんもそう思うよな!?」
甚八が急に和寿真の方を向いて叫んだ。
あまりにも突然だったので和寿真の頭が真っ白になる。
今まで会合には何度も出席していたが、こんなふうに話題を振られるのは初めてだった。
店内を埋め尽くす諸先輩方の視線が一気に集まる。
アンナも心配そうに和寿真の方を見つめている。
一瞬にして頭の中がぐるぐる回転する。
何を言えばいいのか。
村長が言ったことは全部正論だ。村長についた方がいいか?
でも、ここは甚八に同調しておく方が、この村では暮らしやすいかもしれない。
そこまで考えて、和寿真は気づいた。
そういうオトナの損得勘定が嫌で、自分は都会から戻ってきたんじゃなかったか?
もう考えるのはよそう。
和寿真は自分の心の赴くままに、ただ声を出した。
「子どもに……危険が及ばないといいですね」
第一声で子どもの話が口をついて出たことに、和寿真自身が一番驚いた。
その時、自分がなぜこの村に戻ってきたのかを思い出した。
両親に愛されなかった少年時代。
祖父母が築いてきた地域との信頼関係。
そして――今この村で暮らしている子どもたちの笑顔。
「カレンダーの日付が消えたり、建物が壊れたり、最近おかしなことばっかり起こってますけど……年に一度の村祭を楽しみにしてる住民は大勢います。娯楽も少ない村ですし、祭は僕もやりたいです」
和寿真の声は出だしこそ震えていたが、だんだんと力強くなっていく。
「でも、一番考えなきゃいけないのはこれからの村を担う子どもたちのことです。村の高齢化が進む中、村にいる子どもは財産だと思います。子どもに危険が及ばないように、僕ら大人がちゃんとしないといけないなと思います」
和寿真は一息ついて、最後に言った。
「そういう意味でも、今度の祭でテレビクルーが来てくれるなら、夏摩村をアピールするチャンスになると思うので……祭を成功させたいですね」
静寂の後、拍手喝采が起きた。
「そうだ! 俺達の力見せてやろうぜ!」
甚八が高らかに笑った。
自治会のメンバーも和寿真の話を聞いて「村祭決行」に気持ちが傾いたようだ。
各々のテーブルで一斉に祭の安全対策が練られ始める。
和寿真と同じ席に座っていた村長もその様子を見て、表情を崩した。
「和寿真くん、ありがとう」
「えっ……」
急に村長からお礼を言われ、和寿真は変な声を出す。
村長は微笑みながら「実は私も祭をやりたかったんです」と言った。
どうやら村長は立場上、みんなの前ではああ言うしかなかったらしい。
「具体的な対策はまだこれからですし、問題は山積みですが……協力して成功させましょう」
村長の言葉に力強く頷いて椅子に座り直すと、アンナが温かい眼差しでこちらを見ていた。
その笑顔を見て、和寿真の胸が温かくなった。
この瞬間、和寿真は本当の意味で村の一員になれた気がした。