キマイラ文庫

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サマータイムモンスターズ

横田 純

031

8月7日:商店街防衛戦

 ドラゴンの吐き出した火球が商店街めがけて飛んでくる。


〈ぎゃああああーーーっ!! マジやばいマジやばいマジやばい!!〉


 スマホからアリサの悲痛な叫び声が大音量で響き渡る。


〈アリサちゃん、スマホ! 撮影が途切れちゃう!〉


〈そんなこと言ってる場合じゃなくない!?〉


 アリサとホタルが撮影する動画には、商店街に迫る火球がありありと映っていた。

 数秒後には商店街に着弾する。しかし、撮影を続けることしかできない。

 二人は戦況を伝える支援部隊で、ドラゴンの攻撃に対しては無力だった。


〈まだ死にたくないっ!! |獅子上《ししがみ》さんっ!! マジお願いしますーーーっ!!〉


 スマホから響くアリサの絶叫を聞いて、獅子上は集中力を高めた。


「……任せろ」


 獅子上は商店街の路上に立ち、飛んでくる火球を冷静に眺めていた。

 足元にはシュレディンガーを抱いた苗もいる。

 住民が最も多くいる商店街周辺を守るのは、実質この二人だけだった。


 理由は、|獅子上の《・・・・》|発現させた《・・・・・》|能力《・・》にあった。


"|百獣の防衛結界《ヴァリアブル・キングダム》"!!!


 獅子上が火球に向かって手を伸ばすと、獅子上の伸ばした手の先に城壁のような巨大なバリアが出現した。

 飛んできた火球はバリアに直撃し、ジュウウウウウと音を立てて消滅した。


「商店街には指一本触れさせねえ」


 そう言って、獅子上は上空を飛ぶドラゴンを|睨《にら》みつける。

 ドラゴンは商店街上空を旋回しながら、さらに火球を吐き出してきた。


「甘ぇっ!!」


 獅子上が再び火球に向かって手を伸ばす。

 先ほど発生したバリアがすごい速さで伸縮し、獅子上の手の動きに合わせて形を変える。

 火球はまたも獅子上のバリアによって防がれた。


「ほら、どうした? どんどん来いよ」


「グァアアア……!! グァオオオオオオッ!!!」


 ドラゴンは|苛立《いらだ》ったような鳴き声をあげた。

 ビリビリと大気が震える。思わず耳を塞ぎたくなるほど大きな声が村中に響き渡った。


「自慢の火を防がれてイラついてんのか? いいぜ、何度でも防いでやるよ」


 ドラゴンは口内に多くの炎を溜め、連続で火球を吐き出した。


「甘ぇって言ってるだろ!!」


"|百獣の防衛結界《ヴァリアブル・キングダム》"!!!


 獅子上は両手を使い、異なる位置に二つのバリアを発生させた。

 飛んでくる火球を|見据《みす》え、力を込めて両腕を振るう。

 腕の動きに反応して二つのバリアが高速で形を変え、飛来する火球をすべて受け止めていく。


「シシガミさん……」


 苗が獅子上の背中を見つめながら心配そうな声を出す。


 一発でも防ぎ損ねたら、一瞬で商店街が火の海になるだろう。

 火球の威力はすさまじく、スピードも速い。一度たりとも失敗できない状況で巨大なバリアを長時間操り続ける過酷さは、獅子上の体力と精神を確実に削っていた。

 村を守るために戦うことには前向きだったが、精一杯自分を鼓舞していないと倒れてしまう。だからこそ、獅子上はドラゴンを挑発するような発言をくり返していた。言葉が通じるかどうかではなく、自分自身を奮い立たせるために重要なことだった。


 全身全霊で火球に集中しながら、獅子上は苗の方を見ずに言った。


「苗、大丈夫だ。ここは俺が守る。お前はそこにいろ」


「…………」


 苗はシュレディンガーをやさしく地面に降ろし、獅子上の足に抱きついた。


「なっ……!? 危ないだろ、離れてろ」


「……おうえん」


「あ?」


「シシガミさん、がんばってる。でも、わたし何もできない……だから……」


 獅子上は苗の方を見ていなかったが、自分の足の感覚で苗の両腕に力が入っていくのがわかった。


「……わかった。そこにいろ」


「……うんっ!」


 獅子上と苗の姿を見て、シュレディンガーがニャアォと鳴いた。

 その瞬間、シュレディンガーの体から光が放たれ、小さな体が大きくなっていく。

 シュレディンガーはあの時と同じ、翼を持った虎の姿に変身した。


「シュレディンガーも一緒に戦いたいって」


 獅子上の足に抱きついたまま、苗が言う。

 ふっ、と笑って獅子上は言った。


「ああ。みんなで一緒に戦うぞ」


 シュレディンガーは咆哮を上げると、翼を羽ばたかせて空へ飛び立った。

 火球をすり抜けてドラゴンに向かっていく。

 しかし、迫り来るシュレディンガーを|嘲笑《あざわら》うかのように、ドラゴンはさらに高く上昇した。シュレディンガーは真下から|睨《にら》みあげたが、一定の間合いで空中に留まるしかなかった。それ以上は近づけないようだった。


 ドラゴンは高度を上げたまま村をぐるりと見回して、口の中に炎を溜めている。


「おい……まさか……」


 嫌な予感がする。獅子上は警戒を強めたが、すでに手遅れだった。

 ドラゴンは村の各地に向かって、同時に何発もの火球を吐き出した。


「くっそがぁ!!!」


"|百獣の防衛結界《ヴァリアブル・キングダム》"!!!

 獅子上はめいっぱい両手を伸ばしてバリアを発動した。ドラゴンが吐き出した火球のいくつかはバリアに当たって消滅したが、バリアを出現させられる射程距離には限界がある。

 ついに防ぎきれなかった火球がふたつ、夏摩村を囲む山の斜面に直撃した。


「やっちまった……!!」


 獅子上が火球の行方を目で追った、その一瞬の隙に、


「シシガミさん! 上!!」


 苗の声で弾かれたように真上を見上げる。

 ドラゴンの火球が目の前に迫っていた。


――やべえ。死ぬ。


「うおおああああああああ!!!」


 獅子上はがむしゃらに両手を振り回し、降り注ぐ死の雨を迎え撃った。