キマイラ文庫

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サマータイムモンスターズ

横田 純

033

8月7日:援軍

 なにか指示をしなければいけないのはわかっていた。

 だけど僕は何も言えず、展望台から見える景色を眺めていた。


 商店街以外を狙ったドラゴンの火球は容赦なく村を焼いていく。

 地上の魔物をいくら倒しても襲撃は終わらない。

 このままじゃダメなのは痛いほどわかっている。


 だけど――どうすればいいんだ!?


 僕が頭を抱えたその時。

 |彗星のように《・・・・・・》|青く光る何か《・・・・・・》が向かいの山から発射され、ドラゴンの片翼を撃ち抜いた。


「グォォオオオオオオッ!!!」


 右翼に小さな穴が開き、ドラゴンは空中で大きくバランスを崩した。


 悲鳴にも似た|咆哮《ほうこう》が村全域に響き渡る。

 しかし、ドラゴンはすぐに羽ばたきを強めて急上昇した。

 小さな穴一つでは飛行を止められないようだ。


 すると、向かいの山からもう一発、青く光る弾丸が発射された。

 ドラゴンは空中で身を|翻《ひるがえ》して回避を試みるが、弾丸は数秒に1回のペースで立て続けに飛んでくる。

 ついにはよけきれず、弾丸が連続でヒットした。



 |あんな能力を《・・・・・・》|持っている《・・・・・》|メンバーはいない《・・・・・・・・》。


 ――誰だ? 誰がやったんだ!?



〈イッチ、遅れてすまない。俺も戦う〉



 スマホからよく知った声が聞こえた。


 画面に表示された名前は――

 『|阿妻《あづま》|日鶴《ひづる》』!!!



「アヅ!? どうして……!? 大会は!?」


〈チームメイトに任せてきた。あいつらならなんとかしてくれる〉


「アヅはエースで四番なんだろ!? アヅがいないと――」


〈地元、見捨てろってのか?〉


「――!!」


〈こんなの、放っておけるわけないだろ〉



 アヅの言葉に僕は息を飲んだ。



〈アリサのインスタ見たんだ。魔物が商店街にいる写真――あれ見てずっと気になってた。チームメイトには申し訳ないけど、俺だってこの村好きなんだ。壊されてたまるかよ〉



 アヅは上空を飛ぶドラゴンを鋭い眼差しで眺めている。



〈……あいつは正面からねじ伏せる〉



 ドラゴンは自分の翼を撃ち抜いた敵の正体を探るように、アヅのいる山を|睨《にら》んでいた。



 ◆ ◆ ◆


「間に合ったか」


 ランクルのハンドルに両手を預け、湯水はフロントガラスからアヅのいる山を見上げた。

 後部座席に座ったデコイは着ぐるみの頭を小脇に抱えたまま、いまいち状況を飲み込めていない様子で聞いた。


「あの子、イッチくん達の友達ですよね。来るって知ってたんですか?」


「知ってるも何も、私が連絡しておいたんだ」


「えっ!? どうやって連絡したんです!? 誰かに連絡先を聞いたんですか?」


「おいおいデコイくん、君は本当に現代の若者か? 今どき連絡先なんぞ聞かなくても、SNSという便利なものがあるじゃないか。探したんだよ、彼のアカウントをね」


「な……なるほど……!」


「2日前にイッチくんがアヅくんの名前を出した時、信頼のおける人物なんだろうと思った。だが防衛隊の中学生はみんなやさしい子だから、大会を勝ち進んでいたアヅくんには誰も連絡しようとしなかった。だから私が連絡した」


「空気読まないっすねぇ」


「合理的と言ってほしいな」


 湯水はシートにもたれかかり、ミュートにしていたグループ通話のマイクをオンにして言った。


〈私にできるのはここまでだ。奴を倒してくれ〉



 アヅは地面に置いたエナメルバッグの中から硬式野球ボールをひとつ取り出した。


 熟練した|投擲者《とうてきしゃ》の腕から放たれる一撃は、単純な物理攻撃の何倍もの破壊力を持つ。

 体の複数の部位を高度に連携させ、獲物を仕留めるのに十分な速度で物を投げられる動物は人間以外にはいない。この能力こそが、弱小の猿だった人類が地球の支配者になれた理由のひとつだった。


 古代から続く人類最強の武器――

 |投擲《とうてき》の力は、戦況を一変させる切り札になりうる。

 たとえ相手がドラゴンだったとしても!


 アヅはボールを握り直し、ゆっくりと振りかぶった。

 左腕が青く輝き、魔石の力がボールに伝わっていく。

 アヅの発する強力なオーラは、展望台下のあぜ道で戦う瀬凪や蝉丸にも見えるほどだった。



「ひ、|陽菜乃川《ひなのがわ》さん、あれ……!」


「アヅくん……!!」



 危険を察知したのか、ドラゴンはさらに高く舞い上がり、距離を取った。


 アヅのオーラの凄まじさに、湯水も思わず目を細める。

 ランクルの後部座席に乗っていたデコイも車から身を乗り出して山頂を見つめた。


「あ、青い……! 彼すごいっすよ!」


「そうだな。彼の闘争心とセンスはメンバー内でもトップクラスだろう。魔石について大して説明する時間もなかったのに、現れたのは火を吹くドラゴンだと伝えたら、彼は即刻ドラゴンに対応できる魔石を自分で選んだからな」


「天才じゃないっすか! とすると、アヅくんが選んだのは『氷』の魔石ですね!!」


「いや、残念ながら『氷』の魔石は彼には適合しなかった」


「え!? じゃあ……アヅくんは一体なんの魔石を持ってるんすか!?」


「――『|火《・》』だ」



 ◆ ◆ ◆


 その時、上空を浮遊していたドラゴンが急降下し、アヅのいる山頂めがけて火球を吐き出した。


 商店街に撃ち込まれていたものより数段大きい――

 おそらくあれがドラゴンの|最大出力《フルパワー》!!

 絶対に|避《よ》けられない!!



「アヅ!!!」



 僕は叫んだが、アヅの声はいつもと変わらなかった。



〈大丈夫〉


〈俺、普段あんまり叫んだりしないし、クールだとか冷静だとか言われてきたけど――〉


〈本当はいつだって燃えてたんだ〉



 アヅは迫る火球に狙いを定めて、小さく|頷《うなず》く。

 左腕から|青く輝く炎《・・・・・》が吹き上がる。



"|青い火の玉《ブルーブレイズ》ストレート"!!!



 山頂から青く燃える|弾丸《ボール》が放たれ、まっすぐドラゴンの火球へと突き進む。


 一瞬の激突。


 圧倒的に大きい赤い炎に青い光が飲み込まれそうになった次の瞬間、青い炎が赤を切り裂き、爆発するような音を立ててドラゴンの火球が霧散した。

 青い弾丸は空中に塵を舞い上がらせながら、はるか上空のドラゴンの片翼を完全に吹き飛ばした。



〈やった!!〉



 スマホから防衛隊メンバーの歓喜の声が|溢《あふ》れる。

 片翼を失ったドラゴンは苦しそうな悲鳴をあげながら、バランスを失って落下し始めた。



〈まだ生きてる……! とどめを……!〉



 アヅの苦しそうな声が聞こえる。

 訓練もせずにぶっつけ本番で魔石を使った反動で、体力を使い果たしたようだった。


 アヅの作ってくれた|好機《チャンス》、絶対にムダにしない!



「ローリーさんっ!」


〈オッケーや! もう向かっとる!!〉



 ドラゴンの行方を目で追いながら展望台を駆け下りる。

 あぜ道に差し掛かったところで、瀬凪と蝉丸が走ってくるのが見えた。



「イッチ! 歩いてくる魔物は全部倒したよ!」


「ハァ……ハァ……あとは……フゥ……ドラゴンだけだ……!」



 ドラゴンは夏摩村を囲む山間に落ちていった。

 轟音を立てて木々をなぎ倒しながら墜落する巨体を目で追いながら、僕らは一目散に走り出した。



「――行こう。あっちだ!」



 砂利を蹴り、息を切らしながら、僕らは3人でドラゴンの落下地点を目指した。