キマイラ文庫

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サマータイムモンスターズ

横田 純

042

8月8日:CONTINUE

 縁側で風鈴の鳴る音が聞こえる。

 僕は自宅の畳に寝転がりながら、ぼんやりと天井を眺めていた。


 昨日の激戦の疲れがまだ体の奥に残っている。

 ドラゴンとの戦い。何度も発動した『|神の軌道修正《コントロール・ゼット》』。

 瀬凪が崖から落ちそうになった瞬間、蝉丸が火球に焼かれそうになった光景──

 すべてが頭の中でぐるぐると回っている。


 視線を上げると、鴨居に飾られた額縁が目に入る。

 大判の白黒写真。

 和服を着て凛と立つ、若い男性が写っている。


 物心ついた時からずっとここに飾られているこの写真。

 普段なら気にも留めないけど、今日はなぜか妙に気になった。


 写真の男性は、どこか僕に似ている気がする。

 いや、僕がこの人に似ているというべきか。


「父さん」


 居間で朝のニュースを見ていた父さんを呼んだ。


「これ、誰の写真?」


 僕が額縁を指差すと、父さんは振り返って言った。


「ああ、それか。じいちゃんの写真だよ」


「じいちゃん?」


「|神明《しんめい》|清始郎《きよしろう》。お前からすれば、ひいおじいさんだな」


「どんな人だったの?」


 父さんはテレビを消して、少し考えるような顔をした。


「俺は会ったことないんだよ。|俺の親父が生まれる前《・・・・・・・・・・》に亡くなったらしいから」


「──えっ?」


 頭の中で描きかけていた家系図が、一瞬でよくわからなくなった。

 父さんもそれを察したのだろう。「敬称略して簡潔に言うぞ」と前置きして補足してくれた。


「清始郎の妻が妊娠した。妻の妊娠中に清始郎が死んだ。その後生まれたのが俺の親父。俺の息子がお前」


「清始郎さんはいつ亡くなったの?」


「たしか……大正末期だったかな。まだ若かったらしい」


 大正末期。

 ということは、|ちょうど《・・・・》|100年ぐらい前《・・・・・・・・》だ。


「なんで亡くなったの……?」


「いや、そこまではさすがに……なんでそんなこと聞くんだ?」


 父さんの問いかけで我に返る。


「いや、なんとなく。ずっと飾ってあるのに、誰なのか知らなかったから」


「そうか。まあ、先祖のことを知るのはいいことだ」


 父さんはそう言ってテレビをつけ直した。


 僕はもう一度、写真を見上げる。

 ローリーのひいおじいさん・|戎橋《えびすばし》|路暖《ろだん》は、100年前の襲撃の経験者──

 |神明《しんめい》|清始郎《きよしろう》も、100年前、この村で魔物と戦ったんだろうか?



 すると、バタバタと廊下を走る足音がして、次春が部屋に入ってきた。


「あ、イッちゃん! 起きてたの?」


「どうした?」


「フジキューとフトシと特訓してくる!」


 次春は和室の隅に腰を下ろし、リュックの中身を整理し始めた。


「昨日フトシがドラゴンの火球を受け止めたのはすごかったけど、あの技は持久力がなさすぎるよ。もっと長く戦えるようにしないとこの先絶対やられちゃうし、フジキューの"|絶望の黒き稲妻《ダークサンダーブレード》"ももっと強くできるはずだし……」


 リュックから取り出したノートに、特訓の計画らしきものが書きこまれていく。

 昨日の疲れなど微塵も感じさせない。

 やる気に満ちあふれているのがすぐわかった。


「それに夏祭の日は、獅子上さんと鞘さんと乙吉さんが戦えないんでしょ? だから僕たちが石を使いこなして、もっと強くならないと!」


 そこで僕は、昨日届いた手紙のことを思い出した。



 |その力に頼るな《・・・・・・・》


 |このままでは死ぬ《・・・・・・・・》



 差出人不明のあの手紙。

 僕は次春にさり気なく聞いてみた。


「そういえば次春、昨日お前に手紙きてたか?」


「手紙? ううん、きてないよ。なんで?」


「……いや、なんでもない」


 やっぱり、あの手紙は僕だけに届いたものらしい。

 少し迷ったが、僕は次春に少し踏み込んだ質問をした。 


「なあ次春、お前……怖くないのか?」


「え? なにが?」


 次春が手を止め、不思議そうに僕の顔を見つめる。


「前に獅子上さんと鞘さんが言ってただろ。村が危ないから|戦おう《・・・》って考えるやつがどれぐらいいると思う? 普通ならまず逃げることを考える、って。魔石を持てばすごい技が使えるようになるけど、死なないわけじゃない。魔物と戦うのが怖くないのか?」


 次春は「うーん」と言いながら少し考える素振りを見せたが、


「それ、考えるのムダかな、って思ってる」


「ムダって……?」


「怖いけど、やるしかないってこと」


 落ち着いた、迷いのない声だった。


「たとえば、魔物が大人にも見えるんだったら、お父さんとお母さんに『逃げよう』って言ったら遠くに行くことはできるかもしれないけど、いきなり引っ越すなんて無理じゃん。だいいち逃げたところでうちは農家なんだから、田んぼがないとお金がもらえないわけでしょ? こんなこと言うのもアレだけど、うちのお父さんが田んぼ以外の仕事ができるとは思えないし」


「……それはわかんないけど」


「んー、そうだね。今のはちょっとお父さんをナメすぎてるかも。でもさ、どのみち大人には魔物が見えないんだから、逃げようって言ったところで、よくて2泊3日だよ。夏休みの旅行でどっか行こうなんて話になるのが目に見えてる。それじゃ意味ないじゃん」


 小学5年生の次春が冷静に状況を判断していることに、僕は少し驚いた。

 面食らって言葉が返せずにいる僕を見ながら、次春は続けた。


「7月31日に展望台のところでガーゴイルにやられそうになった時、ほんとに怖かったよ。フジキューがやられて、次は僕らも殺されるんだって思ったら泣きそうになった。まだやりたいこといっぱいあるのに、これで死んじゃうんだって」


「だったら、状況がわかってる子どもだけでも逃げればいいだろ? そしたら死ななくて済むんだから」


「イッちゃん、それ本気で言ってるの?」


 次春が眉間にしわを寄せた。


「子どもだけで逃げて助かったとして、その後どうするの? 泊まるところもないし、食べものもないし、スマホだってすぐ使えなくなるよ。学校にだって行けなくなるし……それに、お父さんやお母さんや村の人たちが全員殺されるのがわかってて、何もせずに逃げて僕らだけ助かっても、そんなの全然うれしくないよ」


 その通りだった。


「でもさ、石のチカラで僕らは魔物を追い返せるじゃん。大人は何も知らないけど、何も知らないままみんなが殺されるなんて嫌だし、それを止められるのは僕らだけなんだから、怖くてもやるしかないでしょ?」


 本当に、その通りだった。


「まぁ、石を使って技が出せるのはちょっと楽しいけどね。だから死なないように特訓するんだ」


 そう言って、次春はリュックサックを背負った。


「イッちゃんもいろいろ考えてるみたいだけどさ、考えてるだけじゃだめなんだよ。行動をしてください、隊長」


 次春は改まって敬礼するポーズを取って、家を出ていった。



 一人になって、僕はまた何かを考えようとして、やめた。

 何もかも次春の言う通りだったからだ。


 やるしかない。

 今の状況を打開するには行動を起こすしかない。

 弟に教えられて少し格好悪いような気がしたけど、今気づけてよかったと思う。


 僕は立ち上がり、玄関に向かった。



 やるべきことは決まっている。


 僕の能力を検証する。