キマイラ文庫

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サマータイムモンスターズ

横田 純

009

3人の小学生


「よーし、作戦会議を始めるぞ!」


 商店街の中にある駄菓子屋の前。水色のベンチで、|次春《つぐはる》が右手を高く掲げる。


「今日こそ、絶対にかっこいい石を見つけるぞぉ!」


 赤いキャップを被ったフトシが鼻息を荒くしながら、地面に村の地図を広げる。


 フトシ――

 |花房《はなぶさ》|太志《たいし》は、精肉店『肉のハナブサ』の一人息子だ。

 彼の豊満なボディは、店の余り物のコロッケとカツでできている。

 ぷにぷにの二の腕と、ぽよんと出たお腹。運動はあまり得意じゃない。


「フッ、笑わせるな。一番かっこいい石を見つけるのは俺様だ」


 左腕に包帯を巻いたフジキューが妙なポーズをとりながら言う。


 フジキュー――

 |富士峰《ふじみね》|久治《きゅうじ》は、小道具にこだわるキザな友達だ。

 包帯を巻いてるけど怪我なんかしてないし、なんだったら先週までは政宗みたいな眼帯をして「拙者」と言っていた。

 小学1年の頃からずっと背の順で一番前。小さいけれど何かと目立っている。



 ここ、夏摩村の小学生の間では『石集め』が流行っている。

 人気なのは形のきれいな丸石や、宝石のように光る石。

 いい石を見つけたら、校庭の片隅にある『石バトル場』で自慢し合い、チャンピオンを決めるのだ。



「ガジュマさーん。アイスちょーだい!」


 フトシが店内に向かって大声を上げると、首にタオルを巻いた|無精髭《ぶしょうひげ》の若い男が姿を見せた。


「おう、いつものか?」


 ガジュマ――

 |皆本《みなもと》|和寿真《かずま》は、この駄菓子屋『皆本商店』の店主だ。

 数年前まで都会で働いていたらしいが、今は村に戻ってきて駄菓子屋を切り盛りしている。


「ガリガリ君ソーダ!」


「フッ、俺様にも同じものを」


「あ、僕はチョコモナカ!」


「了解。あ、そうだ。今日は新しいカードも入荷したぞ」


「マジ!? 見せて見せて!!」


 ガジュマは子供たちと同じ目線で話せる珍しい大人だった。

 流行っているゲームにも詳しいし、時には一緒に遊んでくれたりもする。

 モンスターを集めて戦わせるゲームでは『駄菓子屋のガジュマに勝つ』というのが、小学生の間でひとつのステータスになっていた。


 アイスを手渡しながら、ガジュマが次春に声をかける。


「そういえば次春、お前んちに都会から人が来たんだって?」


「え。ガジュマさん、なんで知ってるの?」


「狭い村だからな」


 そう言って、ガジュマは笑った。


「小さい女の子もいるって聞いたけど、会ったのか?」


 それを言われて、次春は苗ちゃんのことを思い出した。


 結局ひとりで面倒を見た。精一杯気を使いながら「どこから来たの?」「歳はいくつ?」と聞いたりもしたけれど、苗ちゃんはずっと黙ったまま、静かにお絵かきを続けていた。何故か兄がくれると言っていたガリガリ君3本だけが心の支えだった。

 げっそりしながら苗ちゃんの近くで立ったり座ったりをくり返していると、その30分後ぐらいに苗ちゃんのお母さんが戻ってきてくれて、次春はようやく自由になれたのだった。


「……ま、いいか。今日も石探すんだろ? 暑い中よくやるよなぁ。倒れないように水持ってけよ」


 そう言って、ガジュマは冷房の効いた店の奥に引っ込んでいった。



 3人が石探しの計画を練っていると、商店街を歩く人たちの話し声が耳に入ってきた。


「一郎くん、今日はどうしちゃったのかねぇ」


「ほんと。最近ずっと暑いからねぇ」


「心配だわねぇ」



 次春は耳をそばだてる。


 ――なんか……イッちゃん、噂になってる?



「ねぇ次春くん。お兄さん、具合でも悪いの?」


 近所のおばさんが、心配そうな顔で次春に声をかけてきた。


「さっきねぇ、『7月31日にマモノが来て、みんな死んじゃうんだ!』って叫びながら走り回ってたのよ」


「魔物!?」


 フトシとフジキューも、おばさんの話に興味津々だ。


「なんて言ってたかしら。大きなお城が空から現れて、そこから魔物の大群が攻めてくる……とか?」


「うわー! こ、こえー!」


「笑止! そんなのありえぬ話よ!」


「だよねー。マンガみたいな話」


 フトシとフジキューは「ありえない」なんて言いつつも、どことなくワクワクした様子だ。魔物が来たら面白そうだなって思っているに違いない。


 次春は考える。


 イッちゃん、どうしちゃったんだろ?

 朝、家を飛び出していって、そんなことを村のみんなに話しにいったの?


 イッちゃんはそんな現実離れした人騒がせな冗談を言う人じゃない。

 だとしたら、なにか理由があるはずだ。


「ね、ふたりとも」


 アイスを食べ終わった次春が、フトシとフジキューに向き直る。


「イッちゃんの後をつけてみない?」


 フトシとフジキューは顔を見合わせる。


「いいね!」


「賛成だ!」


 二人とも乗り気だ。


「でも、石探しはどうする?」


「たやすいことだ。石を探しながらスパイもすればいい」


「そうだね。それがいいと思う」と次春。


 小さい村だ。道も少ないし、人がいるところは限られてる。

 イッちゃんがどこにいるか、だいたい予想がつく。尾行なんて簡単なはずだ。


 それに、イッちゃんの話が本当だとしたら――

 本物の魔物が見られるかもしれない。


「よし! じゃあ作戦開始!」


 次春が立ち上がり、フトシとフジキューも続く。


「まずは情報収集だ! ターゲットが最後に目撃されたのはどこだ?」


「おばさんに聞いてみよう!」



 3人はアイスのゴミを駄菓子屋のゴミ箱に突っ込み、楽しげな声を上げて駆け出していった。


 その後ろ姿を、風船を持った着ぐるみのウサギが、じっと黙って見つめていた。