サマータイムモンスターズ
横田 純
049
8月14日:ゴーレム×4
祭運営本部のテントの中で、和寿真は呆然と立ち尽くしていた。
見たこともない巨人が、こっちに向かって歩いてくる。
観光客は楽しそうにスマホを向けて、動画や写真を撮っているが──
「和寿真さん……なんですか、あれ……?」
隣にいたアンナも、巨人を見て固まってしまっている。
「こっちが聞きたいですよ」
そう言うのが精一杯だった。
巨人は無感情に、まっすぐ商店街を目指して歩いてくる。
進路上にある木をメキメキと踏み潰し、絡まった電線を引きちぎりながら前進してくる。
何か邪魔なものがあっても、一切避けようとはしなかった。
〈隊長! 次どうする!? ワイら何したらええ!?〉
上空にはまだ魔王城が浮いている。
最初に現れたゴーレムを倒しても、魔物は撤退しなかった。
つまり、新たに現れたゴーレム4体を倒さなければ、この襲撃は終わらない。
ゴーレムは村を囲む四方の山の斜面から、村の中心部を目指して接近してくる。
もはや秒殺は不可能だ。魔王城の真下にいても意味がない。
「全員、商店街に向かってください!!」
〈了解や!!〉
でも、商店街にメンバーを集めたところで、どうする?
どうやって戦えばいい?
〈イッチ、僕がやる〉
蝉丸の声だった。
「あんなやつ相手に……!? 大丈夫なのか!?」
〈……やるしかないでしょ〉
蝉丸の声は落ち着いていた。
絶対に被害者を出さない──
決意に満ちた声だった。
蝉丸はバッグから、人形のようなものを取り出した。
手のひらサイズの素体に、魔石が組み込まれている。
「ガーディアン、起動!」
蝉丸がやぐらを滑り下り、地面に人形を置くと、周囲の土が集まり始めた。
土が渦を巻くように人形に吸い寄せられ、みるみるうちに巨大化していく。
あっという間に、ゴーレムと瓜二つの10メートル近い巨人──
疑似魔物"ガーディアン"が誕生した。
「暇坂さん! これも操作できるようにしてある!」
「え!? 操作って……あたしがやるの!?」
アリサが、やぐらの上で素っ頓狂な声を出す。
「僕はあんまりゲームは得意じゃない。でも暇坂さんだったらできるでしょ!?」
「いや聞いてないし!! そんなもの作ってるなら先に相談しなさいよ!!」
「ごめん……完成させられるかわからなくて、土壇場で頼むことになっちゃって……」
蝉丸がずっと何かを作っていたのは、アリサもよく知っていた。
自分の武器も作ってもらったし、この"ガーディアン"も魔物を倒す切り札になり得る。
だが──詰めが甘い。
「わかったわよ。やればいいんでしょ!」
アリサは覚悟を決めて、コントローラーを握った。
その瞬間、ガーディアンは体勢を変え、ボクサーのように両拳を構えた。
「これどうやって動かすのよ!?」
「操作方法はよくある格闘ゲームと大体同じにしてある!」
「ああそう! そりゃーご親切にどうも!」
「暇坂さん! 技名は何にする!?」
「こんな時に技名なんてどうでもいいでしょ!?」
「だって湯水准教授が言ってたでしょ!? 技は適当に放つより、ノリノリで放つ方が威力がデカいんだって!」
「あーそうね、だったらあたしが勝手に決めさせてもらうわ。あんたが作ったガーディアンをあたしが操作する、この技の名前は──」
"俺より強い奴に会いに行く"!!!
アリサの操作するガーディアンが、ゴーレムに突進していく。
「暇坂さん! ゴーレムを商店街から遠ざけて!」
「わかってるわよ、そのくらい!」
アリサはゴーレムを田んぼに誘い込んだ。
ここから多少暴れても、人に危害を加えなくて済む。
収穫前の稲を踏み荒らしてしまうのは心が痛むが、背に腹は代えられない。
ガーディアンがパンチを繰り出し、ゴーレムがガードする。
ゴーレムが反撃し、ガーディアンが後退する。
アリサは巧みにコントローラーを操作し、コンボを決めていく。
その光景を見た観光客たちは、まるでワールドカップの観客みたいに大騒ぎを始めた。
「すげえ! 何あれ!?」
「ヤバっ!! マジでけえ!!」
「この村の出し物エグすぎるんだけど!!」
特設ステージでは自治会長の甚八と村長が、テレビクルーの前で目を白黒させていた。
「な、なんだありゃあ……!?」
カメラを向けられた甚八は、しどろもどろで解説しようとする。
「これは……その……村の新しいアトラクションでして……」
今まで見たこともない光景だ。説明なんて無理だった。
しかし、立場上「あんなものは知りません」とは言えないし、観光客は大興奮している。
リポーターがしびれを切らして、自治会長の甚八にマイクを向けた。
「すごい|山車《だし》ですね! 他ではちょっと見たことがありません。どのように作られたんですか?」
テレビカメラが回っている。全国に恥を晒すわけにはいかない。
甚八は意を決して、勢いでごまかすことにした。
「おう! すごいだろ!? うちの村はすごいんだぜ!! はっはっはっは!!」
苦しまぎれにもほどがあるが、リポーターは感心している。
「さすが『|客人《まろうど》の里』ですね! おもてなしの心が伝わってきます!」
甚八の馬鹿笑いが響く特設ステージの片隅。
村長はずっと、気の毒なほど真っ白な顔で立ち尽くしていた。
アリサのガーディアンがゴーレムを蹴り飛ばす。
よろめいたところに、トドメの一撃――!
ガーディアンの拳がゴーレムの顔面を捉えた。
その瞬間、ゴーレムの体が崩れ落ち、大量の土砂に戻った。
「やったー!」
やぐらの上でアリサが拳を突き上げ、観光客から歓声が上がる。
しかし、安心するのは早かった。
遠くから迫ってくるゴーレムは、あと3体。
「まだ3体も……!」
アリサは必死にコントローラーを操作し、ゴーレムを次々となぎ倒していく。
ガーディアンの攻撃が当たるたびに歓声が上がり、逆にゴーレムの攻撃では悲鳴が上がる。
屋台のビールは売れに売れ、祭の盛り上がりは最高潮に達していた。
観光客たちの間にはグルーヴが生まれ、声を揃えてコールの大合唱が始まった。
「あと1体! あと1体! あと1体! あと1体!」
アリサの連続攻撃でゴーレムがよろめき、ついに崩れ落ちた。
「やったー! 全部倒した!」
やぐらの上にいたアリサのガッツポーズで、大きな拍手が起こった。
しかし──
これで終わりではなかった。
崩れ落ちた4体のゴーレムの残骸が、突如として動き始めた。
土と石が一箇所に集まっていく。
空中で渦を巻くように集合し、みるみるうちに巨大化していく。
「なにあれ……」
アリサの声が震える。
完成したのは、今までとは比較にならない巨大なゴーレム。
高さ20メートル――7階建てのビルと同じぐらいの大きさ。
地響きを立てながら、巨大ゴーレムがゆっくりと村の中心部に向かってくる。
「無理無理無理! あんなの勝てるわけないよっ!」
4体分のゴーレムが合体してひとつになっているのだ。大きさからして全然違う。
巨大ゴーレムの一撃で、ガーディアンが吹き飛ばされる。まるで相手にならない。
これを見て、獅子上、鞘、乙吉の高校生組が、いてもたってもいられずに持ち場を離れた。
「おい! みんな逃げろ!」
獅子上が観光客たちに叫ぶ。
しかし、観光客たちは動かない。
これを『出し物』だと思っているからだ。
「すごい迫力だね!」
「いやーマジ面白いわ」
人々はスマホ片手にのんきに撮影を続けている。
危機を察知したシュレディンガーも黒虎の姿になって飛び立ったが、荷が重い。
すぐに苗のところに戻ってきた。
「シュレディンガー……」
苗が心配そうな声を出す。
だが、何度頭をなでても、シュレディンガーは子猫の姿に戻ろうとしなかった。
最後まで苗を守ろうとしているようだった。
巨大ゴーレムが商店街の真横に到達した。
そして――ゆっくりと体を傾け始めた。
「倒れる……!?」
僕は展望台から、その光景を見ていた。
7階建てのビルが、祭でごった返す人混みの上に倒れ込もうとしている。
このあと何が起こるかは明白だった。
僕は弾かれたように展望台を駆け下り、商店街を目指して走った。
"|百獣の防衛結界《ヴァリアブル・キングダム》"!!!
獅子上のバリアが商店街を覆う。
しかし、巨大ゴーレムの重量は想像を超えていた。
メキメキと音を立てて、バリアにひびが入る。
獅子上は顔を歪ませながら全身に力を込めたが、
「ダメだ……!! 持たない……!」
一瞬だった。
バリアが砕け散り、商店街の一角が押しつぶされた。
低い地響き。スマホから聞こえる阿鼻叫喚。
田んぼのあぜ道を走りながら、声にならない声で、僕は叫んだ。
痣のことなど忘れていた。
無我夢中で左手を伸ばす。
商店街に向かって。
"|神の軌道修正《コントロール・ゼット》"!!!
その瞬間、|巨大ゴーレムが《・・・・・・・》|倒れ込む直前の状態《・・・・・・・・・》に戻った。
まだ誰も死んでいないし、どこも壊れていない。
能力の限界を超えたのだ。
だが、このままじゃすぐに同じ結果になる。
チャンスは一瞬しかない。
「獅子上さん! 鞘さん! 乙吉さん! お願いします!!」
僕の必死の叫び。
その声に呼応するように、高校生三人が同時に動いた。
〈了解!!!〉
何が起こるかわかっていれば、対応できる。
"|百獣の防衛結界《ヴァリアブル・キングダム》"!!!
獅子上はバリアを一点に集中させ、|巨大ゴーレムに《・・・・・・・》|向かって《・・・・》放った。
先ほどは商店街全域を覆うように薄く張っていた。
だが、狭い範囲に一点集中すれば強度は桁外れに上がる。
倒れ込んでくる巨大ゴーレムを支える、巨大な『つっかえ棒』を作り出したのだ。
「テメェは絶対倒れさせねぇ」
「やるな獅子上、次は私だ」
鞘は山車に隠してあった自前の刀を取り出して、巨大ゴーレムの前に躍り出た。
|水月《すいげつ》|一刀流《いっとうりゅう》――
"|海獄龍《リヴァイアサン》"!!!
刀から解き放たれた水流が、巨大な龍の姿をとった。
蒼く輝く鱗、渦を巻く尾、大きく開いた顎──
水龍は咆哮をあげ、巨大ゴーレムを丸ごと飲み込んだ。
明らかにゴーレムの動きが鈍くなった。
間違いない。弱体化している。
「あと少しだ! いけっ、乙吉っ!!」
「オッケー鞘ちゃん! 俺がキメてやるぜっ!!」
乙吉は、獅子上が作り出した『つっかえ棒』を駆け上がり、巨大ゴーレムの眼前に躍り出た。
「うおおおおらああああああああっ!!!」
"|九頭竜拳《くずりゅうけん》"!!!
ビギッ。
パリーン!
巨大ゴーレムが砕け散り、砂塵が空に舞い上がる。
支えを失った獅子上のつっかえ棒は倒れ、乙吉が空中から落下してくる。
「うお!? おおおおおおお!? ヤベェ助けてくれーーーーー!!!」
"|百獣の防衛結界《ヴァリアブル・キングダム》"!!!
獅子上がクッションのような弾性をもったバリアを作り出し、乙吉を受け止めた。
「おお……マジか獅子上……こんな技も使えたのかよ」
「俺だって何もしてなかったわけじゃないんでな」
「へっ、ありがとよ」
地面に転がったスマホの画面に、獅子上さんと乙吉さんがハイタッチを交わすのが映った。
別視点のカメラには、大盛りあがりの観光客の姿も映っている。
──よかった。
安堵した瞬間、僕の視界は暗転した。