サマータイムモンスターズ
横田 純
054
仇
8月18日、午後。
防衛隊のメンバーが公園に集まっていた。
しかし、蝉丸の姿はない。
昨日の解散後、蝉丸は何も言わず防衛隊のグループからも抜けた。
特に落ち込んでいるのはアリサだった。
いつもの元気がまったくない。
「あたし、会いに行ってみる」
アリサが突然立ち上がった。
「でも……」
瀬凪が心配そうに言いかける。
「迷惑だっていうのはわかってるよ」
アリサは唇を噛む。
「でもさ……こんなのってないじゃん」
やるせない気持ちが溢れ出す。
その時、湯水准教授が口を開いた。
「気になることがある」
みんなが教授の方を向く。
「蝉丸君が離脱する原因となった、お父さんの怪我だが……魔物に襲われたのは間違いないだろう。だが、この魔物は|どこから現れた《・・・・・・・》んだ?」
「今までの襲撃日の生き残り……ですかね」
僕が答える。
「その可能性が高いと思う」
獅子上が頷いた。
「俺たちが戦ったミノタウロスもそうだった。奴が現れたのは8月4日……カレンダーの日付とは無関係の日だった」
「だとすれば、蝉丸くんのお父さんを襲った魔物は相当強いかもしれないぞ」
湯水准教授は眼鏡の位置を戻しながら、こちらを向いて言った。
「一度は8月31日まで復活していたカレンダーが8月24日まで短縮された。今までこんなことはなかった。初めてのパターン……何か『|例外《イレギュラー》』が起こったとしか考えられない」
防衛隊メンバーがざわめく。
「はっきり言おう。私は8月24日、|魔王城は《・・・・》|現れない《・・・・》と思う」
「はぁ!? なに言うとんねん!?」
ローリーが湯水に突っかかる。
「バケモンは魔王城から来んねんで? 魔王城が来ぇへんならバケモンも来んはずやろ?」
「だから……いるじゃないか。蝉丸くんのお父さんを襲った魔物が」
全員、息を呑んだ。
「たとえば『卵』のようなものがあって、魔物が孵化したとしたら? 魔王城が来なくても魔物は現れるだろう?」
卵。
たしかにあり得る。
「でも……それなら、カレンダーが24日まで短縮された理由は……?」
僕が尋ねる。
「あまり考えたくもないが……」
湯水准教授は言いづらそうに言った。
「この魔物一体で世界が滅ぶ運命にあるということだ」
絶望的なムードが漂う。
ドラゴンやゴーレムに匹敵する、もしくはそれ以上の強さ。
そんな魔物が、すでに夏摩村のどこかに潜んでいるっていうのか?
「あたし、やっぱり蝉丸に会いに行く!」
アリサが泣きそうな声で言った。
「でも、あたしだけじゃ何言うかわかんないから……イッチも来て」
「わかった」
◆ ◆ ◆
双柳電気サービス。
今は蝉丸の父が入院中で、店は閉まっている。
店の前から蝉丸を呼んでみる。が、返事はない。
蝉丸のお母さんも病院に行っているようだった。
「イッチ……どうしよう……?」
アリサが不安げに僕を見る。
「裏口に回ろう」
ふだん蝉丸に会う時は、裏口から出入りすることが多い。
正面から入るとお店の営業を邪魔することもあるからだ。
裏口の鍵はかかっていなかった。
中に入ると、蝉丸が自分の部屋で何かをしていた。
「あ、ふたりとも、来てくれたんだ」
蝉丸は明るい様子を見せる。
「見てよこれ。今古いラジオ直してるんだけど、もうどこにも売ってない部品が壊れててね……」
部屋の床の上には、分解されたラジオが広がっていた。
「あんた、何やってんの」
アリサが絞り出すように言う。
「だからラジオ直してるんだよ」
蝉丸はアリサの方を見ずに、普段通りの口調で言う。
無理して明るく振る舞っているのは明らかだった。
「防衛隊のグループから何にも言わずに抜けたでしょ。今もみんなで集まって、どうしようかって考えてるんだよ」
「そう」
「そうって……!! 悔しくないの!? あんたのお父さんに怪我させた魔物なんだよ!?」
「悔しいに決まってるだろ!!!」
蝉丸が手を止めて大きな声を出す。
アリサはびくっと身を縮ませる。
「父さんがあそこの電線を修理しに行ったのは僕のせいなんだ……僕の作ったガーディアンが電線を切ったから……僕があんなもの作らなければ父さんが怪我することもなかったのに……」
蝉丸の目から涙がこぼれる。
「そんな……! あんたのガーディアンがいなかったらゴーレム倒せなかったじゃん。だいたい、ガーディアンを動かしてたのはあたしだし! だったら悪いのはあたしでしょ!?」
「ううん、暇坂さんはすごかったよ。あんなの僕じゃ無理だった。ゴーレムを倒してくれて本当にありがとう」
蝉丸は涙でぐしゃぐしゃになった顔で、精一杯笑顔を作る。
「でもね……僕ひとりじゃ何もできないんだ。もう嫌なんだ、自分のせいでこんなことになるのは」
「そんなことない! あたしはあんたがいたから戦えた! あの日私が戦えたのも、夏祭りで村に来た人がみんな楽しく過ごせたのも、全部あんたのおかげなんだよ!?」
「うれしいな。ありがとう。でも、僕がひとりで魔物を倒したことなんてない。村が助かったのは、みんなががんばったからだ。僕なんかいなくても平気だよ。みんなは強いから」
「違う! 違う! いなくても平気なんて言わないでよ!! 蝉丸……!!」
アリサは泣きじゃくるように言葉を紡ごうとするが、うまく言葉が出てこない。
「本当にもう無理なんだ。ごめんね」
蝉丸はこちらに背中を向けて、ラジオの修理を再開した。
アリサのすすり泣く声だけが響く。
僕は後ろから一部始終を見ていた。
最初に仲間になってくれたのは蝉丸だ。
僕らは今までずっと一緒にいた。
誰も魔物の存在を信じていない頃から僕の話を聞いてくれて、いつでも相談に乗ってくれた。
ずっと一緒に戦ってくれた一番の友達に、僕はなんて言ってやれるだろう?
アリサの渾身の説得でも、蝉丸は動いてくれそうになかった。
言葉ではきっと、もう無理なんだ。
それでも何かを言わずにはいられなかった。
僕は蝉丸に一歩歩み寄り、その背中に向かって語りかけた。
「蝉丸」
手を動かしていた蝉丸が、ぴくりと反応する。
「お前のお父さんは死んだわけじゃないから、この言葉は違うかもしれないけど──」
僕は深く息を吸った。
「仇とってくる」
蝉丸の手が完全に止まった。
振り返らないまま、ただじっと固まっている。
「行こう」
アリサは涙を拭きながら頷き、僕たちは部屋を出た。