サマータイムモンスターズ
横田 純
053
逆らいがたき運命の中
8月17日、夜。
僕らは村の河原に集まっていた。
15日に資料館であの本を見つけて、その日はすぐに解散。
翌日からみんなで村中の石碑を巡った。
本に挟まっていた古地図には、村の石碑の位置が正確に記されていた。
この情報を後世に遺そうとした人がいる。そういうことだろう。
これは全部100年前に襲ってきた魔物の残骸──
立て札も看板もないわけだ。説明なんてできるはずもない。
もしかしたら全部忘れてしまいたかったものかもしれない。
石碑は村全域に点在していた。
その位置や数から、100年前の戦闘がいかに激しかったか容易に想像できる。
今までは視界に入るだけで、気にも留めていなかった。
それが今は異物として、不気味な存在感を放っている。
資料館であの本を見つけてから、同じ景色が違って見えた。
僕らは2日間かけて、地図に記された石碑をすべて巡った。
石碑を見るたび、嫌でも生死について考えさせられる。
決して楽しいとはいえない時間だった。
最後の石碑にたどり着いた時には、もう8月17日の日暮れ間近だった。
そこで、獅子上さんが言った。
「なあ隊長、今日はもう解散か?」
「そのつもりでしたけど……どうしてですか?」
「いや……」
獅子上さんは少し|躊躇《ためら》った後、
「これからみんなで、バーベキューでもしないか?」
「バーベキュー?」
うなだれながら歩いていたローリーがこっちを向いた。
「今年は夏らしいこと何もやってないだろ? せっかく大勢いるんだ。楽しいことしようぜ」
みんな一日中歩き回った後で疲れていた。
だが、バーベキューの魅力で少し元気が戻る。
「さんせーい!」
アリサが元気よく両手を挙げる。
それにホタルも続く。
「では、私はカレーを作ります」
「おおーいいねえー! 家庭部-1グランプリチャンピオンのカレー食べたーい!」
「あ……でも、材料とお鍋はどうしましょう……?」
今度はアヅが手を挙げる。
「材料も鍋もうちにある。カレーぐらいなら皿も含めて全部揃う」
「さっすが、アヅマートは品揃え抜群ですねっ」
そう言ってホタルが微笑んだ。
「あ、あの! 花火も買っていいですかっ!?」
「あっ! ずるいぞフトシっ! 俺様もやりたい!」
小学生たちが盛り上がりだす。
獅子上の後ろについて歩いていた苗も目を輝かせて|呟《つぶや》く。
「はなび……たのしそう……」
獅子上はやさしく笑い、僕の方を見て言った。
「花火も買おう。いいよな、隊長」
◆ ◆ ◆
そうして、僕らはバーベキューを始めた。
村の真ん中を流れる川のほとり。
目の前には橋が見える。
「そういやここでミノタウロスに襲われたんだよなぁ。マジ死ぬかと思ったぜ」
乙吉が火を起こしながら言う。
獅子上が鉄板で肉を焼き、鞘が野菜を切る。
瀬凪とアリサは|飯盒《はんごう》でごはんを炊き、ホタルはカレーの準備をしていた。
「ええ感じやなぁ! 音楽でもかけようや!」
そう言ってローリーがスマホをいじる。
スピーカーから曲が流れ始めた。
「あ、この曲……」
蝉丸が反応する。
「なんか、映画の曲ですよね?」
「おお、よう知ってんなあ! ワイ、あの映画めっちゃ好きやねん」
そう言って、ローリーはその映画の話を始めた。
僕らが生まれる、ずっと前に公開された映画──
僕は観たことなかったけど、この曲は知っている。
いい曲だな、と思った。
日が沈み始め、焚き火の明かりがみんなの顔を照らす。
「カレーできましたよー!」
ホタルがおたまを片手にみんなを呼び、防衛隊メンバーが一斉に鍋に群がる。
「うまっ! なにこれ!? ホタル天才じゃない!?」
「えへへ、瀬凪ちゃんとアリサちゃんのごはんがおいしいからですよぅ」
「いや、ごはんはたしかにうまくできたと思うけど、カレーがヤバイって!」
「皆さんのお口に合えばうれしいですっ」
中学生の女子が盛り上がっているのを横目に、鞘もカレーを口に運ぶ。
「……うまっ」
鞘の隣で乙吉が言う。
「鞘ちゃん、落ち込むこたぁないんだぜ。人には向き不向きがあるからな」
「落ち込んでなどいない」
「落ち込んでたじゃねぇか! 私は野菜は切れるけど料理はまるでダメだって!」
「でかい声で言うな! はっ倒すぞ!!」
みんなが笑う。和やかな時間。
小学生たちが痺れを切らして花火を始める。
獅子上さんが見守る中、苗ちゃんも恐る恐る花火を手にとり、火をつける。
きらきら色を変える火を楽しそうに眺めていた。
思えば、今年の夏は張り詰めてばかりだった。
こんな時間がずっと続けばいい。
そう思った矢先のことだった。
「お楽しみのところすまないが、みんなにひとつ話しておきたいことがある」
湯水准教授がタブレットを取り出し、言った。
「資料館で見つけた本の著者──ケリー・ガゼルマインについて」
みんなが教授の方を向く。
湯水准教授は集めた資料を読み上げ始めた。
ガゼルマインは1500年代中頃、イギリスの片田舎に生まれた。
父は牧師、母は薬草師。
両親から医療と宗教の知識を学びながら育った。
「幼少期から異常な知識欲と好奇心を持ち、特に不老不死、悪魔、異世界に関する研究に傾倒したそうだ」
「不老不死……」
僕の呟きに、湯水が答える。
「そう。錬金術というやつだよ」
小学生たちが頷く。
マンガでもゲームでもよく聞くものだ。
「さらにガゼルマインは、物語を紡ぐ『作家』としての一面も持っていた」
ガゼルマインは錬金術と黒魔術を使った研究を深化させ、不吉で邪悪な小説を多数発表した。
それらの作品には、後に現実となる不気味な出来事が多く描かれていたらしい。
やがて「黒魔術で物語を現実に変えている」と恐れられ、魔女として大衆から忌み嫌われる存在となった。
「そして1566年、チェルムスフォードの魔女裁判により処刑された。処刑後、|審問官《しんもんかん》が彼女の部屋に入ると、壁一面に動物の血で、こう書かれていたそうだ」
I will surely be resurrected.
(わたしは必ず蘇る)
「こわっ!!」
アリサが身震いをしながら声をあげる。
続いて、乙吉が「蘇るって……どういうことだ?」と独り言のように呟いた。
湯水はタブレットに目線を落として、
「ガゼルマインの所有物の大半は焼かれたが、狂信者によって難を逃れた著作や原稿が複製され、死後も密かに読み継がれた。遺作となった『|The《ザ・》 |Summertime《サマータイム・》 |Monsters《モンスターズ》』は、少年少女と異形の怪物が戦う小説──しかし、物語は完結まで描かれておらず、|途中で終わっている《・・・・・・・・・》」
「途中で……?」
「そうだ。君たちが資料館で見つけたあの本は未完なんだよ。そして、死してなお『小説に描かれた情景や出来事が次々と現実になる』と信じられ続けている」
湯水は焚き火を見つめながら言った。
「ガゼルマインは不老不死となって蘇り、今もどこかで我々を見ているのかもしれない」
全員が黙り込んだ。
その時、蝉丸が震え声で言った。
「魔物の次は魔女? ははは……もうわけわかんないよ」
蝉丸の顔は真っ青だった。
「もうやめよう。みんなで逃げよう。死んだら何にもなんないじゃん」
「蝉丸くん……」
瀬凪が心配そうに声をかける。
「でも、どこに逃げるの?」
アリサが言った。
「ここから逃げたって、安全かどうかわからないじゃん」
誰も、何も言わなかった。
焚き火が燃えるパチパチという音だけが、その場に響いていた。
ケリー・ガゼルマインの書いた『|The《ザ・》 |Summertime《サマータイム・》 |Monsters《モンスターズ》』──
そこに書かれた小説の通りに魔物が現れ、僕らが戦っている。
500年前に書かれた小説で、僕らの運命が決まってる?
僕らは魔女の手の上で踊らされてるだけだっていうのか?
「戦うしかない」
アヅが静かに言った。
「俺たちにしか魔物は見えないんだから」
アヅの言葉を聞いて、蝉丸は下を向いて唇を噛みしめた。
その時、空が急に暗くなった。
雲が広がり、雨粒が落ちてくる。
「夕立だ!」
次春が叫ぶ。
みんな慌てて荷物を片付け始める。
重い空気のまま、蝉丸も無言でバーベキューセットを折りたたんでいる。
その背中が、ひどく小さく見えた。
その途中で、蝉丸のスマホが鳴った。
どうやら母親かららしい。
「もしもし、母さん?」
電話の向こうで、母親の取り乱した声が聞こえる。
〈お父さんが……! お父さんが……! 今病院に……!〉
夏摩村には病院がない。
隣の市にある大きな病院に運ばれたらしい。
医者の話では、蝉丸の父の体には|得体の知れない傷《・・・・・・・》がつけられていたという。
その場にいた全員が、魔物にやられたんだと直感した。
「やられたのは蝉丸の親父さんだけなんか!?」
ローリーが蝉丸の肩を掴む。
蝉丸は視線を落として「わかんないよ……」と呟いた。
「しっかりせぇ! どこで襲われたんや!?」
ローリーは蝉丸の正面に立ち、目を見据えて体を揺すぶった。
場所を聞いたらすぐにでも突っ走っていきそうな勢いだった。
蝉丸が必死で落ち着こうとしているのは見ていてわかった。
だけど、それ以上に不安で押しつぶされそうになっている。
電話越しにいる母親から伝えられる事実を受け止めるので精一杯に見えた。
電気屋を営む蝉丸の父は、電線の修理のため、ひとり外に出ていたらしい。
この電線は村祭の日、ゴーレムとガーディアンの戦闘でちぎれたものだった。
「それじゃあ……僕のせいじゃないか……」
蝉丸は視線を彷徨わせ、呆然と虚空を見つめていた。
雨が強くなった。
しかし、全員その場を動けなかった。
電話口から蝉丸の母親の声が続いている。
蝉丸の体から力が抜け、スマホが手から滑り落ちる。
地面に当たってカレンダーアプリが開いた。
近くにいたローリーが、見かねてスマホを拾い上げる。
湿った土を払い落とし、蝉丸に返そうとした時、ローリーの顔色が変わった。
「……嘘やろ。日付が……変わっとる」
全員、自分のスマホを確認して、小さな悲鳴をもらした。
8月31日まで復活していた日付が、|8月24日で《・・・・・・》|終わっていた《・・・・・・》。
蝉丸もスマホの画面に目をやって、肩を落とした。
「こんなのありかよ……」
蝉丸の声が震える。
「イッチ……」
蝉丸は僕の方を向いて、絞り出すように言った。
「ごめん。僕……もう無理だ」
その言葉が、雨音と共に僕の耳に響いた。