サマータイムモンスターズ
横田 純
052
The Summertime Monsters
記録室は、狭かった。
窓のない六畳ほどの空間。
両側の壁一面に置かれた棚には何も残っていない。
ただ、正面の机の上に古書が一冊。
表紙を上にして安置されていた。
「これは……」
分厚い革表紙の本だった。
ごつごつしていて丈夫そうだけど、触れたら崩れてしまいそうな危うさもある。
どこかから掘り出されたばかりの化石みたいだと思った。
表紙の全面には、歴史の教科書で見た古代の石板みたいな模様が刻まれている。
その中心に、薄ぼけたアルファベットで題名が書かれていた。
『|The《ザ・》 |Summertime《サマータイム・》 |Monsters《モンスターズ》』
「イッチ、何か見つけた?」
瀬凪たちもやってくる。
狭い記録室の中に、防衛隊メンバーがひしめく。
「ここは暗いね。ちょっと待って」
蝉丸がスマホを頭の上に掲げて、ライトで机の上の本を照らす。
全員の視線が僕に集まる。
僕は恐る恐る手を伸ばし、本を開いた。
最初のページには、英語で短い文が印刷されている。
ページの余白には、誰かの手書きで和訳が添えられていた。
To all boys and girls who love fantasy.
(空想を愛するすべての少年少女たちへ)
It all happened on a summer day.
(すべては夏の日の出来事だった)
紙は茶色く変色しているし、印刷の具合も最近のものじゃない。
震える指先でページをめくる。
次のページにも、印刷された英文と、誰かの和訳が記されていた。
1925. "Guests" visit rural villages in the Far East.
(1925 まろうどが極東の農村を訪れる)
"Guests" are monsters.
(まろうどは怪物)
They have come to this land through the gates of another world.
(彼らは別世界の門をくぐってこの地にやってきた)
「1925年……ちょうど100年前だ」
蝉丸が呟く。
僕らは食い入るように本を見つめ、ページを繰った。
"Guests" are not visible to adults.
(まろうどは大人には見えない)
Village children entertained the "Guests".
(村童がまろうどをもてなした)
"Guest" turned to stone and was shattered.
(まろうどは石になり砕け散った)
Lucifer saw them off.
(るしへるがそれらを見送った)
「これって……100年前の襲撃のことが書いてあるの……?」
アリサが息を呑む。
さらにページをめくる。
そして、僕たちは凍りついた。
2025. "Guests" once again visit rural villages in the Far East.
(2025 まろうどが再び極東の農村を訪れる)
"Guests" punch seven holes in the world.
(まろうどは世界に7つの穴をあける)
The date on the calendar disappeared.
(カレンダーの日付は消えた)
Now the countdown begins.
(さあ カウントダウンの始まりだ)
Do you see that Demon King's castle?
(君にはあの魔王の城が見えるか?)
Have you greeted the beast that devours all?
(すべてを食い尽くす魔獣に挨拶は済ませた?)
Will the world go on? Or will it end?
(世界は続く? それとも終わる?)
Lucifer saw them off.
(るしへるがそれらを見送った)
誰も口を開かなかった。
みんな、目の前にあるものをうまく受け入れることができなかった。
まず、この本に書かれていることは全部当たっている。
カレンダーの日付が消えたこと。
世界7ヶ所で同時多発的に巨大な陥没穴が発生したこと。
何もかもが、この本に書かれた通りに進行している。
得体のしれない不気味さが、僕らを包みこんでいた。
気になるのは「るしへる」だ。
るしへるがそれらを見送った──
1925年と2025年、両方に同じ文章がある。
るしへるって何だ?
人の名前? それとも――
本の最後のページには、作者の名前が記されていた。
Kelley Gazelmyne
(ケリー・ガゼルマイン)
「こいつ、何者や? 予言者か?」
ローリーの声色がいつもと違う。
警戒心をあらわにしているのがわかった。
さらに、裏表紙には別の紙が挟まっていた。
古びた地図。大昔の夏摩村のものだ。
至るところに印と書き込みがある。
「この地図……村の石碑の場所がマークされてる」
蝉丸が指差す。
「村にある石碑は……100年前の襲撃の残骸。魔物が石化したものなんだ」
そして、ある場所に目が止まった。
僕が7月19日に願いをかけた、あの古びた社。
そこには、こう書かれていた。
──うろぼろす──
『うろぼろす』の場所にだけ、赤文字で追加の走り書きがされている。
──大神級 使へば死す──
「この石碑だけ他と違うな。危険な匂いがする」
獅子上の発言を聞いて、ローリーが珍しく真顔で言う。
「みんな元はバケモンやしな。ここだけ近寄らなければええんちゃう?」
みんなが議論している中、僕は黙っていた。
どうやって『|神の軌道修正《コントロール・ゼット》』を得たのか、誰にも説明していない。
だが、僕は知っている。
僕はすでに、この石碑のチカラを使っている。
この警告を書いた人は、きっと身をもって知ったんだ。
僕と同じように、誰かが『うろぼろす』の力を使って──
その代償を払った。
「とりあえず、この本、持って帰った方がいいんじゃないかな」
瀬凪の提案には誰も反対しなかった。
「ならば、私が預かろう。その本を詳しく調べてみたい」
湯水が代表して本を持ち、僕らは資料館を出た。
まだ昼間だ。
森を抜けると太陽が眩しい。
どこからどう見ても平和な夏の日だ。
だが、帰路につく僕らはみんな少し|俯《うつむ》いて、思い詰めた顔をしていた。
この本が示す通りなら、世界の命運は、僕たちの手にかかっている。
そして僕は、すでに死への切符を手にしているのかもしれない。