キマイラ文庫

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目次

サマータイムモンスターズ

横田 純

059

8月24日:『Summer』

 ふと、誰かに呼ばれた気がして手を止めた。


 8月24日、午後。

 僕は自分の部屋で、壊れたラジオと向き合っていた。



 今、父さんは入院している。

 下半身が『ない』状態で。

 そして、その原因を作ったのは僕だ。


 僕の作ったガーディアンが、村祭の日に電線を切った。

 父さんはそれを直しに行って、魔物に襲われた。


 僕があんなものを作らなければ──

 こんなことにはならなかった。


 だから僕は防衛隊を抜けた。

 これ以上、自分のせいで誰かが傷つくのを見ていたくなかった。


 ラジオの基板をぼんやり眺める。

 昔どこかで拾ってきて、ずっと放置していたやつだ。


 型番を調べたら、作られたのは70年代。

 もうどこにも売っていない部品がいくつも壊れている。


 どうしても直したかったわけじゃない。

 何かに集中していないと、おかしくなりそうだったから。


 はんだごてを握る。

 壊れた部品を外し、代わりの部品を取り付ける。

 手を動かしていると少しだけ気がまぎれる。


 でも、頭の中では別のことを考えていた。



 ――仇とってくる。



 イッチはそう言って部屋を出ていった。

 暇坂さんは泣きながらついていった。

 二人が出ていった後も、僕はずっとラジオを直していた。


 今日が襲撃の日だってことは知っている。

 でも、僕はここでラジオを直している。



 きっと大丈夫だ。

 みんなは強いから。


 僕なんかいなくても――



 そう思い込もうとした手が、小さく震えていた。



 その時、ラジオから「ザー」というノイズが聞こえた。


 直った?


 僕は慌ててチューニングのダイヤルを回した。

 ノイズの中から、かすかに音楽が聞こえてくる。


 聞き覚えのあるメロディ。

 これは――



 8月17日。

 防衛隊のみんなで石碑を巡った後、川でバーベキューをした。


 あの時、ローリーがスマホで流していた──

 あの映画の曲だ。



 音楽が流れる中、みんなでバーベキューの準備をした。

 獅子上さんは「うるせえ」と言いながらも、心地よさそうに体を揺らしていた。

 乙吉さんはローリーと一緒に鼻歌を歌い、鞘さんが呆れた顔で、それでも少し笑っていた。


 苗ちゃんはシュレディンガーと並んで、花火を見つめていた。

 同級生の女子たちが楽しそうにカレーを作っていて。

 湯水准教授の差し入れを、デコイさんが一人で運ばされていた。


 焚き火に照らされたイッチの顔は、最近見た中で一番穏やかに見えた。



 魔物と戦うのは怖い。

 死ぬかもしれないのはわかっている。


 でも、みんなと一緒ならなんとかなるかもしれない。

 そんな気がしていた。



 ラジオから流れる曲を聴きながら、僕は泣いていた。



 みんなはこれから戦おうとしている。

 僕はラジオを直している。



 ――本当にそれでいいのか?



 父さんの声が、頭の中で響いた。



 ◆ ◆ ◆


 昨日の夜。

 僕は病院に父さんを見舞いに行った。


 父さんはベッドに寝かされ、胸元まで布団をかけられていた。

 布団をかけていても、腰から下には何もないのがわかった。

 僕はまっすぐ父さんの姿を見られず、目を背けて床を見ていた。


「蝉丸」


 父さんが、僕の名前を呼んだ。


「前に一郎くんが言ってたな。この村が魔物に襲われるって」


 落ち着いた声だった。


「商店街で話題になってた。あれ、本当のことだったんだな」


 それを聞いて、僕はなんて言っていいかわからなくて。

 なんとか言葉を絞り出した。


「……ごめん、父さん」


 父さんは、不思議そうな顔で僕を見つめた。

 なぜ謝られたのかわからない。そんな顔だった。


「魔物は大人には見えないんだ。カレンダーの日付が終わる日に、魔物が村を襲ってくる。何度も戦って、そのたびにカレンダーの日付が延びて。それでも今まで大したケガ人も出さずにやってこれたのに……。僕のせいで、父さんが……!」


 ひとつ何かをしゃべるたび、泣きたくないのに涙が出てくる。

 それが情けなくて、嫌だった。


「もう限界だよ。僕は誰かが傷つくのが嫌なんだ。だから逃げよう。大きな病院に転院させてほしいって頼めば、父さんも一緒に行けるはずだ。どこか遠くに……とにかくこの村から離れよう」


 父さんは全部聞いた後、真剣な目で僕を見て、言った。



「――本当にそれでいいのか?」


「……え?」


「友達を置いていって、後悔しないか?」



 何も答えられなかった。


 そんな僕を見て、父さんは言った。



「蝉丸。お前のせいじゃない」


「え……?」


「お前が夏の間、友達と何かをやっていたのは知ってる。それがどんなに危険なことなのかも、なんとなくわかったよ。お前は村を守ろうとしていたんだろ?」


「……!!」


「だから、お前のせいじゃない。お前のせいじゃないんだ」



 父さんは、やさしく僕の手を握った。



「お前が決めろ。逃げるのか、戦うのか。どっちを選んでも、俺はお前の味方だ」



 ◆ ◆ ◆


 ラジオから流れる曲が終わりに近づいていた。


 窓から差し込む夕日に照らされ、オレンジ色に染まった部屋の中。

 僕は、涙をぬぐって立ち上がった。


 家のPCでカメラの|撮影記録《ログ》をチェックする。

 グループは抜けたが、カメラのアクセス権は生きていた。

 村中に取りつけられたカメラの映像を見れば、みんなが何と戦っているのかわかる。


 ここ最近の撮影記録を一気に追っていく。

 そこには、防衛隊のミーティングから戦闘に至るまで、すべての情報が残されていた。


 すべてを食い尽くす魔獣。

 能力は『|Null《ヌル》』。


 映像から得られる情報を頭に叩き込みながら、僕は考えた。


 大事なことがひとつある。

 Nullは、|ゼロじゃない《・・・・・・》ということだ。

 Nullにされたものは、本当に消えるのか?

 それとも、どこかに『ある』のか?


 カレンダーの日付は、一度消えても元に戻っていた。

 だとすれば、|元に戻す方法がある《・・・・・・・・・》?


 もし、食べたものが体の中にあるとしたら?

 それを『吐き出させる』ことができれば――!



 頭の中で、何かが繋がった。


 僕はリュックサックの中身を床にぶちまけた。

 使えるかもしれないと思って持ち歩いていた数々の部品と魔石。

 頭の中で組み上げた|朧《おぼろ》げなイメージを具現化するように、僕は手を動かした。


 日が落ちた。

 もう時間がない。


 頭の芯が、冷たく|澄《す》んでいた。

 考えられない早さで手が動き、装置が組み上がっていく。

 できあがったそれをリュックサックに詰めて、家を飛び出した。


 自転車にまたがり、全速力で走る。


 息が切れる。足が痛い。

 でも、止まるわけにはいかない。



 公園が見えてきた。

 黒い霧のようなものが広がっている。

 その中心に、巨大な『何か』がいる。


 そして、その前に立っているのは――

 イッチと、苗ちゃんだけだった。


 他のメンバーの姿がない。


 僕は自転車を飛び降り、全力で叫んだ。