サマータイムモンスターズ
横田 純
019
ラボコート・オーバー・ユカタ
「お困りのようだね。話は聞かせてもらったよ」
着ぐるみから若い女性の声がする。
「え!? 商店街におったウサギやん! 女やったん!?」
ローリーが近づいていくと、着ぐるみが慌てながら頭を取った。
中に入っていたのは若い男性だった。
「男やんけ!! なんなん!? さっき女の声やったやん!」
「待って待って。さっきしゃべってたのは俺じゃなくて……ほら、ここにスピーカーついてるでしょ?」
そう言って、着ぐるみの男はウサギの|頬《ほお》のあたりを指さした。
左右にひとつずつ付いた丸くて赤いほっぺた――
どうやらこれがスピーカーらしい。
「今しゃべってたのは|准教授《じゅんきょうじゅ》の――」
「私だ!!!」
すると、浴衣の上に白衣を羽織った女性がタブレットを片手に現れた。
すらりとした長身から漂う知的な雰囲気。|黒縁《くろぶち》の眼鏡の奥で鋭い眼差しが光る。後ろで一つに束ねた栗色の髪は、白衣姿でも気品が感じられた。
「誰やねん! 名乗れや!!」
「失礼。私は|王都大学《おうとだいがく》|理学部《りがくぶ》、|地球惑星物質科学科《ちきゅうわくせいぶっしつかがくか》准教授、湯水ミチルだ」
「――ユミズ!?」
全員が驚いた。
中でも一番驚いたのはローリーだろう。
口をあんぐり開けて、震える右手で湯水を指さしている。
「ユミズって……あんたのことやったんか!?」
「いかにも」
湯水は|微笑《ほほえ》み、自信満々にこちらに向かって歩いてきた。
「……君は一郎くんだったね。|神明《しんめい》一郎。みんなからイッチと呼ばれて|慕《した》われている」
「え」
「そっちの君は|双柳《なみやなぎ》蝉丸くん。二人の女子は|陽菜乃川《ひなのがわ》瀬凪さんと|暇坂《ひまさか》アリサさん。みんな同じクラスの中学二年生だ」
「――怖っ! なんで知ってんの!?」
アリサは思わず後ずさり、自分の体を抱きしめるように両腕を胸の前で組んだ。
それを見て湯水は、からかうように口元を緩ませた。
「いいね、その反応。ミステリアスな美女の登場だ」
「自分で言うなや」
ローリーが横からツッコミを入れる。
湯水はローリーの方をちらりと見て、ゆっくりと話し始めた。
「私は、40年前まで存在した『|戎橋《えびすばし》ゼミ』を継ぐものとして准教授になった」
「戎橋ゼミ……?」
「ローリーくんのひいおじいさん――|戎橋《えびすばし》|路暖《ろだん》のゼミだよ」
「ひいじいの!?」
「ああ。40年前に退職された戎橋教授の研究テーマは『異世界』だ」
全員、黙り込んだ。
「戎橋教授の書かれた論文のタイトルを挙げてみよう。
『異次元からの脅威』――
『魔物の石化現象と新鉱物の発見に基づく異世界の実在性』――
『異世界から来た魔物の生体鉱物』――
アポロ11号が月面着陸に成功する前から、こんな論文ばかりを発表していた」
「アポロ11号の月面着陸は、たしか1969年……そんな前から?」
蝉丸はあまりの驚きに、目を見開いて固まっている。
「でも、そんな変な論文、まともに相手にされないんじゃない?」
アリサの言葉に、湯水は頷く。
「その通り。全然相手にされていなかったらしい。しかし戎橋教授は教授になれたんだよ。論文に書かれた『魔物が|遺《のこ》した石』を持っていたからね」
「――! これか」
ローリーは、さっきしまった|紫黒色《しこくしょく》の石を再び取り出した。
「論文の内容はともかく、新鉱物を発見したことで教授になったと聞いている。私は戎橋教授の研究に強く興味を惹かれ、生前に教授を訪ねたんだよ」
「来るやつ全員突っ返すようなジジイやったのによう会えたな。あんた、えらい気に入られたんやな」
「今まで発表された論文はすべて読破していたし、内容も全面的に信頼していたからね。理解者が現れたと喜んでくださっていた。結局、お会いできたのは一度きりだったが――その時に言われたんだよ」
『始まりの異変を見逃すな。魔物は再びやってくる』
『あの村には秘密がある。村を調べろ』
「――私が戎橋教授を訪ねたのは1年前。そして今年の夏、世界中のカレンダーから8月以降が消える事件が起こった。これが始まりの異変だと確信し、夏摩村を訪れたというわけだ。この着ぐるみくんと一緒にね」
「誰が着ぐるみくんですか! |小出《こいで》|進《すすむ》です!」
着ぐるみのウサギの頭を小脇に抱えた男の人は、19歳の大学生らしい。
「田舎の住民はよそ者に対する警戒心が強いと聞いたからね。大学で適当に見つけた学生に、小型カメラ搭載の着ぐるみを着せて村を観察していたわけだよ」
そう言って、湯水は片手に持ったタブレットを掲げた。
――そういえば。
僕がひとりでいる時、バス停のところで着ぐるみのウサギに風船を渡された。
「あの、小出さん。バス停のところで風船を渡してくれたのって……」
「あ、俺だよ。あの時の一郎くん、みんなに相手にされてなくてさみしそうだったから」
どうやら、|励《はげ》ますつもりで風船をくれたようだ。
聞くところによると、小出は「着ぐるみを着てウロウロしてればいい」とだけ言われていたらしい。日給3万円という破格のバイト代に釣られ、小遣い稼ぎのつもりで夏摩村にやってきた。
そんな小出は7月31日、魔物が押し寄せる商店街にいたらしく、猛烈な勢いで湯水に抗議し始めた。
「つーか、なんなんすかこの村!? ヘタしたら死ぬでしょ!?」
「かもな。だからこその日給3万円、旅費全額持ちだ。君は契約書にサインしたよな? 何があっても文句は言わないと」
「きたないっすよ! 先に教えてくれれば――!!」
「君は19歳だったよな。君には魔物が見えたのか?」
「ガッツリ見えましたよ!!」
「なるほど。昨日の騒ぎを見る限り、魔物を視認できるのは|U-20《アンダートゥエンティ》までのようだ。君はここにいる少年たちの誰よりも年上だぞ。しっかりしろ」
「俺、戦わないっすよ!?」
「構わん。私には魔物が見えないんだ。君が|囮《おとり》となって私を逃がしてくれ」
「鬼!!!」
小出の叫び声に、ローリーは苦笑いしながら湯水の方を向いた。
「ひいじい変わり者やったけど、わかってくれる人がおってよかったわ。あんたも協力してくれるんか?」
「当然だ」
「よっしゃ。ほんならあんたは、顧問のセンセイやな」
「引き受けよう。君も入るんだ、|囮《デコイ》くん」
「|小出《こいで》です!!!」
「――一郎くん。これからは私も村を出歩く。村の大人たちは私が説得しよう。夏休みを利用した学生たちの課外授業という形にすれば、協力してくれる大人もいるかもしれない」
「えっ。いいんですか」
「ああ。この村に隠された『秘密』を解き明かし、ともに世界を守ろうじゃないか!」
◆ ユミズ デコイが 仲間にくわわった!