キマイラ文庫

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サマータイムモンスターズ

横田 純

007

Re:Re:7月19日


 縁側で風鈴の鳴る音が聞こえる。

 気づいたら僕は、畳の上に寝転がっていた。


 すぐにスマホで日付を確認する。

 7月|19日《・・・》。

 戻った。三度目の夏休み初日だ。


 次は絶対に回避する。

 これから僕のすべきことは――


「うわ、イッちゃん何してんの? 暇なら一緒にゲームしようよ」


「悪いな次春。これから出かけるんだ。ガリガリ君3本やるから、|苗《なえ》ちゃんの面倒見ててやってくれ」


「ナエちゃんって誰?」


 不思議そうな顔をする次春を尻目に、僕は玄関を飛び出し、自転車を走らせた。



 まず向かったのは蝉丸の家。商店街の中にある双柳電気サービスに駆け込む。


「おはようございます! 蝉丸いますか!?」


 レジカウンターの奥で座ってテレビを観ていた蝉丸のお父さんが、僕の大声に驚いてこっちを向く。


「おお!? 一郎くんか! 蝉丸ならまだ2階で寝てるけど」


「ちょっと起こしてきます!」


 店の奥から階段を上がり、蝉丸の部屋へ。

 工具や部品が散らばる部屋で、蝉丸は布団にくるまっていた。


「蝉丸! 起きろ! 大変なんだ!」


「んあ……? イッチ? なんだよ……朝っぱらから……」


「聞いてくれ。この村が魔物に襲われるんだ」


 蝉丸は目をこすりながら、黙って僕の話を聞いていた。僕が何度も死んで7月19日に戻ってきたこと。7月31日に魔物の大群が村を襲うこと。すべてを聞き終わった蝉丸は、一言。


「……なるほど。大変ゴキゲンなお話、ありがとうございました」


 そう言って、再び布団に倒れ込んだ。


「おい!? 寝るなよ!!」


「寝るよぉ! 朝から何だよその話? せっかくの夏休みなのにさぁ……」


 頭から布団をかぶろうとする蝉丸を無理やり揺り起こす。


「本当なんだって! このままじゃ大変なことになる! 手伝ってくれ!」


「手伝うって何を……?」


「魔物と戦うのを」


「おやすみ」


 それっきり、蝉丸はぐっすり眠ってしまった。


 わかってる。そう簡単に信じられる話じゃない。

 でも、諦めるわけにはいかない。

 僕は蝉丸の家を出て、再び自転車を走らせた。


 アヅマートの前に行くと、ユニフォーム姿のアヅがエナメルバッグを持って出てきたところだった。


「おお、イッチ。買い物?」


「いや。アヅに用があるんだ」


「俺これから練習なんだけど」


「わかってる。手短に話す」


 僕はさっき蝉丸にした話と同じ話をした。

 アヅは|茶化《ちゃか》すこともなく、真剣に話を聞いてくれた。


「……7月31日に、この村が魔物に襲われて、みんな死ぬ、か」


「ああ」


「悪いけど、協力できないな」


「どうして!?」


「8月1日に全国大会の初戦があって、その日は前乗りでホテルにいるんだ」


「全国大会……」


 そうだった。アヅは前途有望なアスリートだ。仮に魔物が世界中を襲うなら野球なんてやってる場合じゃないと思うけど、魔物が襲う範囲がどこからどこまでなのかは僕にもわからない。全国大会が行われる地域にはまったく影響がないのかもしれない。


「そろそろ、バスが来る時間だから。ごめんな」



 次はホタル。


「ごめんなさい。私も大会があるのです」


「大会って? ホタルは家庭部だったよね」


「はい。家庭部-1グランプリに出場するので……」


「なにそれ!?」


 家庭部-1グランプリとは、料理・裁縫・お菓子作りの3種目で競う、全国の家庭部が火花を散らす由緒正しき大会らしい。

 ホタルは今年度のファイナリストなんだそうだ。


「大会は7月31日なのです。なので、申し訳ないのですが……」



 次はアリサ。


「魔物って。フツーに信じられないんだけど」


 以上。取り付く島もなかった。


 それでも僕は諦めなかった。

 駐在さんに助けを求め、村役場の受付で熱弁を振るい、見かけた人全員片っ端から必死で説明した。

 でも、誰も信じてはくれなかった。


 この状況で村を救うには――どうすればいい?


 僕はまだ瀬凪のところには行っていない。瀬凪に話すべきなのか、最初からずっと悩んでたからだ。

 危険な目に|遭《あ》わせたくないと思っている人に「一緒に戦ってくれ」と頼むのは、強烈に矛盾してる。


 気づけば僕は村の入口まで来てしまっていた。

 少し休もう。僕はバスの待合所で日差しを避けることにした。


 山奥の田舎道にぽつんと佇むバスの待合所――

 波打つトタン屋根は赤茶けた|錆《さび》に覆われ、ところどころに小さな穴が空いている。

 傾いた木製のベンチに座り、僕は頭を抱えこんだ。


 すると、不意にぽんぽんと肩を叩かれた。


 着ぐるみのウサギだった。


 ――商店街の中にいたはずなのに、どうしてこんなところに?


 ウサギは黙ったまま、僕に風船をひとつ差し出した。


「あ……どうも」


 別にいらなかったけど、つい受け取ってしまった。

 ウサギは手を振りながら、村の中へ戻っていった。


 ――なんだか、どっと疲れた。

 僕はベンチにもたれかかって、目を閉じた。



 どれくらい時間が経っただろう。

 ふと気づくと、風船は僕の手元をすり抜けてどこかに行ってしまっていた。

 スマホで時間を確認すると、ちょうど真昼だった。


「イッチ」


 不意に僕を呼ぶ声がした。

 見ると、そこには蝉丸が立っていた。


「今朝はごめん。イッチの話、どう考えても嘘みたいだけど……イッチが嘘つくとは思えないんだよね」


「蝉丸……」


「それに、最近いろいろ変なことが起きてるじゃん。カレンダーの日付が消えたり、世界中に穴が空いたり」


 蝉丸は眼鏡を直しながら、照れくさそうに続けた。


「だから……その……手伝えることがあったら手伝うよ」


 その時、茂みの陰から人影が現れた。


「私も手伝う」


 瀬凪だった。


「|陽菜乃川《ひなのがわ》……。どうして……?」


「さっき商店街で見かけたの。すっごく真剣な顔で話してたよね。魔物が来るって」


 瀬凪は申し訳なさそうに続ける。


「盗み聞きしちゃったみたいで、ごめんね。でも、みんなは信じなかったけど、イッチが嘘をつくはずないって私も思う。だから……私も力になるよ」


 僕は思わず声を詰まらせた。


「ありがとう……」


 涙をこらえながら、僕は二人に向かって深く頭を下げた。



◆ セミマル セナが 仲間にくわわった!