キマイラ文庫

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サマータイムモンスターズ

横田 純

011

武器とウサギと大阪弁

 蝉丸の家では、いくつかの工具が見つかった。


 ニッパー。

 レンチ。

 バール。

 ドライバー。


 僕の家にあった農具に比べれば、小ぶりで扱いやすそうだ。



「私は斧とかクワより、こっちの方がいいかも」


 瀬凪がレンチを手に持って品定めする。


「これで叩いたら、魔物も痛がるんじゃないかな。イッチ、どう思う?」


「……|陽菜乃川《ひなのがわ》がいいと思うなら、いいんじゃない」


「うん。私はいいと思うよ」


 瀬凪は微笑みながら、他にも使えそうなものを探し始める。

 工具箱を漁っていた蝉丸が、瀬凪に次の工具をオススメする。


「陽菜乃川さん、このハンマーはどう?」


「あ! いいかも! こっちの方が持つところがしっかりしてるし」


 瀬凪はハンマーを持って、片手で振るように動かした。


「これも持っていこうっ。使える武器は多い方がいいしね。蝉丸くん、ありがとう!」


「いえいえ。じゃあこれも工具箱の中に入れておくね」


 そう言って、蝉丸はレンチとハンマーを工具箱の中にしまった。


「蝉丸くんはどれを使うの?」


「僕? 僕はね……自分で作ろうと思ってるんだ」


「えっ! 作るの!?」


 瀬凪が口元に手を当てて驚いた顔をする。

 それを見て、蝉丸が少し照れながら続ける。


「ほら、僕んち電気屋だろ? ここにある部品を使えば何かできるんじゃないかと思って」


「すごーい! 蝉丸くん、すごいよっ!!」


「いやいや。まだできるって決まったわけじゃないし。でも、がんばるよ」


「私も負けてられないな。家に何かないか探してみる! ちょっと待ってて!」


 そう言って、瀬凪は自分の家に向かって走っていった。



 蝉丸と僕だけが残されて、あたりは急に静かになった。

 思えば武器探しをしている最中も、一番明るくしゃべってくれていたのは瀬凪だった。


 その沈黙を破るように、蝉丸が言った。



「……なんかさぁ、イッチ、陽菜乃川さんに冷たくない?」


「……そんなことないよ」


「じゃあ、なんでイッチは陽菜乃川さんのこと『陽菜乃川』って呼ぶの?」


「お前だって陽菜乃川さんって呼んでるだろ」


「僕は昔から陽菜乃川さんって呼んでるよ。だけど、イッチは昔『瀬凪』って呼んでたじゃん」



 ――そう。

 僕は中学に上がった頃から、瀬凪のことを「陽菜乃川」と呼ぶようになった。

 アリサは「アリサ」、ホタルは「ホタル」なのに、瀬凪だけ「陽菜乃川」なのだった。


 僕が答えに困っていると、瀬凪が戻ってきた。


「あったよー!」


 息を切らせて、|額《ひたい》に汗をにじませながら。

 瀬凪が掲げたその手には、小さな果物ナイフが握られていた。



 ◆ ◆ ◆


 だんだん使えそうな武器が集まってきた。

 僕らは双柳電気サービスの前で、これからどうしようか考えていた。

 その時、商店街の人だかりから騒がしい声が聞こえてきた。


「……なんだ?」


 見知らぬ少年が近所のおばさんたちに囲まれている。

 歳は僕らの少し上ぐらいだろうか。

 茶髪を後ろで束ね、ツバ裏がゴールドの|洒落《しゃれ》た野球帽を被っている。

 白いブランドTシャツにワイドパンツ。SNSで見るような|垢抜《あかぬ》けた格好だ。


「なあなあオバチャン、この石知らん?」


 少年は、大きな身振り手振りをしながら手に持った|紫黒色《しこくしょく》の球体を掲げて見せた。大きさはピンポン玉ぐらい。|艷《つや》やかに光る美しい石だった。


「あら。きれいな石ねえ」


「せやろ? このへんで採れる石なん?」


「このへんでは採石はやってないけど」


「これに似とる石、どっかにあらへんかなぁ」


「石碑はいっぱいあるけどねえ。こんな丸くてきれいなのは初めて見たわ」


「さよか」


 少年は困ったように頭を|掻《か》く。


「ほな、自分で探してみるわ」


 少年は|颯爽《さっそう》と身を|翻《ひるがえ》す。


 どん。


 その時、商店街で何かのキャンペーンをしていた着ぐるみのウサギにぶつかった。

 急にぶつかられたウサギはバランスを崩し、手に持った風船を離しそうになって手足をばたつかせる。


「アカン!! ぶつかってもうた!! ホンマすんません!!」


 少年は着ぐるみが倒れないように両手で支えながら、着ぐるみの背中をぽんぽん叩く。


「暑いのに大変やなぁ! 中の人、休んだほうがええんちゃう?」


 ぶんぶんと首を振る着ぐるみのウサギ。


「アカンて。倒れてからやったら遅いねんで!? 一緒に健康ランドで水風呂キメようや!」


 大阪弁の少年は着ぐるみの腕を掴み、強引に引っ張っていこうとしている。

 着ぐるみのウサギは一言もしゃべらず、手を振り首を振り、困った様子で拒絶する。必死に「僕は風船を配っているんだよ、だから無理なんだよ」というジェスチャーをしているように見えた。


「なるほどな! 着ぐるみのまま入られへんもんなぁ!」


 そう言って、大阪弁の少年は高らかに笑った。



 噂好きのおばさんたちが、少年について何か話している。


「あの子、見ない顔ねぇ」


「石のことを聞いて回ってるみたいよ」


「へえ……。でも、悪い子じゃなさそうね」



 確かに、あの人はなんだか憎めない雰囲気がある。

 僕ら3人も、思わず見入ってしまっていた。


「ねえ陽菜乃川さん。あの人のこと知ってる?」


「ううん。初めて見た。すごく目立ってるね……」


 僕が『大阪弁の少年』を認識したのも、この時が初めてだった。


 7月19日に商店街でこんな騒ぎが起きてたなんて知らなかった。

 消えたカレンダーや、世界中に空いた穴や、瀬凪への告白や、魔物の襲来。

 気がかりなことが多すぎて、僕は村で起こる小さな異変を見逃していた。


 あの少年が今の僕らに関係あるとは思えない。

 けれど――どうにも気になって仕方がなかった。