アオハルクエスト

ヤマモト ユウスケ

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アオハルクエスト

ヤマモト ユウスケ

晴天に飛ぶ生徒会


“The struggle of today is not altogether for today - it is for a vast future also.”

――Abraham Lincoln

“今日の奮闘は、今日のためだけではなく――遍く未来のためでもある”

――エイブラハム・リンカーン


 ●


 コンコン、と生徒会室のドアをノックする。

 扉の前に立つのは、緊張した面持ちの男子生徒だ。学年は二年生。所属はバスケットボール部。背番号は四番。ポジションはシューティングガード兼|学園外壁防衛隊《・・・・・・・》。

 ……そして|種族《・・》は兎獣人のラビットマン。

 すぐに扉が開いて、


「どうぞ。ご用件を承りますね」


 と招き入れられる。

 教室一つ分はある広い部屋。この学園で数少ない絨毯張りの床。壁にはスチールラックと、そこには歴代の生徒会資料がファイリングされて並んでいる。初めて見る生徒会室に、男子生徒はおずおずと足を踏み入れた。

 扉を開けたのは、ミルクチョコレート色の肌と、尖った耳、銀色の長髪を持つ、晴天学園唯一の|ダークエルフ《・・・・・・》。スタイル抜群の肉体が、学園指定のセーラー服に詰め込まれている。アンダーリムの眼鏡が色っぽい、美人の先輩――男子生徒も知っている有名人だ。


 |如月院《きさらぎいん》・|F《フィッツジェラルド》・|真理愛《まりあ》。生徒会副会長で、美貌のダークエルフ。女性としては、かなり背が高い。一七〇センチメートルはあるだろうか。先輩で、しかも女性。緊張してしまう。

 男子生徒は少し上ずった声で「その……」と前置いた。


「……ち、陳情に、来ました。バスケ部、二年の高橋です」

「あら。それはそれは、ご苦労様です。陳情書のご用意は? ……持ってきているようですね。今、会長は在室しておりますので、直接お渡しください」


 微笑みを湛えた副会長が、生徒会室の奥を手で示した。

 ……部屋の最奥には、いかにも権力者が使いそうな、重厚な木製テーブルが置かれている。金属製の卓上名札に刻まれた文字は『晴天学園 生徒会長』。

 高橋は、ごくり、と唾を飲んで……首をかしげた。

 在室のはずが、椅子には誰も座っていないように見える。


「え、ええと……」


 生徒会長のことは、知っている。声は、何度か聞いたことがある。

 最初に聞いたのは、半年以上前……去年の秋の選挙だったか。なんというか、線の細いイケメンだったと記憶している。

 あと、先輩や同級生からは、よく悪口を聞く。傲慢だとか、ナルシストだとか、権力を振りかざすことにためらいがない独裁者だとか。

 ここは小中高一貫の学園だが、高橋は高等部からの外部転入生で、人間関係や学園特有の風習については、まだあまり詳しくない。それに……今は、去年の秋とはまるで状況が違うし。


「なんだね、陳情書を提出しないのかね?」


 ふいに、鋭い声が投げかけられた。よく通る声だ。

 高橋は、おそるおそるテーブルに近づいて、向こう側を覗き込んだ。

 ……目が、あった。


「さて、何が目的だ? 予算の引き上げ? 待遇改善? いいともいいとも! 我ら生徒会、生徒のためならば粉骨砕身で事にあたる覚悟がある。だが、いいかね高橋君。言葉に気を付けたまえ。この私、晴天学園第二十二代生徒会長――」


 ちょこん、と。

 身長三十センチメートルほどの、小さな生き物が、ふかふかの大きな椅子にふんぞり返って……もとい、沈み込んで座っていた。

 背中から黒い蝶々の羽を生やした人型。どこかデフォルメされたような丸っこい雰囲気は、マスコットキャラのようで。

 けれど、ぴしりと整えられた七三の黒髪と、異様に鋭い眼光は、五倍は大きな体を持つ高橋にもひるまない。


「――|黒揚羽《くろあげは》|聖十郎《せいじゅうろう》は暴君なのだからな!」


 どや、と胸を張る。高橋は「小さくて可愛いな」と思った。


「会長は小さくて可愛いっすね」


 思ったまま、言った。


「はっはっは、そういうのは思うだけにとどめておきたまえよ、ラビットマン。……まったく、これでも元は一七〇センチ以上あったんだが……」


 ぼやく生徒会長を、副会長がぬいぐるみみたいに体の前で持ち上げた。


「小さくて可愛いのはいいことですよ、黒揚羽会長」

「如月院副会長、抱き上げるのはやめたまえ。頭におっぱいが当たっている」

「うふふ、嬉しいですか?」

「髪が崩れるから嬉しくない。政治家の毛髪は政治基盤のバロメーターなんだぞ? 七三がキッチリしていれば、私は盤石なのだ。乱れれば信を失い、崩れれば失脚し、白髪になれば新規支持者が減り、禿げ上がれば国が亡びる。下ろしたまえ」


 副会長は黙って微笑んだ。下ろす気はないらしい。生徒会長は嘆息しながら、小さな手を高橋に突き出した。陳情書を手渡す。A4のペラ紙も、生徒会長サイズからすれば、見開きの新聞みたいに見える。


「バスケットボール生産の特別予算を下ろしてほしい、と? ギルド委員会に素材を提供する限り、武器、防具類の経費は防衛費から賄われるはずだが」

「それが、監査委員会に止められたんですよ。『ボールは武器ちゃうやろ』って言われて」

「平岩監査委員長の仕業だな。あのメスタヌキめ、また面倒なことをしてくれるじゃないか。わかった、これから直談判に――いや、待て」


 生徒会長の両耳を覆うように、紫の魔法陣が浮かび上がった。月桂樹の模様で作られた円の中に、荒々しい毛筆体で『晴天』の文字を収めた晴天学園の|校章《エンブレム》……|スキル《・・・》が発動しているのだ。


「高橋君、悪いが陳情はまた後で。副会長、魔獣だ。北側の防衛線に五〇頭規模の|強襲《レイド》」

「指示はどちらでなさいますか?」

「直接見に行く。頼めるか」

「喜んで。……高橋君、失礼しますね」


 生徒会長を抱く副会長の足元に、大きな紫色の|校章陣《・・・》が展開する。

 副会長が、ふわり、と宙に浮かび上がった。浮遊したのだ。そのまま、生徒会室の窓から外へと飛び出し、北へと飛行する――。

 高橋も慌てて窓から体を出す。ラビットマン特有の身軽さで、校舎の壁の凹凸に手をかけ、足をかけ、跳ね上がるように屋上に登った。


「高橋君、君が付いてくる必要はないぞ」

「俺、北の防衛隊なんで! 戻らないと!」

「そうか! 熱心でいいことだ、素晴らしい! 我々は上空から指揮にあたる、高橋君も急ぎたまえ!」


 副会長が飛行高度を上げた。

 高橋の視界の中で、豆粒ほどの大きさになっていく――。


 ●


 高度を上げる如月院真理愛に抱えられた黒揚羽聖十郎は、空から晴天学園の敷地を見下ろした。

 初等部、中等部、高等部、それぞれ複数の学科とコース。複数の校舎、複数の体育館、その他、食堂、購買部、講堂などの施設を備えた広大な敷地は、さながら小さな街だ。

 晴天学園の生徒総数は、およそ一万人。教員、用務員も五百人以上いる。

 視線を、さらに遠くへやる。

 ぐるりと敷地を取り囲むアスファルトの壁の外側には、広大な森林地帯が広がっている。……かつては、普通に日本の市街が広がっていたのだが。

 ふん、と聖十郎は鼻を鳴らして笑った。


「学園丸ごと異世界転移に種族変異か。生徒会長も楽じゃないな」