キマイラ文庫

アオハルクエスト

ヤマモト ユウスケ

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アオハルクエスト

ヤマモト ユウスケ

一章

ギルド委員会(6)


 生徒会庶務、一年生女子の|流川《るかわ》ルーシーは、本校舎そばの舗道を歩いていた。

 金の短髪に黒のまだら模様が混じる独特な髪色で、同じ模様の猫耳が一対、生えている。薄い色のサングラスの奥には、まぶしそうに細めた碧眼が隠れているが、その瞳孔は猫のように割れたものだ。

 ワンピーススカートの上部からも、同じ模様の長い鉤尻尾が|二本《・・》伸びており、二の腕には『庶務』の腕章を巻いてある。

 手にはバインダーを持ち、その中身は、


(ええと、ギルド委員会と代表委員会に……)


 会議の資料だ。

 イントラネットでメールも送れるが、こういう資料はやはり紙が便利である。紙の資料を受け渡す際に顔を合わせ、会話をし、情報をすりあわせることが出来る。そういうコミュニケーションが意外と侮れないことを、ルーシーは半期の生徒会庶務活動で思い知っていた。


「それじゃあ【猫手借用/ヘルピングハンズ】発動で――お願いね、私達」


 ルーシーがスキルを発動すると、尻尾が二本、軽い音と薄い煙を立てながら分離、変化し、流川ルーシーと瓜二つの人影が二体、舗道に足をつけた。

 資料を受け取ったそれぞれの流川ルーシーが、


「じゃあ行ってくるね、私達」

「戻ったら記憶共有するね、私達」


 と、舗道を早足で去って行く。

 残ったルーシー本体は、軽く伸びをしてから、


「次は体育会と家庭科部連合かぁ……」


 気が重いなぁ、と思いつつ、手近な家庭科部連合の部室棟に足を向ける。

 かか、と隣で笑い声が起こった。そちらに横目を向ければ、五センチほど低いところに、鋭い目つきがある。

 後頭部で一つにまとめたドレッドヘア。異様に白い肌。着崩した改造制服は、ミニスカートに真っ赤なタイツ、ヒール付きの運動靴とやりたい放題で、背中にはギターケースを背負って、そして、腕には『広報』の腕章。

 同行する生徒会広報、同じく一年生女子の|餅川麗依《もちかわれい》だ。


「闇猫又の分身スキルは、いつ見ても便利だな。もっと増やせねえの?」

「【猫手借用/ヘルピングハンズ】は、尻尾一本につき一人だから……」


 分身可能な数は二体だけだ。ルーシー本体と全く同じスペックを持つが、獣人系かつ妖怪系の闇猫又ではあるものの、ルーシー本人が戦闘向きではないため、事務仕事を効率的にこなすために利用している。

 餅川が唇を尖らせた。


「もっと増やせたら便利なのにな。アタシの仕事もやってもらえる」

「一人で三人分やらされているだけでも、普通に大変なのだけどね……? 尻尾に戻して記憶を共有したときとか、頭が痛くなるのだから」


 苦笑する。

 餅川とは、昨年の生徒会選挙以来の仲だ。最初は怖い不良のミュージシャンだと思ったが、怖い人ではないとわかった。怖くない不良のミュージシャンだ。同じ高等部の一年生なのもあって、生徒会では基本的にセットで活動することが多い。


「庶務は大変だな。代表委員との連携と、ギルド委員会の新設に関わる諸々の折衝だろ? アタシも人前で喋ったり広報誌作ったりの仕事はあるが、基本的には黒揚羽会長達が決めたことを伝えるだけだし、わかんないことがあったら木蓮センパイが教えてくれるしよ」

「あんまり木蓮先輩に頼り過ぎちゃ駄目なのよ……? 一人で会計をやっていて、大変なのだからね」

「わかってるよ。広報は人前に立つ仕事で、だからこそ、こういうアタシが選ばれたんだ。アタシのやるべきことは、ちゃんとアタシがやる。……でもな? そうなると、庶務って仕事多すぎじゃねえの、って思ってよ」


 うーん、とルーシーは苦笑して言い淀む。


「まあ……特に異世界来てからは新しい決め事が多くて。敵襲の規模単位の規定とか、|公共事業《生徒会》と|民間事業《部活動》の棲み分けとか。|立法《ルーリング》だけで、ずっと会議してる感じ。それに、まあ……仕方ないんだけど」


 あー、だろうなぁ、と餅川も顔をしかめた。


「アタシらや代表委員は会議慣れしてるもんなぁ。何かを決めるのに慣れてるし、折り合いをつけるのにも、利権を確保して撤退することにも慣れてる。体育会の武田センパイみたいな各組織の代表者も、学園政治家との遣り取りを積み重ねて来ているから、交渉の土台が出来ている……だが、異世界に来て、初めて役割を見いだされた中小の部活やサークルは、そういう交渉が出来ねぇんだな?」

「そうそう、そういうこと」


 この餅川という同僚、口も態度も悪いし、生徒会役員なのに所属しているバンドで反体制ソングを歌ったりしているロックンローラーだが、


(地頭……っていうのかしら。すごく理解が早いのよね)


 頼もしく思う反面、少し嫉妬してしまう。

 流川ルーシーには、政治家としての強みはない。あえて言えば、モデル兼コスプレイヤーの母と、北欧系白人の父から受け継いだ外見が強みだろうが、


(如月院先輩の横に立つと、さすがに……なのよね)


 コンプレックスの刺激される環境だな、と思う。

 そもそも、学園政治家になったのも、友達に「その顔ならイケる!」と推されたからで、自分の意思ではない上に凄くポピュリズムだった。だから、どうせ政治家としては芽が出ないと思っていたのに、昨年、庶務に任命された。

 その際、黒揚羽生徒会長に、


『表裏のない政治家ほど危険なものはない。それはすぐに思想家と同一になるからな。一年生のうちに庶務で経験を積み、政治家らしい表裏を身につけたまえ』


 という、よく分からない任命理由を教えられた。今もよく分かっていない。


「それに、あれだな。最近ちょっと、体育会と文化部、空気悪くて大変そうだよな。……ルーシー?」


 餅川に声を掛けられて、浮かんでいた思考を払い落とす。


「うん。こないだも武田代表と高円事務総長がツンケンしていたの。クエスト上では、ちゃんとやりとりしているけれど、顔を合わせるたびに嫌味の応酬で……」


 ほーん、と餅川が相槌を打った。


「まあそうなるよなぁ。高円センパイ、体育会系に酷い目に遭わされてるし。慣れ合うことは、そうそうないんじゃねえの」

「え? そうなの?」

「知らねえの? あの人……ていうか家庭科部の調理系さ、中学の頃、インハイで良いトコまで進んだラグビー部の遠征に駆り出されて、料理作らされたんだよ。いろいろ事情あって、他にメンツいなくて、急なことだから業者も雇えなくて、仕方なく……って奴だ」

「それが嫌だったの?」

「いや、それだけで嫌がるような人じゃねえ。問題は、その日程が――」


 二人の背後から掛けられた声が、餅川の言葉の続きを奪った。


「――全日本中学家庭科部の料理コンクールとダダ被りしとってん。運悪くな」


 関西弁に、ルーシーは身を固くして振り返る。

 案の定、舗道にいたのは、


「平岩監査委員長。どうも、こんにちは」


 それと、左腕をぐるぐる回す、兎人の男子生徒だ。右手で黒いバスケットボールを抱えているあたり、バスケ部だろうと判断する。


「おう。まいどまいど。ああ、こっちは高橋君。ちょっと話しとっただけで、ウチの手のモンとかではないから、安心しぃ」


 高橋が軽く会釈してきたので、こちらも会釈を返す。


「それで、料理コンクールと被っていたっていうのは、どういう……?」

「そのまんまや。断られへんかったのは、当時の家庭科部は纏まりゼロの、おのおの好き勝手にやるタイプの部活で、体育会の要請に正面からNOて言える交渉役がおらんかったからやけど……。わかりやすく結論言うたら、高円は決勝グランプリまで進んどったのに、コンクールを棄権することになった。体育会を恨むには十分な理由やろ?」


 高橋が居所悪そうに、肩を縮こまらせている。兎耳も伏せており、少しだけかわいいと思う。


「高橋君は知らんやろ、そういうの。外部転入やし」

「ああ、はい……初耳です」


 餅川が「アタシのセリフ取りやがって」と唇をゆがめて笑う。


「ほら。文化会代表の詩人センパイいるだろ? あれ、カリスマはあるけど仕事しないタイプじゃん。文化会系はアーティスト気質多いから、政争に強い生徒が少ねえんだよ」

「そういうこっちゃ。武田も武田で、文化会には思うところが――」


 と、そこで舗道脇に設置されていたホーンスピーカーがハウリングする。次いで流れるのは『|強襲《レイド》発生、強襲発生――』という、放送委員のやや固い声。ルーシーはスマホを取り出し、『受付嬢』をチェックする。北側から魔獣三十体規模で、よくある強襲だ。

 高橋もスマホを確認して、すぐにしまい込んだ。


「俺、行ってきます。怪我も治してもらいましたし」


 跳ねるように走り出す。次いで、餅川も走り出した。


「アタシも手伝ってくる。ルーシー、センパイらには上手いこと言っといて」

「無茶しないでほしいの、麗依ちゃん」

「無茶しねえのはロックじゃねえだろ、ルーシー」


 困った同僚だ、と思いながら見送る。どうせ止められないし。

 残された平岩が、こちらを見た。


「ジブンは? どないすんの」

「強襲については手伝えることないですし、予定通り、家庭科部連合に行きます。裁縫部の担当者が、明日、校外のジャングルで行われる新型制服の試験に付いて行きたいそうなので……その折衝に」

「大変やなぁ。いがみ合っとる二人に挟まれて」

「ええ。なので、聞きたいのですけれど。武田さんは、文化部とどういう因縁が……?」

「かわいい顔して意外とゴシップ好っきゃなぁ、ジブン。黒揚羽に聞いたら喜んで教えてくれる……やろうから、あのアホにドヤ顔させんよう、先んじてウチが教えといたるけど――」


 やけにもったいぶって、平岩が厭らしい笑みを浮かべた。


「――痴情のもつれってやつや」


 ルーシーは一瞬、その言葉の意味を考え、そして


「えっ、武田さんが!? あの感じで!?」

「大概失礼なやっちゃな、キミも」