アオハルクエスト
ヤマモト ユウスケ
一章
青春乱闘大声援(1)
輝木は思う。
(部隊って、アートだね!)
集団行動は、それが緻密であれ乱雑であれ、アートとしての側面を見いだすことが出来る。
そして、今回同道している集団は筋肉質だ。筋肉はそれ単体でアートたり得るが、ファンタジーな種族のそれは、文字通り|幻想的《ファンタジック》な美を備えているように思う。
筋骨隆々な彼らが連携し、より大きな存在に立ち向かう姿は、まさに総合芸術だ。
そして、輝木自身もまた、そのアートの一部であるわけで、とても居心地が良い。
輝木はどこであってもマイペースだ。マイペースにしか生きられない。それが、世間一般のマイペースの範疇から外れていたとしても、己のマイペースをやめられない。そういう人間だ。
スキルの発動と共に、輝木の膝から下の足が、四つに割れて、内側から杭と四本のサブアームに分かれる。機械的な造形のそれらは地面に突き刺さり、ボディをしっかりと固定した。さらに、輝木の右腕が、ジャカッ、と拓く。
こちらも同じく、杭とサブアームで構成されている。
「見立てって、いいよね!」
輝木は笑う。
人体からかけ離れた姿への変形は、他のゴーレムには出来ない。けれど、輝木はやれる。そこにアートと解釈があれば、|思い込める《・・・・・》。
「杭は舌、サブアームは歯! 今、私は地に根を張るようにして、大地を食べてるの! 前衛的でしょ?」
そういう見立て。そういう解釈。
さらに、両腕の杭を巨樹に突き刺し、
「植物も食べた! ゴーレムの血肉は血肉にあらず! |摂食《コンタクト》したすべてが、私のボディとなり得るの……!」
地面の両足で食らいついた部分が、巨樹の両腕で噛みついた部分がねじれ、呑まれ、咀嚼され、そして、輝木のボディが内側から組み替えられていく。
三十秒。武田達が稼いだ三十秒で、その|作品《・・》が完成する。
【輝ける輝木まろんの大美術/アイ・アム・コンテンポラリー:ACE】は、輝木まろんの解釈の範疇で、無制限に材料を取り込んでボディ化することが出来る能力だ。野球部のレーザービームほどわかりやすくはないが、派手さなら負けない。芸術性ならもっと負けない。
輝木は、再構成した足で大地を踏み、立ち上がる。
その姿は、木と土で造形された、巨大な人型だ。巨木で作った骨格と、固めた土の筋肉。土肌の表面は、動くたびにボロボロと土塊が落ち、取り込んだ葉が舞う。
荒々しい造形。けれど、目の前の地竜と同じく、十メートル級の巨人となった輝木が、巨大な土木の喉を震わせて、元気よく叫ぶ。
「今日の私は大地と植物のゴーレム! デカい相手にはデカいアートで対抗! わかりやすくていいでしょ?」
●
校門近くの校舎に、ずずん、と揺れが伝わってきた。
黒揚羽聖十郎は、武田からの念話が「接敵」を最後に切れたことから、すでに戦闘が始まっている、と判断していた。
であれば、この揺れは輝木のスキルによるものだろう。
「すごい揺れね。これは美術部の子達、相当な戦力になるんじゃないかしら」
皐月学園長がカップを満たす紅茶の水面に波紋が広がるのを見て、言った。
「あれは輝木だけの特殊技能だそうだ」
「あら、他の子も覚醒すれば、ああいう風になるんじゃないの?」
聖十郎はじっと揺れが伝わってくる方向を見つつ、ポップコーンを一つ摘まんだ。かすかな塩味と、キャラメルの甘みが脳に効く。
「自分の手や足を、他の形のものに取り替え、舌や歯として扱い、土や木を血肉として認識するのは、ほかの|美術部員《ゴーレム》達には難しいのだとか。おそらく本能的な忌避だろうが、拒絶反応を起こして構成に失敗するのだと。手足の杭さえ、他の部員には扱えん。……言われてみれば、当然だがね」
「なら、輝木さんは……」
「あいつは異常だからな」
皐月学園長が顔をしかめた。失言だったか。だが、事実だ。
「自分の肉体に頓着していない。ほかの部員が、せいぜい一パーツ取り替えて短期運用する程度が限界なのに対して、輝木は全身を無機物に取り替え、サイズさえ変えても平気だ。異常と評価するほかない。つまり――晴天学園によくいる一般生徒と同じだな」
「あらあら、失言を取り返そうとして、生徒みんなをディスってないかしら」
「事実だ。この学園は異常者だらけで、私のような常識と良識を持ち合わせたまともな人間は希少だからな」
周囲から半目で見られまくっているが、気にせず、内ポケットから取り出した櫛で七三を整える。
「とどのつまり、輝木は良い生徒だ。他の生徒と同じくな。異常かどうかなど、相対的な評価に過ぎない。大事なのは、何を思い、何を為すかだ」
●
地竜の巨大な前腕が、土製の腹に突き刺さった。
「輝木殿!」
「だいじょぶです! 生体パーツじゃないんで、痛覚ありません!」
腹から土をボロボロとこぼしながら、輝木は巨大な右手を振り上げた。
格闘技の経験は無いが、全力で拳を振るうことに、躊躇いはない。
……というか、輝木は元々、躊躇いという機能が薄い。倫理や常識よりも好奇心や創作欲求を優先することが多々ある。そんな自分を指して、精神的異形だと評価した人もいる。……母である。
母に言われると、さすがにショックだ。それは人間としてどうなのか、いや自分は本当にほかの人と同じ人間なのか、と思い悩んでいた自分に、あっさりこう言った人間がいる。
『いいじゃないですか、異常で。毎年生徒会会計やってますけど、会長が異常な年度ほど面白いですよ。アートには詳しくないですが、面白い方が良いんじゃないですか? 予算の範囲内であれば応援しますよ』
荒坂木蓮という人間だ。彼は予算を絞ってくる憎き生徒会会計だが、しかし、だからこそ、刺さった。
……その程度だ。その程度だけれど、自分は救われた。
そして、生徒会役員をはじめとする学園政治家や、晴天学園の顔役達は大抵が支離滅裂な言動を繰り返す異常者で、それでも彼らは慕われたり嫌われたりしながら元気に生きている。
だから、
(私は異形。それがデフォルト。この世界に来て、内面に外見が追いついただけ、なんだよね)
それはつまり、
(外見が変わっても、中身は変わらないってこと)
そんなありきたりな結論は異世界に転移した初日に出ていた。転移翌日、包帯を巻いた木蓮と会ったとき、いつも通りに心は浮き足立ったけれど、怪我を不安に感じた。そんな心境で、いつも通り粘土を捏ねて悪魔の角を生やした木蓮の像を造ってみたら、
(能力が覚醒したんだよね)
別に不思議なことではない。輝木は、日々を全力でアートに捧げている。なんと好きな男もいる。毎日が青春だ。それだけだ。
巨大化した輝木の拳。指はなく、荒く整えただけの、木と土のハンマーである。素人丸出し、しかし一切躊躇いのない全力のテレフォンパンチが、地竜の頬を捉えた。
ぶん殴る。
固めた土が散り、木製骨格が激震する。空気が揺れる。地竜が大きくのけぞり、その黄色い竜眼が震えた。
やった! と内心で喜ぶ輝木に、武田が声をかけてきた。
「有効であるな! その調子で頼むのである!」
「はい、お任せー!」
「ところで輝木殿、一つ聞いても?」
「はい!」
武田は、明らかにこちらを見上げないように注意しつつ、問いかけてきた。
「なぜ裸像なのであるか?」