アオハルクエスト
ヤマモト ユウスケ
一章
地竜戦(3)
金雄は黒揚羽聖十郎と如月院真理愛を順番に睨み付ける。
「ウチが問題としたいのは――収入の方や。魔獣皮で制服を作る。それはええ。余った魔獣の皮やら爪やら肉やら、換金できるもんはガンガン換金する。それもええ。で、まっくろくろすけなオオカミ一匹で、いくら稼げるんや?」
「……加工せず丸々売ったとしても、せいぜい50万SPだな。これまでトータルで100頭以上狩ったが、換金できる状態で残ったのはおおよそ50頭程度。素材として確保した分を除き、2000万SP程度の収入と見積もっている」
このあたりの数字を誤魔化そうとせず、嘘を吐かないのは、黒揚羽聖十郎の美点であり、そして政治家としては致命的な弱点でもある。
ちらりと如月院真理愛を見る。眉をひそめてこちらを見つつ、しかし、口出ししてくる様子はない。
「晴天学園が二週間で狩ったモンスターの換金総額で、晴天学園が消費するSP二日ぶんの稼ぎにしかなっとらん。これは大問題やぞ」
「換金による収入が想定以下だったのは確かだ。よって、木蓮がレートを細かく解析中でな。SPを稼ぐ手段を積極的に模索し、より効率的な――」
金雄は小さな手で自分の膝頭を叩いた。ぺちん、と覇気のない音が鳴る。
「効率的にしたところで焼け石に水やろ、こんなもん。支出が多すぎる。身を切る改革が必要なんちゃうかって、そう言いたい訳や」
「我々生徒会役員も小遣いは等しく5000SPなんだが。どう身を切れと?」
「どうとでもして、や。とにかく、何をどうやってでもええから、二週間で2000万SP稼ぐ前提で予算を組み直す必要があるんや。それはつまり、一日あたりの支出を150万SP以内に納めやなあかんっちゅうこっちゃ」
「妥当な数字だな。しかし、いくら何でも無茶な数字だ。……仮に、君がその主張で政権を取ったとして、代案がなければ意味がないぞ」
「ま、せやろな。その通りや。アンチ活動だけで政権とっても、解決できへんねやったら無意味。秒で再交代するだけやろうな」
そこで、如月院真理愛が口を開いた。
「ずいぶんあっさり引き下がるんですね」
「陳情は陳情でしかないからな。不信任決議を出しに来たわけやない。……ウチはちゃんと、一つ目の陳情を伝えた。それでええんや」
「なるほど。承知いたしました」
と、如月院が言う。その瞳は、金雄の腹の底まで見透かそうとしてくるようで、
(ホンマ、嫌なやっちゃな。美人は性格が悪いっちゅうのんはマジやね……ウチは可愛い系で良かったわぁ)
内心で愚痴っておく。ともあれ。
「陳情、二個目や。初等部の生徒達が、おかあさんに会いたいって言うとる。泣き止まへん子も、ベッドから出られへん子もおる」
黒揚羽聖十郎と如月院真理愛が、一瞬、停止した。
そうやろな、と平岩金雄は思う。基本的に、彼らは“良い奴”だ。倫理観もあるし、自制心もある。現実が許す範囲内で生徒に寄り添い、必要か不要かを判断して予算を通そうとする。
しかし、平岩金雄は違う。
「……気持ちはわかるがね。私だって会いたい」
「そういう感情あったんや」
政治とは、臣民に寄り添うものではない。少なくとも金雄はそう思っている。
「むしろ私はすこぶる感情的な人間だとも。だが、我々が現状できることは、保険教諭とスクールカウンセラーによるカウンセリングだけで、それはすでにやってもらっている。そうだろう?」
政治とは、国家をデザインする仕事だ。政治が制度を作り、制度が臣民の生活を作り、臣民の生活が国家全体を形作る。それは、遠回りな国家のデザインそのものだ――ゆえに、金雄はこう思う。
政治とは、何よりもまず、制度に寄り添うものである、と。
「対症療法には限度があるやろ」
「根本治療の代案があるのかね」
金雄は、ただ、唇の端をつり上げて笑った。
黒揚羽は怪訝そうに首をかしげる。
「……あるのかね? なにか、腹案が。良い案ならパクるが」
「ウチの主張は一つだけや。|身を切る改革《・・・・・・》。それ以上でもそれ以下でもない」
金雄はソファから飛び降りて、会長机に背を向けた。
「陳情は以上の二件や。心に留め置いてくれ。ほな、さいなら」
●
屋上で、高円円は武田権太郎の話を聞いていた。
「――昔。といっても、まだ二年も経っていないのであるが。我には、その、ストーカーがいたのである」
「……あー、はい」
「驚かないのであるか? 大抵、『その感じで?』などと言われるのであるが……」
「別にぃ。あたしは体育会系が嫌いですけどぉ、偏見が無い女の子なら、武田さんはまあ、モテてもおかしくないと思いますねぇ」
振る舞いこそアレだが、体育会系の生徒から厚い信頼を寄せられる代表であり、他人のために戦える人間でもある。モテないとはまったく思わない。体育会系で無ければ、円だって――
(――私だって? いやいや、まさかそんな)
内心の考えを一笑に付し、円は神妙な顔で続きを促した。
「我のファンという|体《てい》から始まった付き纏い行為だったが、次第にエスカレートし、弁当を作ってきたり、応援団の応援というよくわからん行為まで始めたり……そういう状況であったのである」
武田は大きく嘆息し、少し頬を染める。
「正直、悪い気はしていなかったのである……。その女子は小さくて可愛らしく、思い込みが激しい点を除けば、性格も良かった」
「で、付き合ったんですかぁ?」
「いや。断ったのである」
「え、なぜですぅ?」
「……その女子には、彼氏がいたのである」
わお、と円は呟いた。
「正確には、その女子はもう別れを告げ、関係を解消したつもりでいたのであるが、相手の男子はそうは思っていないと、そういう状態であった。……二人は、両名ともに演劇部の生徒であった」
演劇部。家庭科部連合とはあまり縁が無い。裁縫系サークルが、たまに衣装を受注することがあるくらいだろう。
「我は断り続けたのであるが、女子は我に言い寄り続け、男子は女子に復縁を迫りながら我に恨みを募らせ……最後には不満、鬱憤、恨み、思い込み、愛情、嫌悪――我には理解仕切れぬ色々なものが、弾けてしまったのである」
「……どうなったんですぅ?」
そっと問うと、武田は苦笑した。
「結論から言えば、我が刺された。女子からは、腹の横あたりを。男子からは、その反対側を。……我が頑丈で、二人が互いに刺し合うのを止められたのは、不幸中の幸いであった。この姿になる前から無駄にデカい図体で助かったのである」
円は口を抑えて絶句した。つまり、武田権太郎は、
「アホ二人に挟まれて、一人だけ損したんですかぁ!?」
「彼らは彼らなりに、恋愛に一所懸命だっただけである……と、思うことにしているのである。でないと割に合わん」
「何その考え方ぁ……」
呆れつつ、しかし、疑問もある。
「その事件、あたし、知りませんでしたぁ」
「当時も生徒会長だった黒揚羽殿に頼んで、止めて貰っていたのである。無論、警察沙汰にはなったし、数日入院もしたし、男子も女子も転校することになったが。事件の全容を知っているものは、当時居合わせていた応援団と演劇部の一部生徒と、生徒会や代表委員会、監査委員会の……つまり耳ざとい学園政治家達であるな」
「……武田さん、損するタイプですねぇ」
「損は構わない。我は応援団で、応援団とは究極的に、他者のため応援の声を張り続ける存在である。しかし――苦手意識は残ってしまったのである。その苦手意識が、我に偏見をもたらしているのであろうな。文化部は理解しがたく、自分勝手で、迷惑である、と」
円は思う。それは、仕方の無いことだろう、と。
だって、刺されたのだ。二カ所も。おそらくは、一生涯残り続ける傷を負った。トラウマが残り続けて当然だ。それでもこの男は、加害者二人を悪くは扱わなかった。
「――馬鹿ですねぇ、武田さんは」
本音がこぼれ落ちた。武田がまた苦笑する。
「よく言われるのである」
「お人好しの、良い馬鹿ですぅ。代表に選ばれるわけですよ、あなたが」
そんな良い馬鹿を、円は偏見から邪険に扱い続けた。初めて会った際、武田の態度が強硬だったのは、トラウマから逃れるためだったのだろう。そういう態度でしか、接することが出来なかったのだ。
円は、自然と右手を差し出していた。視線を合わせるため、胡座を掻いた上でさらに頭を屈めている男に、己の小さな右手を。
「協力しましょ、武田さん」
体育会系は、やっぱり嫌いだ。自分勝手で暑苦しく、健全な肉体を持つ我々は健全な精神を持っている――みたいな顔してセコいことをする連中だ。
だが、全員ではない。少なくとも、この男には敬意を払うべきだと、そう思った。
お互い、内側に抱えた弱い部分を晒し合って、分かった。
「黒揚羽生徒会長の言うとおり。あたし達は、本気じゃなかった――ちゃんと協力出来ていなかったし、する気もなかったんですぅ。あたしは安井ちゃんの仇を討って、彼女の帰還を笑顔で迎えたい。でも、あたし達だけじゃ、この世界に立ち向かえません。だから……|助けてください《・・・・・・・》、体育会系代表、武田権太郎応援団長」
円の右手を、武田の巨大な右手が、そっと掴んだ。
「うむ。助け合おう、高円殿。我らは、互いに歩み寄り、助け合わねばならなかったのである。助けを請わなければ、ならなかったのである。我ら体育会系は、自分達前線に立つものだけが戦っているのだと驕り、他者の力や知恵をきちんと借りることが出来ていなかったのである。ゆえに……|助けてくれ《・・・・・》、家庭科部連合事務総長、高円円殿」
二人の視線が正面からぶつかり、絡み合い、意思が交わる。
●
クエスト名:恐竜型魔獣(生徒会仮称:地竜)の討伐
依頼者:体育会代表・武田権太郎、及び、家庭科部連合事務総長・高円円
受注者:参加意志のある有志諸君
晴天学園を取り巻く樹海に恐竜型の魔獣が現れたのである。すでに複数の犠牲者が出ており、このままでは外部の調査に支障を来すことになる。我々はこの魔獣の討伐を急務と考えているのである。
ゆえにぃ、我々は各部の壁を越えて協力し、この外敵の討伐が出来るチーム作りを目指していますぅ。腕に自信あり、我に秘策ありという方は、体育会系、文化会系を問わず、参加意志のある有志を募集しますぅ。
何卒、皆様のご助力をお願いいたします。