キマイラ文庫

アオハルクエスト

ヤマモト ユウスケ

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アオハルクエスト

ヤマモト ユウスケ

一章

不信任決議(7)


 平岩金雄は、監査委員会室の扉が蹴破られるのを見た。


「……静かに入れんのか、素行不良のバンギャが。萌葱、コーヒー入れたり」


 ギターを担いだ餅川麗依が、扉を踏み越えて入ってくる。


「コーヒーはいらねえよ、平岩センパイ。悪いが甘党でな、せっかくのいい豆がミルクと砂糖まみれになるぞ。それに――すぐ外に出てもらうことになるしよ」


 金雄は顔をしかめた。


「……なんや、ヤンキー。そういう用件かいな」

「そういう用件だ、悪徳政治家さんよォ」

「よう許したな、黒揚羽が」

「許されてねえよ、これはアタシがアタシの信条に従ってやることだ」


 金雄は笑った。

 廊下から、平岩陣営に張り付いていたメディア系サークルの生徒達が、カメラを構えて室内を撮影している。

 悪くないやん、と思う。


「ほな、周りの人にもわかるよう、言ってみぃ。ウチに対して要求があるから、ここまでノシノシ歩いてきたんやろ?」

「――実証だ。アンタ達レプラコーンに、本当に戦闘を代行する能力があるのかどうか、見せてもらいたい」

「手段は?」

「ンなもん、ひとつしかねえだろ」


 餅川がギターのネックの根元を掴んで、その先端で金雄を指した。


「喧嘩だよ。アタシはこれまでのレイドで何度か魔獣を狩ってる。レプラコーンが、そのアタシ程度を倒せないようじゃ――」

「――防衛戦力があるとは見なせへん。乱暴やけど、道理やねぇ」


 金雄は立ち上がって、窓の外を見た。そこは本校舎の中庭だ。一面が芝生で、各窓のそばに低木が植えられている。それなりの広さのある場所だ。


「そこでええか? 時間もあんまりないから、シンプルなんで頼むで」

「わかった。そっちは誰が出る?」

「当然、ウチや」


 今度は萌葱が顔をしかめた。


「金雄ちゃん、ここは私が――」

「いや、ウチがやる」


 金雄が自分でやるべきだ。得票に繋がる。

 黒揚羽聖十郎は前に立って戦うことが出来ない。そういう体躯で、そういう能力だからだが、しかし、


(困窮し、モラルの低下した社会では|悪い意味での実力主義《・・・・・・・・・・》が強い。指示を出すだけの黒揚羽と、小さくても戦えるウチを見比べる機会があれば、それは実証以上の価値を持つ。ここはウチが戦うのが最善の策や)


 そういう計算がある。そして、勝つ算段もある。


 中庭に出て、餅川麗依と向かい合う。

 周囲にはメディア系の部活やサークルが詰めかけており、どうやら生配信もしているらしい。好都合だ。

 対面に立つ餅川は、ギターを構えている。


「餅川広報――いや、広報ちゃうな。餅川代議。ウチ、楽器には詳しくないけど――それ、エレキギターっちゅうやつやろ。アンプ? とかいうやつがないと、音出えへんのちゃうの」


 問うと、餅川がニヒルに笑った。


「エレキギターにも色々あるのさ。コイツはオヤジがくれたテレキャスターのパチモンでな。いろいろ弄ってあるから、他には出せねえ音が出る。――アタシの歌と同じようにな」

「音楽家が、歌と楽器を武器にしてええんかいな」


 餅川がわざとらしく肩をすくめた。


「わかってねえなぁ、平岩金雄。――音楽家ってのは、歌と楽器を武器にするって決めたアホのことを言うんだよ」


 ストラップはすでに肩に掛けられ、左手にはギターのネック、右手にはギターシールドケーブルの先端を持ち、もう片方はギターに繋がっている。


「分からねえフリはやめろよ。もう下調べは済んでんだろ? アタシの種族は歌う妖精ダークバンシー、スキルは【音響怒声/デシベルシャウト】。喉を通して愛を歌い、勇気を讃え、悲劇を哀しみ、死を嘆く。そういう力だ。要するにロックンロールだよ」

「いや、下調べはしたけどな。アンタのいうロックの概念、ようわからんわ」


 言いつつ、金雄は両手をすりあわせて手揉みし、油断なく餅川に対峙する。

 餅川は、シールドの端子を持つ右手を首の横まで、ゆるりと持ち上げた。


「ロックってのは、世の中に溢れる感情を、喜びや怒りや哀しみや楽しみを、自分自身の魂と血肉で出力するもんだ。さっき、アンプがなくていいのかって聞いたよな? その答えを聞かせてやる――」


 言葉に震えが含まれる。それは、内側から溢れ出ようとする何かを必死に抑えているような、破裂寸前の振動だ。

 餅川が、|己の首《・・・》の右横側に、シールドの端子を勢いよく突き刺した。


「――アタシがアンプだ」


 ギターの弦にピックが触れる。右腕が振り下ろされる。餅川の口が開く。

 |音楽《ロック》が、爆発する。


 ●


 口という指向性のあるスピーカーから放つ音は、簡素ながら疾走感のあるギターのイントロ。BPMは150を超える速度。コードとメロディが絡み合うそこに、餅川麗依は己の声を加えた。

 ハイトーンから始まるシャウト。

 指向性を与えられ、圧縮された音圧が、輪の形状を持つ砲撃となる。


(アタシの【音響怒声/デシベルシャウト】は口を介して音に力を乗せるスキル! 応援団みてえなバフも可能だけど、アタシはギターボーカルだ!)


 歌に乗せるのは、ただ一直線の攻撃力。

 この一撃で、終わらせる。コンクリートすら砕く威力の圧縮音圧砲だ。

 平岩金雄が、レプラコーンのスキルによって身体強化系のスキルを|雇用《・・》していたとしても、この威力なら吹き飛ばせる。……仮に借りていなかったら、おそらく隔離結界送りになるが、


(それはそれ! 後先考えて歌うほどお利口じゃねえぞ、こっちは! それに――)


 全身全霊の初撃を、ぶち込む。

 文字通り音速の、そして息が続く限り持続する音圧砲が、平岩に直撃する。

 防御態勢を取らせる暇もなく、平岩にぶち当たり、衝撃が四方へと拡散。土埃を巻き上げながら、シャウトは終わらない。

 最初のワンフレーズ、五小節ぶんの音圧砲を叩き込んで、一度シャウトを切る。ギターは止めない。

 カメラを回す放送部が、


「や――やりすぎじゃないか?」


 と呟いた。わかってねえな、と笑う。カメラマンのくせに喋るし、見る目もないとは。


(――平岩金雄が勝負に乗るときは、十分な勝算があるとき……だよなぁ!?)


 そして、餅川は見た。

 土埃の中から、小さな人影が飛び出し、こちらに向かって突進してくる様を。


「――耐えた!?」


 だから、カメラマンが喋るな。

 人影――土埃で赤毛の髪を汚した平岩金雄は、八重歯を剥いて笑った。


「さて、実証や! レプラコーンがバチクソ強くてゴリゴリに戦えるっちゅうとこ、見せたろうやないかい!」