アオハルクエスト
ヤマモト ユウスケ
一章
不信任決議(8)
平岩金雄は体育会系の支持者と契約し、身体強化スキルを|雇用《・・》している。だから、それと同等の身体性能が発揮できる。
――そこまでは誰もが予想しているだろう。だから、あえて秘匿していたスキルの仕様が、ある。
(サッカーとバスケから脚力系を三つ、野球とソフトとテニスからバランス系を三つ、それから柔道部、相撲部、アマレスから耐久系を四つ。合計十スキル同時雇用の大盤振る舞いや――勝てんかったら大赤字やで、ホンマ!)
【通貨魔法/コインマジック】は、複数のスキルを同時に雇用可能なのだ。
餅川麗依なら最初の一撃からぶちかましてくるだろうと踏んでいたから、戦闘開始前に、耐久系スキルを厚めに雇用開始しておいた。
読みが当たった――とはいえ、あいつちょっと殺意が高すぎる。ロックンローラー怖すぎやろホンマに。
中庭は広いが、運動場ほどではない。餅川までの距離は三十メートルといったところか。脚力系を三つ借りているから、身長が一メートル三十センチしかない平岩であっても、
(十歩で届く! が……!)
その十歩で勝つことは、難しい。
(音より速くは動けんからな……!)
現状を例えるならば、固定砲台から、遮蔽物なしで逃げ回るようなもの……だろうか。
餅川の歌が、次のフレーズへ入った。歌と演奏の形式でなければ、圧縮音圧砲を発射できないのは、珍妙なスキルの仕様だろう。おかげで攻撃が予測出来る。餅川のバンドは学内でも屈指の人気。持ち歌となれば、平岩だって口ずさめるレベルだ。なんならライブも行ったことある。
二歩を踏んだところで、真正面から音圧砲が飛んで来た。イントロとシャウトが終わって、一番の歌詞に入ったのだ。
(ここから十小節は歌詞がほとんど途切れへん!)
BPMから考えて、十五秒前後だろうか。回避が難しい以上、耐えなければならない。とはいえ、そう何度も耐えられるものではないし、距離も詰めなければ勝負に勝てない。
だから、平岩は横っ飛びに転がって回避しつつ、中庭の土に両腕を突っ込んだ。
すぐに餅川の口がこちらを捉え、音圧砲が横薙ぎに追ってくる。
「――新規雇用! 発動、【未完成造形/エメスシェイプ】!」
土が盛り上がり、両腕、両足を伝って、金雄の体を制服の上から包み込む。土塊は不格好ながらも鎧の形態を取った。
音圧砲がぶち当たり、鎧が弾け飛び、しかし、地面から供給され続ける土のおかげで、削り切られることはない。
(ゴーレムちゃうから、摂食して内部から肉体化は出来へんけど……!)
鎧としては十分だ。そのまま、歯を食いしばって前に進む。
土塊の鎧が重量となり、吹き飛ばされずに進むことが出来る。雇用した脚力強化任せのゴリ押し前進。音圧砲に真っ向から立ち向かう形だ。
(お前に――)
――正面から歌をぶつけられて、思う。熱い歌詞の歌だと。
ロックは死なない、だからお前も死ぬな、と。そういう歌詞だ。古臭くて男臭くて、だけど聞き惚れずにはいられないメロディライン。それを餅川のような美人が作詞作曲して歌うのだから、当然、目立つし人気もある。
この学園の、生徒の層の厚さを代表する一人であり、名を知られた憧れの対象である。だからこそ、金雄は思うのだ。
(お前に! “誰でもない”大多数のボケカス共の気持ちなんか、わからんやろ……!)
そういう大多数のために、金雄は戦っている。
――歌詞が、途切れる。
次の歌詞まで、多少の時間がある。五小節足らずだが、十分だ。
長期戦をする気はない。
「【未完成造形/エメスシェイプ】、解除……!」
平岩は鎧を脱ぎ捨て、前に跳ぶ。この距離なら、歌詞が再開するまでに、金雄の拳が届く――はずだ。
しかし、餅川の鋭い視線が平岩を射貫いた――|口《アンプ》からギターの音を響かせながら、餅川が囁く。
「生歌だぞ、アドリブもあるに決まってんだろうが」
短く息を吸って、餅川が歌詞を紡いだ。それは本来存在しないパート。歌詞の内容は、ロックンロールを賛美し、体制を批判するようなもので、つまりはいつも通りなのだが、金雄の想定とは外れたものだ。
回避不可。音圧砲が、平岩に直撃する。
「がッ……!」
先ほどよりも距離が近いぶん、威力も高い。衝撃が体を突き抜けて、内臓まで響く。スキルを多重雇用し、肉体強度を大幅に増加させているとはいえ、レプラコーンの体躯は小さい。吹き飛ばされそうになる体を、金雄は地面に縫い止めた。
「――【魔糸紡ぎ/アラクネスピニング】!」
両手から伸ばした糸を、周囲の低木や花壇のレンガに巻き付けて、固定したのだ。それは同時に、音圧砲から全く逃れられなくなることと同義でもある。
体を貫くロックの痛みに血を吐きながら、平岩は笑った。
「いつもより息継ぎ、短いよなァ!?」
アドリブで歌詞を差し込んだのだ。普段とは息づかいが違うし、歌詞が多い分、呼気の使用量が多くなっているはずだ。
そして、彼我の距離はもう五歩を切っている。
次の息継ぎ。それまで耐えれば、平岩の手が餅川に届く――。
餅川と睨み合いながら、痛みに耐え、そして、
「――は、」
と、餅川の歌詞が途切れた。音圧砲も途切れる。平岩は糸を手放し、さらに前へ跳ぶ。短く息を吸って、顔を歪めた餅川がさらに音圧砲を歌おうとするが、
「遅いわボケ!」
金雄の小さな手指が、餅川の制服、その胸元を掴んでいる。もう詰みの状態だ。だから、
「だらァッ!」
雇用したスキルで増強された腕力任せに思い切り振り回して、中庭の茂みに向かってぶん投げた。
演奏が、止まる。
平岩は追撃をしようとして、やめた。
「……固定砲台としての運用に全力かいな。自分に歌でバフでもかけといたら、一発くらい耐えられたかもしれんのに」
茂みの中で、餅川が気絶しているのが見えたからだ。
それはつまり、
「ウチの勝ちや。――まいどおおきに!」
ガッツポーズで右手を挙げた平岩の勝利宣言に、中庭が沸いた。
●
メディア対応もそこそこに、金雄は監査委員会室に戻り、そして、
「うぇえ……」
血混じりの唾を吐きつつ、膝から崩れ落ちた。もう立ち上がれそうにない。
「萌葱……|保健委員《ユニコーン》のスキル使ってくれ……」
「無理しすぎだよ、金雄ちゃん! 合計十二個もスキルを……! あんなに攻撃まで受けちゃって!」
萌葱が【治癒魔法/キュア】を雇用して、金雄に使って使用する。痛みと吐き気が徐々に引いていく。
「もう。身体にかかる負荷は軽減できないし、十二個使うってことは、十二倍体力を消耗するってことなんだからね?」
「わかっとる……。でも、やった価値はあった。せやろ?」
そう、金雄は勝った。少なくとも戦闘行為は行えると、実証したのだ。
「値千金や」
「馬鹿。……消費SPは、どう?」
「十二個を一時間買い切りで雇用契約。一人頭5000SPやから、今ので6万SP消費やな」
「ああ、監査委員の予算がどんどん減っていく……」
「そんだけでレプラコーンの代替可能性を実証できるなら、お釣りが出るやろ。政権取ったら予算も増やせるしな。ただ……」
その先の言葉は言わない。今回は、一対一だった。魔獣との戦闘は、防衛隊と連携した多対多が基本になるが、
(学園全部を守るには、そもそものレプラコーンの頭数が足らんやろなぁ……)
同時に魔獣から襲撃されたら、まず足りない。そのあたりも規模縮小によって守る範囲を削ることで――つまり、学園の一部を放棄することで対応する必要もあるだろう。
(ま、そんなん政権を奪ってから考えればええ)
生徒数削減による財源確保こそが、金雄の策の中心だ。そこがブレなければ、後からいくらでも辻褄を合わせられる。
討論会の後半と、最終演説の時間まで、あと数十分。
(ウチらの力は示した。そっちはどう出る、黒揚羽聖十郎……)
決着の時は、近い。